
日本建築学会は2018年に「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」(RC規準)を11年ぶりに改定しました。この改定は建築施工に携わる実務者にとって非常に重要な意味を持っています。
主な改定ポイントは以下の4点です。
この改定は、従来の許容応力度設計の枠組みを維持しながらも、近年の研究成果を反映させ、より合理的な設計を可能にするものとなっています。特に、柱と梁の設計において、短期荷重時の損傷制御の考え方が明確化されたことは、建物の耐震性能を考える上で大きな進歩といえるでしょう。
RC規準2018では、付着に関する検討方法が大きく見直されました。特に注目すべきは、16条「付着および継手」1項「付着」(3)の改定です。
付着の検討は、一次設計(許容応力度設計)と二次設計(終局強度設計)の両方で必要となりますが、その方法が整理されました。
一次設計(許容応力度設計)での付着検討。
二次設計(終局強度設計)での付着検討。
以下の3つの方法から選択可能となりました10。
※ただし、カットオフ筋を有する柱及びはりには適用不可
特に重要なのは、カットオフ筋(スパン途中で定着される引張鉄筋)を有する部材の場合、荒川式は使用できず、靭性保証型指針またはRC規準2018の方法を用いる必要がある点です。これは、カットオフ筋の定着部における付着割裂破壊のリスクを適切に評価するためです。
耐震壁の許容せん断力算定式は、十勝沖地震の震害教訓を踏まえて昭和46年に改定されたRC規準の考え方を踏襲しており、長年にわたり実務で使用されてきました。
耐震壁の許容せん断力算定の基本的な考え方。
耐震壁の許容せん断力(QA)は、以下の要素の和として算定されます。
具体的な算定式は以下の通りです。
QA = Qw + ΣQc
ここで、Qwは壁筋が負担できるせん断力として算定され、ΣQcは実験結果との比較から安全側に定められています。
SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)の耐震壁に関する規定。
2014年に改定されたSRC規準では、耐震壁の許容せん断力をRC規準(2010)の許容せん断力に鉄骨の許容せん断力を累加する方式が採用されました。壁部材の短期許容せん断力(WQA)は以下の式で算定されます。
WQA = WQ + ΣCQ + WsQA
ここで。
この算定方法により、SRC造の耐震壁の性能をより正確に評価できるようになりました。
鉄筋コンクリート構造の設計において、使用する鉄筋の種類によって許容応力度が異なることを理解することは非常に重要です。
鉄筋の許容応力度(日本建築学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」による)。
種別 | 長期 | 短期 | ||
---|---|---|---|---|
引張・圧縮 | 剪断補強 | 引張・圧縮 | 剪断補強 | |
SR235 SR295 | 155 155 | 155 195 | 235 295 | 235 295 |
SD295A・B SD345 SD390 SD490 | 195 215* 215* 215* | 195 195 195 195 | 295 345 390 490 | 295 345 390 490 |
溶接金網 | 195 | 195 | 295** | 295 |
*D29以上の鉄筋に対しては195 N/mm²とする
**スラブ筋として引張鉄筋に用いる場合に限る
鉄筋の許容付着応力度。
種別 | 長期 | 短期 | |
---|---|---|---|
上端筋 | その他の鉄筋 | ||
異形鉄筋 | (1/15)Fc かつ {0.9+(2/75)Fc}以下 | (1/10)Fc かつ {1.35+(1/25)Fc}以下 | 長期に対する値の1.5倍 |
丸鋼 | (4/100)Fc かつ0.9以下 | (6/100)Fc かつ1.35以下 |
上記の表から分かるように、鉄筋の種類(SR、SD)や径によって許容応力度が異なります。特に、D29以上の大径鉄筋では、長期の引張・圧縮許容応力度が小さくなる点に注意が必要です。また、上端筋(鉄筋の下に300mm以上のコンクリートが打ち込まれる水平鉄筋)とその他の鉄筋で許容付着応力度が異なることも重要なポイントです。
これらの値を適切に用いることで、構造安全性を確保しつつ経済的な設計が可能になります。
RC規準2018では、基礎設計に関する規定も大幅に拡充されました。特に、複数の杭が剛接合された基礎スラブについての新たな規定が追加されたことは実務者にとって重要な変更点です。
基礎スラブの設計用曲げモーメントの算定。
基礎スラブの設計用曲げモーメントは、通常、片持梁と見なし、応力算定位置を柱面として柱の辺に平行な鉛直断面について算定します。許容曲げモーメント(MA)は以下の式で算定されます。
MA = at・ft・j
ここで。
複数杭支持の基礎スラブに関する新規定。
2018年版では、正方形または長方形の平面形状で上下に主筋を有する複配筋の基礎スラブについて、せん断補強筋が一定の条件を満たしている場合に、せん断スパン比による割増係数αが導入されました。
基礎スラブの許容せん断力は、全幅が有効として以下の式で算定できます。
QA = α・fs・b・j
ここで。
せん断補強筋比が0.2%以上の場合、αは以下の式で算定されます。
α = 1.5 - 0.5(M/Qd) ≧ 1.0
ここで。
この新規定により、特に2本杭や4本杭で支持された基礎スラブのような、せん断スパン比が小さい部材の設計がより合理的になりました。実務では、このような基礎スラブがディープビームとなる場合に、斜め圧縮ストラットの形成を考慮した設計が可能になっています。
鉄筋コンクリート造建築物の耐震設計において、保有水平耐力計算は非常に重要な位置を占めています。特に、構造特性係数Dsの理解は、適切な耐震性能を確保するために不可欠です。
構造特性係数Dsとは。
構造特性係数Dsは、建築物の振動に関する減衰性や各階の靭性に応じて、建築物に求められる必要保有水平耐力を低減する係数です。一般に、架構の靭性が高いほど、減衰が大きいほど、Dsを小さく設定することができます。
Dsの算出方法は、崩壊形における柱、梁、耐力壁の破壊形式や応力等を用いて決定されます。具体的には、以下の要素が影響します。
形状係数Fesの役割。
形状係数Fesは、建築物の立面的、平面的な耐震要素の偏りに対する必要保有水平耐力の割増し係数で、以下の式で計算されます。
Fes = Fs・Fe
ここで。
剛性率は建築物の立面的な耐震要素の偏りを表し、偏心率は平面的な偏りを表します。これらの値が小さいほど、形状係数Fesは大きくなり、必要保有水平耐力が増加します。
せん断破壊防止のための設計。
保有水平耐力計算では、部材がせん断破壊しないことを確認するために、以下のような割増し係数を用いたせん断設計が行われます。
これらの割増し係数を用いる際に、部材のせん断強度も適切に評価する必要があります。梁、柱、耐力壁それぞれに対して、異なるせん断強度算定式が用いられます。
実務設計では、これらの係数を適切に理解し、建物全体の崩壊メカニズムを考慮した設計を行うことが重要です。特に、柱のせん断破壊を防止し、梁降伏型の崩壊メカニズムを確保することが、良好な耐震性能を得るための基本となります。
鉄筋コンクリート構造計算基準は、時代とともに進化してきました。その変遷を理解することは、現在の基準をより深く理解し、将来の動向を予測するのに役立ちます。
RC規準の歴史的変遷。
今後の展望と課題。
RC規準2018の「第12次改定の序」には、「付着の検討:今回の改定で簡略化が図られたが、より一層の簡略化、合理化が望まれる」と記述されています。これは、付着に関する検討方法がまだ発展途上であることを示しています。
今後の研究課題としては、以下のような点が考えられます。
これらの課題に対応するため、実験研究や解析的研究が進められており、次回の改定ではさらに合理的で使いやすい基準となることが期待されます。
建築施工に携わる実務者としては、現行基準を適切に理解・適用するとともに、最新の研究動向にも注目し、自己研鑽を続けることが重要です。