

建築現場や解体工事の現場において、薬品の知識は自身の命を守るための防具と同じくらい重要です。特に「過塩素酸(かえんそさん)」は、一般的な塩酸や硫酸とは一線を画す危険な性質を持っています。まず、基本となる化学式を見てみましょう。過塩素酸の化学式はHClO₄です 。
参考)http://www.khk-syoubou.or.jp/pdf/guide/magazine/glossary/17.pdf
この化学式を建築現場で馴染みのある塩酸(HCl)と比較すると、その危険性が直感的に理解できます。塩酸(HCl)に酸素原子(O)が4つもくっついた構造をしているのが過塩素酸(HClO₄)です。化学において酸素が多いということは、それだけ「物を燃やす力(酸化力)」が強いことを意味します 。youtube
建築従事者が特に注意すべきなのは、この物質が「酸」であること以上に「強力な酸化剤」であるという点です。例えば、作業用の革手袋や油のついたウエス、木材などの可燃物に高濃度の過塩素酸が付着すると、火種がなくても自然発火したり、衝撃によって爆発したりすることがあります 。これは過塩素酸が分解する際に、化学式に含まれる多量の酸素を一気に放出し、燃焼反応を激しく加速させるためです 。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/cas-7601-90-3.html
また、過塩素酸は水溶液の状態では比較的安定していますが、乾燥して濃度が高まると危険度が跳ね上がります 。現場で謎の液体容器を発見した際、「ただの酸だろう」と高を括って処理しようとするのは自殺行為に近いのです。化学式 HClO₄ の「O₄」は、爆発の燃料タンクのようなものだとイメージしてください。
参考)https://www.kishida.co.jp/product/catalog/msds/id/9475/code/340-59995j.pdf
過塩素酸は、日本の消防法において「危険物」に指定されています。具体的には、第六類の「酸化性液体」に分類されます 。建築現場の監督者や資材管理者は、この区分が持つ意味を正確に理解しておく必要があります。
参考)https://direct.hpc-j.co.jp/sds/jpn/BA-13.pdf
消防法第六類(酸化性液体)の特徴は以下の通りです:
現場で過塩素酸、あるいはそれを含む試薬等を一時的に保管する場合、指定数量(300kg)以上の貯蔵には許可が必要ですが、それ以下であっても市町村条例による規制を受けます 。特に注意が必要なのは、保管場所の環境です。
参考リンク:化学物質による爆発・火災等のリスクアセスメント(消防庁) - 酸化性塩類や強酸の危険性区分について詳しく解説されています。
また、万が一火災が発生した場合の消火方法も特殊です。過塩素酸が関与する火災では、窒息消火(酸素を遮断する方法)は効果が薄い場合があります。なぜなら、過塩素酸自身が酸素を供給して燃焼を継続させるからです。大量の水による冷却消火が推奨されますが、水と反応して発熱・飛散するリスクもあるため、防護服を着用した専門家による対応が求められます 。
これは多くの建築業者が意外と知らない、しかし極めて重大な「命に関わる」情報です。古い研究所、大学の実験室、あるいは化学工場の解体工事において、ドラフトチャンバー(排気装置)のダクト撤去作業中に爆発事故が起きるケースがあります 。
参考)研究所での解体事故
なぜ、ただのダクトが爆発するのでしょうか?ここに過塩素酸の恐ろしい性質である「塩(えん)の生成」と「結晶化」が関わっています。
かつての化学実験では、過塩素酸をドラフト内で加熱分解する処理が頻繁に行われていました。この時発生した過塩素酸の蒸気は排気ダクト内に吸い込まれます。長年の使用により、ダクトの内部(特に継ぎ目やファン、屈曲部)には、過塩素酸がコンクリートやモルタル、あるいはダクトの金属材質と反応して生成された「過塩素酸塩(過塩素酸鉛や過塩素酸アンモニウムなど)」が蓄積していることがあります 。
これらの過塩素酸塩は、乾燥状態では極めて不安定な高性能爆薬のような性質を持ちます。
実際に、大学の実験棟改修工事において、作業員が塩ビ製の排気ダクトをのこぎりで切断しようとした瞬間、ダクト内に付着していた過塩素酸塩が爆発し、重傷を負う事故が発生しています 。
解体作業前のチェックリスト:
「古い配管だからただのゴミだ」と思って切断機を入れた瞬間が、人生最後の瞬間になる可能性があるのです。この「乾燥した過塩素酸塩」のリスクは、一般的なSDS(安全データシート)には詳しく書かれていないことも多く、現場の経験と知識が問われる場面です。
建築分野において、過塩素酸は解体現場だけでなく、品質管理の最前線でも使用されることがあります。それは「コンクリート中の塩化物総量規制」に関わる試験や、セメントの成分分析です 。
参考)https://www.grcj.jp/dcms_media/other/20250407-5.pdf
鉄筋コンクリート構造物の耐久性を脅かす最大の敵の一つが「塩害」です。コンクリート中に含まれる塩化物イオン(Cl⁻)の量を正確に測定するために、JIS規格(JIS A 1154など)に基づく試験方法の中で、試料を溶解させるために硝酸とともに過塩素酸が使用されることがあります 。
参考)https://www.kkr.mlit.go.jp/plan/jigyousya/technical_information/gijutsukanri/hikkei_kouji/qgl8vl00000050p0-att/20.pdf
この分析作業において、過塩素酸は「有機物を完全に分解する」ために使われますが、ここにも重大な危険が潜んでいます。
参考リンク:大学等における実験安全マニュアル(三重大学) - 過塩素酸塩や強酸化剤の取り扱い事故時の対応や連絡体制について詳述されています。
また、分析室を持っているような大規模なプラント建設現場や、土壌汚染調査を伴う現場では、これらの試薬がプレハブ小屋に保管されている可能性があります。現場監督者は、「分析室の試薬棚」が、ガソリンスタンド並みの危険区域であることを認識すべきです。地震や強風で棚が転倒し、過塩素酸の瓶が割れ、床の木材やこぼれた灯油と混ざれば、火災旋風が巻き起こる可能性があります。
最後に、解体現場や残置物の撤去作業中に、ラベルに「過塩素酸 (Perchloric Acid)」や「HClO₄」と書かれた容器を発見した場合の具体的な対処法をまとめます。これは、自分と仲間の命を守るための最終防衛ラインです。
現場作業員への教育として、「HClO₄(エイチ・シー・エル・オー・フォー)」という文字列を見たら、「爆弾」だと思って距離を取るよう徹底することが重要です。化学式の知識は、単なる記号の暗記ではなく、現場の危険予知(KY)活動における強力な武器となるのです。