

光沢保持率80%を超えても、密着不良で剥離クレームが起きることがあります。
光沢保持率の計算式は、一見シンプルに見えます。しかし、その測定方法を正しく理解していないと、現場でのデータ読み誤りが起きやすくなります。
計算式の基本は次のとおりです。
$$\text{光沢保持率(\%)} = \frac{\text{劣化後の鏡面光沢度}}{\text{初期(塗装直後)の鏡面光沢度}} \times 100$$
この「鏡面光沢度」とは、JIS K 5600-4-7に規定された「60°鏡面光沢度(グロス値)」を指します。光沢計を用いて塗膜表面に60度の角度から光を当て、反射した光の強さを数値化したものです。たとえば初期グロス値が「85」で、劣化後に「62」まで低下していた場合、光沢保持率は次のとおりです。
$$\text{光沢保持率} = \frac{62}{85} \times 100 \approx 72.9\%$$
この値が80%を下回ると「劣化が始まった段階」として評価されるのが一般的です。
測定値は塗装面の3か所以上を計測して平均値を求めるのが原則です。1点だけで判断するのは誤りです。また、測定面は柔らかい刷毛で軽く清掃してからのぞむ必要があり、表面の汚れがついたまま計測するとグロス値が実態より低く出ることがあります。つまり計算式は正しくとも、測定手順を守らないと誤ったデータが出ます。
建築用塗料の場合、塗膜の劣化は「艶落ち」として最初に現れます。これは分子構造レベルの破壊が塗膜表面に可視化されたもので、光沢計の数値はその変化を定量的に追えるという点で非常に有効な指標です。現場の感覚だけでなく、数値として記録しておくことで劣化進行の比較も可能になります。これは使えそうです。
なお、鏡面光沢度が初期から70未満(半艶・3分艶など)の低艶仕上げ材は、光沢保持率による評価対象外になるケースがあります。鹿島建設が開発した「鹿島式外装塗装材料耐用年数推定法(BCJ-審査証明-231)」でも、初期鏡面光沢度70以上の有光沢上塗りが適用範囲と明記されています。低艶の外装材に同じ計算式を当てはめても意味をなしません。低艶塗装には別の評価指標が必要です。
参考:光沢保持率の定義と評価基準(AP ONLINE トソウペディア)
https://aponline.jp/term/paint/gloss-retention-rate/
光沢保持率の計算は、耐用年数を算出する土台になります。その流れを正しく把握しておくことが、塗料選定での判断精度を上げるうえで欠かせません。
期待耐用年数の計算式は次のとおりです。
$$\text{期待耐用年数(年)} = \frac{\text{光沢保持率80\%を維持した促進試験時間(時間)}}{\text{促進試験の1年相当時間(時間/年)}}$$
たとえばキセノンランプ促進耐候性試験(XWOM)を使った場合、一般的に「300時間=屋外1年相当」として換算します。シリコン樹脂系塗料で光沢保持率80%を2,400時間保持したとすれば、期待耐用年数は次のように計算されます。
$$\text{期待耐用年数} = \frac{2400}{300} = 8\text{年}$$
この数字にカタログ上の補正をかけて「10〜13年」などと表示されます。つまり計算上の値と公表値には差があります。
スーパーUVテスター(メタルハライドランプ方式)を使う場合は「40時間=屋外1年」で換算する事例が多く、同じ「シリコン塗料が約400時間で80%まで低下」というデータがあれば、期待耐用年数は10年という計算になります。
$$\text{期待耐用年数} = \frac{400}{40} = 10\text{年}$$
ここで注意が必要なのが、試験機ごとに換算係数(1年あたりの試験時間)が大きく異なる点です。キセノンランプは300時間で1年相当、スーパーUVテスターは40〜100時間で1年相当、という具合です。同じ「試験2000時間」でもXWOMとSUVでは結果の意味がまったく異なります。
さらに、同じキセノンランプを使っている場合でも、JIS K 5600で定められた放射照度は「60〜180 W/m²」と幅があります。メーカーAが180 W/m²(最大値)で試験すれば、メーカーBが60 W/m²で試験するよりも、同じ塗料でも早く劣化が進みます。つまり「キセノンランプ使用」という表記だけでは横並び比較できません。これが盲点です。塗料カタログを比較する際は、放射照度の設定条件まで確認することが大切です。
塩害地域(海岸から数百m以内)では、キセノンランプ450時間を1年相当として計算するケースもあります。内陸と沿岸部では同じ計算式でも係数が変わるため、地域条件を無視した計算は誤差の原因になります。つまり立地条件が計算の前提を変えるということです。
参考:促進耐候性試験の種類・グラフの見方・期待耐用年数(金丸塗装)
https://www.kanemaru-tosou.jp/paint/sokushin-taikosei-shiken/
「光沢保持率80%を下回ったら塗り替えのタイミング」という認識は、建築業界の現場に広く浸透しています。しかし、この解釈には大きな落とし穴があります。
そもそも「80%」という数値は、もともと戸建住宅の塗り替え基準ではありません。JIS A 6909(建築用仕上塗材)の耐候形区分(1種・2種・3種)を等級化するための目安として設定されたものです。これはゼネコン主導の公共工事や大型建築物に適用される規格であり、住宅塗り替え専用の塗料には本来そのまま適用するものではありません。
塗料メーカーのプレマテックスは、光沢保持率80%を「劣化の始まり」と位置づけています。同社によれば、80〜60%の範囲はまだ目視で確認できる変化が始まったばかりの段階で、チョーキングや退色が顕著になるのは60%以下まで進行してからとされています。つまり80%ラインは「塗り替え時期」ではなく「劣化観察の開始ライン」に過ぎません。
では、なぜ80%が今も「塗り替え目安」として使われ続けているのでしょうか?
それは「消費者への説明のしやすさ」という実務的な理由があるからです。「JIS基準に基づいた数値で、ここまで落ちたら○年相当」という説明は、施主への説得力が高い。その利便性ゆえに、本来の定義から切り離されたまま使われてきた側面があります。
ここで実際の現場リスクに直結する話があります。無機塗料やフッ素含有量の高い高耐候塗料では、劣化があまり進んでいない状態で塗り替えを行うと、新しい塗料が密着しにくく剥離が起きやすいという問題があります。光沢保持率80%の段階はまだ旧塗膜に密着力が残っており、この状態では逆に施工リスクが高まります。厳しいところですね。
| 光沢保持率 | 塗膜の状態 | 塗り替えの判断 |
|---|---|---|
| 80%以上 | 劣化初期・目視では変化なし | 不要(密着リスクあり) |
| 60〜80% | 艶落ち・軽微な変退色 | 状態次第で検討 |
| 40〜60% | チョーキング・退色が目立つ | 塗り替え推奨 |
| 30%以下 | 重大な割れ・剥離の可能性 | 早急に対応が必要 |
塗り替え判断は光沢保持率の数値だけで行うものではなく、実際の外観劣化(チョーキング・退色・割れ)の目視確認と組み合わせることが必要です。数値はあくまで補助的な判断材料のひとつと考えてください。
参考:光沢保持率80%ラインが生む誤解(プレマテックス×リフォーム産業新聞)
https://www.reform-online.jp/news/specialty/67743.php
| ウレタン樹脂系 | 耐候形2種 | 約1,200時間 | 6〜8年 |
| シリコン樹脂系 | 耐候形1種 | 約2,500時間 | 10〜13年 |
| フッ素樹脂系 | 耐候形1種(超過) | 約4,000時間以上 | 15〜20年以上 |
| 無機系塗料 | JIS区分外 | SUV試験で別評価 | 20〜30年以上 |
ここで注目したいのが「無機系塗料」の扱いです。耐候性が非常に高い無機塗料は、JIS A 6909の耐候形1種の基準(XWOM 2,500時間で光沢保持率80%以上)をはるかに超えているため、キセノンランプ試験で時間内に充分な劣化が起きません。そのため、より促進倍率の高いスーパーUVテスター(メタルハライドランプ)を使って評価されます。結論はJIS基準外の高耐候塗料には別の試験法が必要です。
アクリル塗料の場合、XWOM 600時間で80%を維持することが耐候形3種の条件で、これは屋外換算約2年分に相当します。しかし期待耐用年数は4〜5年と公表されています。これは試験時間÷換算係数の計算値に安全率を加味しているためで、単純計算とは一致しないことが分かります。
一方でシリコン塗料でも、製品によって光沢保持率の低下カーブは大きく異なります。たとえば塗膜厚の差・下塗り材との相性・施工時の希釈率オーバーなどが光沢保持率の実測値に影響します。塗料カタログのデータはあくまで理想的な施工条件下のデータです。現場では塗膜厚が薄い・希釈過多・下地処理不足があると、光沢保持率の低下が計算上の予測より2〜3年早まることもあります。耐用年数は条件次第で大きく変わります。
フッ素塗料(フッ素樹脂含有率30%以上)は長期にわたり高い光沢保持率を維持しますが、取得する耐候形1種という区分自体がシリコン塗料でも取得可能なものです。同じ「耐候形1種」表示のシリコン塗料とフッ素塗料を「同じグレード」と誤解しないよう、光沢保持率グラフの維持時間を直接比較することが重要です。意外ですね。
参考:JIS A 6909 耐候形区分の詳細と塗料例(カネソウ)
https://www.kaneso.co.jp/onepoint/44_siryo/2019/P190904.htm
光沢保持率の計算式や数値を知るだけでは不十分で、現場でどのように活用するかが最も重要です。建築業従事者として、施主への説明・塗料選定・補修判断のそれぞれの場面で使える実践的な知識をまとめます。
🔍 現場で光沢保持率を測定するとき
現場での光沢保持率の測定には、ポータブル型の光沢計(グロスメーター)を使います。日本電色工業のVG-2000シリーズや、BYK-Gardner社のマイクロ-TRI-グロスなどが建築業界でもよく使われる機種です。1台あたり5〜15万円程度で入手でき、新築・改修を問わず塗膜管理に活用できます。
測定時は以下の点を必ず守ってください。
- 測定面は乾燥・清潔な状態にする(汚れ付着でグロス値が低く出る)
- 同一箇所を3点以上測定して平均値を計算する
- 初期施工時のグロス値(基準値)を必ず記録しておく
基準値の記録がなければ、計算式に代入する分母がなく、光沢保持率を後から算出できません。これは現場でよく起きる見落としです。初期値の記録が条件です。
📋 カタログデータを読むときの確認項目
塗料カタログの促進耐候性試験グラフを見る際は、以下の4点を確認します。
- 使用した試験機の種類(XWOM / SWOM / SUV)
- 放射照度の設定値(XWOMの場合は60〜180 W/m²の範囲内のどこか)
- 1年相当の換算時間(300時間 / 40時間 / 100時間 など)
- 評価項目が「光沢保持率」か「色差」か
この4点が記載されていない(または確認できない)カタログは信頼性の判断が難しくなります。異なる試験機・設定での数値を単純に横並び比較することは避けてください。
🏗️ 改修時の塗り替え判断について
改修工事で光沢保持率データを参考にする場合、計算上の耐用年数が過ぎていても、実際のチョーキングや割れ・剥離などの外観劣化が出ていなければ、即座に塗り替えを行わない判断も合理的です。逆に耐用年数内であっても、南面・屋根面・塩害地域の外壁は劣化が早いため、定期的な実測確認が必要です。
鹿島建設が開発した「鹿島式外装塗装材料耐用年数推定法(BCJ-審査証明-231)」は、カルボニルインデックス(CI)という指標を使い、地域の実環境に合わせた年数推定を可能にしています。この手法は2026年9月まで有効な技術審査証明を受けており、LCC(ライフサイクルコスト)管理を重視した維持保全計画に活用されています。大規模建築の維持保全業務では参考になる手法です。
💡 施主説明での活用術
施主に光沢保持率を説明する際は、「80%を下回ったら塗り替えが必要」と単純に伝えるのは誤解を生みます。正確には「80%は劣化の始まりを示す数値で、実際の塗り替え判断は目視の劣化確認と組み合わせて行います」と伝えることが施主の信頼につながります。期待耐用年数は「自動車のカタログ燃費と同じで、使用環境によって変わる目安」と例えると理解されやすいです。
参考:鹿島式外装塗装材料耐用年数推定法(建築センター審査証明)
https://www.bcj.or.jp/db_upload/exam/houkoku/bcj_231.pdf