

維持保全計画を後回しにしているだけで、建築基準法違反として3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される可能性があります。
保全計画とは、建築設備や機械設備の点検内容・整備サイクル・担当者・作業指示書をひとつに束ねた「業務遂行のための指針書」です。計画書には設備の性能や機能、消耗品の交換時期、オーバーホールの実施目安なども盛り込まれます。これが原則です。
建築業の現場では、竣工後の設備管理が後手に回りがちです。しかし、保全計画を事前に立てておくことで、突発的な故障やトラブルによるダウンタイムを大幅に減らすことができます。具体的に言えば、空調設備や給排水設備など、1台の設備が止まっただけで工期の遅延・安全リスク・追加修繕費が一気に発生するのが建築現場の怖さです。
保全計画は4つのステップで立案します。まず「設備管理台帳の作成」から始まり、設備の種類・機種・導入時期・消耗部品の品番などを漏れなく記録します。次に「点検内容の決定」として、各設備の点検箇所と整備サイクルを定義します。その後「担当者と実施日程の確定」を行い、最後に「作業指示書の作成」で現場への伝達ミスをゼロにします。
計画の精度が高まると、設備保全業務が円滑に進み、時間外労働の短縮や人件費の削減につながります。これは使えそうです。また、点検・整備漏れが減少し、重大なインシデントの発生リスクも下がります。建築現場での事故や施設トラブルを防ぐうえで、保全計画は欠かせない基盤といえるでしょう。
なお、作業実施後には必ずフィードバックを行うことが大切です。劣化傾向の少ない設備は点検回数を減らし、高稼働の設備は回数を増やすという柔軟な見直しが、長期的なコスト最適化につながります。
建築基準法第8条第2項は、一定規模を超える建築物の所有者・管理者に対して「維持保全計画の作成」を義務付けています。法的義務が原則です。対象となる主な建築物は以下のとおりです。
見落としがちな点として、令和元年6月25日施行の建築基準法改正で、事務所系建築物の対象範囲が大幅に拡大されました。意外ですね。さらに大阪市など一部自治体では、令和7年4月1日から3階以上・200㎡超の事務所等も義務対象に加わっています。
「自分の担当物件は対象外だろう」と判断したまま計画書を作っていない場合、建築基準法第9条の命令・第12条第5項の報告義務違反が問われ、最終的に法第98条第1号により「3年以下の懲役または300万円以下の罰金」が科される可能性があります。痛いですね。
維持保全計画の様式例は、公益社団法人ロングライフビル推進協会(BELCA)のホームページで公開されています。まず自社が手がける物件の用途と規模を確認し、義務対象か否かをチェックするところから始めましょう。
維持保全計画の義務対象か確認するための参考ページです。
大阪府:維持保全計画について(建築基準法第8条・罰則規定も解説)
MP設計とは「Maintenance Prevention Design(保全予防設計)」の略で、設備の設計・導入段階から過去の保全データを反映させ、「最初から故障しない・保全しやすい設備」を作り込む設計手法です。1990年代にTPM(Total Productive Maintenance:全員参加の生産保全)の枠組みの中でJIPM(日本プラントメンテナンス協会)が定義しました。
MP設計の核心にあるのは「MP情報」の活用です。運転・保全の現場で蓄積されたトラブル履歴・改善事例・部品の寿命データをまとめたものをMP情報と呼びます。このMP情報を次の設備設計にフィードバックすることで、設計不良に起因するロスを未然に防ぎます。つまり「現場の知恵を設計に返す」仕組みです。
MP設計が軽視されてきた背景には現実的な課題があります。設計業務のほとんどは「設備の基本機能をどう満たすか」に集中しており、長期的な保全コストまで考える余裕がないのが実情です。とくに外部の設備メーカーへ設計を発注している場合、現場のトラブル情報が設計側に届きにくくなります。
建築設備の分野でMP設計を実践するには、以下の流れが有効です。
MP設計が本領を発揮するのは「LCC(ライフサイクルコスト)の最小化」の場面です。建築物のLCC全体のうち、建設時の初期費用(イニシャルコスト)が占める割合は全体の20%以下に過ぎません。残りの約80%は建設後の運用・保守・修繕などのランニングコストです。ランニングコストのうち5割以上が設備関連というデータもあります。
つまり、設計段階でMP設計を徹底するだけで、LCC全体の大部分を占めるランニングコストを大幅に圧縮できるのです。LCC最小化が条件です。
LCCとMP設計の関係を解説した専門記事です。
日本電気工事業工業組合連合会:ライフサイクルコスト(LCC)の低減と設備設計
TPMにおける「計画保全の7ステップ」は、MP設計と組み合わせることで最大の効果を発揮します。保全部門と設計部門が分断されたままでは、どちらか一方の活動だけでは成果が出にくいことを知っておくことが重要です。
計画保全の7ステップは以下の構成で進みます。
| ステップ | 名称 | 主な内容 |
|---|---|---|
| Step 0 | 保全体制の整備 | 設備リスト整備・自主保全支援体制の明確化 |
| Step 1 | 自主保全支援 | 基本条件整備・OPL(ワンポイントレッスン)標準化 |
| Step 2 | 設備の評価・現状調査 | 設備重要度ランキング・MTBF評価 |
| Step 3 | 劣化復元・弱点改善 | 問題解決法の適用・部品寿命延長策の立案 |
| Step 4 | 保全情報システム構築 | 保全周期・作業標準のデータベース化 |
| Step 5 | 定期保全体制構築 | 保全カレンダー作成・定期保全フローの整備 |
| Step 6 | 予知保全体制構築 | 振動・電流診断などセンシング技術の導入 |
| Step 7 | 保全スキル向上 | 作業単位ごとのスキル評価・要素技術教育 |
このなかでMP設計と特に深く連携するのがStep 4(保全情報システム構築)とStep 3(劣化復元・弱点改善)です。Step 4で蓄積した保全データを、次の設備更新・改修設計にそのまま入力できる仕組みを整えることが、MP設計を実践するための現実的な第一歩となります。
注意しておきたいのは、Step 4〜Step 7は相互に密接に連動しているという点です。保全情報システムを整えると、対象設備に必要な保全方式や交換周期が見えてきます。同時に、定期保全と予知保全に対応するスキルをどう育成するかも自然と明確になります。これらは同時並行で進めるのが基本です。
建築設備の現場では、設備台帳をExcelや紙で管理しているケースがまだ多く残っています。しかし、データが散在していると保全情報のフィードバックが難しく、MP設計への連携が機能しません。クラウド型の設備管理システムを導入すると、タブレット端末から入力したデータが自動的にデータベースに集約され、設計へのフィードバックが格段にスムーズになります。
計画保全の7ステップを詳しく解説した専門ページです。
TPMonline:計画保全 有機的な体制づくりで効果を出す(7ステップ・S-TPM強化事例)
建築業においてMP設計の概念が普及しにくい理由のひとつに、「設計フェーズと保全フェーズが完全に分断された組織体制」があります。製造業では設計部門と保全部門が同じ社内で情報共有できますが、建築業では設計事務所・施工会社・維持管理会社が別々の組織になりがちです。この構造的な分断が、現場の保全データを次の設計に届きにくくしています。
見逃せない視点は「LCCの視点から、企画・設計費を増やすことがトータルコストを下げる」という逆説的な事実です。保全費削減の本筋は「設計段階での作り込み」なのですが、発注側が企画設計費を削って安く仕上げようとするほど、後年のランニングコストが膨らむというのが現実です。
具体的に言えば、建築物のLCC全体のうちイニシャルコストは約20%に過ぎず、残り約80%が運用・保守・修繕費です。この80%の大部分は設計時の意思決定によって構造的に決まってしまいます。つまり竣工後に保全コストを削ろうとしても限界があります。
また、近年の人手不足問題はMP設計の重要性をさらに高めています。保全担当者の平均年齢は30〜40代と言われますが、ベテランの退職に伴う技術伝承の断絶が業界全体の課題です。MP設計で「保全のしやすい設備」を最初から作り込むことは、少人数でも維持管理できる現場づくりに直結します。厳しいところですね。
さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)との連携も見逃せないポイントです。設備の運転・保全データをIoTセンサーで自動収集し、BIM(建築情報モデリング)と連携させることで、過去に困難だったMP情報の体系的な蓄積・活用が現実のものになっています。竣工モデルに保全履歴を紐づけ、設計変更時にそのまま参照できる環境が整いつつあります。
DXを活用した「生まれの良い設備づくり」の事例が掲載された専門記事です。
プラントエンジニア:DXの活用がカギ!生まれの良い設備づくり(MP情報・MP設計の解説)
保全計画とMP設計を現場で動かすには、「まず何から着手するか」の優先順位が重要です。すべてを一度に整備しようとすると挫折します。これだけ覚えておけばOKです。
①設備管理台帳の整備から始める
現状で台帳が整っていなければ、まず設備リストの作成・更新から着手します。設備の種類・型番・設置年月・点検履歴・故障記録を一元化します。ExcelやGoogleスプレッドシートでも始められますが、データ量が増えると管理が煩雑になるため、早めにクラウド型設備管理ツールへの移行を検討しましょう。MENTENAやPLANTIAなどの導入実績が豊富なツールが候補に挙がります。
②故障記録をMP情報として体系化する
故障が起きたとき、「修理した」で終わらせないことが重要です。故障原因・発生箇所・対処方法・再発防止策をセットで記録し、次の設計・改修時にすぐ参照できる形にしておきます。この積み重ねがMP設計の素地になります。
③設備の重要度ランキングを設定する
すべての設備を同じ頻度で点検するのは非効率です。「安全への影響」「品質への影響」「停止時間の長さ」の順で設備の重要度をA・B・Cにランク分けし、Aランクの設備に保全リソースを集中させます。
④定期保全カレンダーを作成する
重要度ランクに応じた点検周期を決め、年間・月別の保全カレンダーに落とし込みます。生産計画・工事計画と保全スケジュールをすり合わせることで、作業中断を最小限に抑えながら確実に点検を実施できます。これが基本です。
⑤予知保全への段階的移行を検討する
定期保全が安定稼働したら、次のフェーズとして予知保全を検討します。振動センサーや電流診断機器を活用すると、部品の交換タイミングを劣化傾向から判断できるようになります。部品を「決まった周期」ではなく「使い切るタイミング」で交換できるため、保全コストの大幅削減が期待できます。
設備の重要度ランキングから保全計画立案まで体系的に解説した参考ページです。
MENTENA:保全計画とは?設備保全で重要となる計画書の作成方法を徹底解説
保全計画とMP設計は、最初は小さな積み重ねで十分です。設備管理台帳を整え、故障記録をMP情報として蓄積し、設計フェーズで活用する——この一連の流れを社内の習慣として根づかせることが、長期的な保全コストの圧縮と建築設備の長寿命化につながります。建築業に携わる立場からすれば、竣工後の運用フェーズまで見据えた「作り方」を今から意識することが、確実な差別化要因になるはずです。