
木材の防腐処理は古くから行われてきましたが、その方法や使用される薬剤は時代とともに大きく変化してきました。かつては、クレオソート油やPCP(ペンタクロロフェノール)などの高い効果を持つ薬剤が使用されていましたが、環境や人体への悪影響が明らかになるにつれ、より安全な薬剤へと移行してきました。
現在の防腐剤は大きく分けて以下のタイプがあります。
建築基準法では、昭和25年の制定時から木材の防腐措置について規定されており、構造耐力上主要な部分の木材が煉瓦、コンクリート、モルタル、土などに接して腐朽しやすい状態にある場合には、防腐剤の塗布などの防腐措置を講じることが義務付けられています。
木材への防腐剤の処理方法は複数ありますが、最も効果的なのが「加圧注入処理」です。この方法では、工場の密閉タンク内で約15kg/cm²の圧力をかけて薬剤を木材内部に深く浸透させます。
主な防腐処理方法の比較。
処理方法 | 効果 | 適用場所 | 耐用年数 |
---|---|---|---|
加圧注入 | 非常に高い | 土台、柱など重要構造部材 | 素材の約3倍 |
温冷浴法 | 中程度 | 窓枠、根太など | 浸漬法の2〜6倍 |
浸漬法 | 低〜中 | 非重要部材 | 短期間 |
塗布法 | 低い | 補修、現場処理 | 短期間 |
加圧注入処理の工程。
この処理により、薬剤が木材の深部まで均一に浸透し、長期間にわたって防腐・防蟻効果を発揮します。特に土台や柱などの構造上重要な部材には、この加圧注入処理が推奨されています。
防腐処理木材は日本農林規格(JAS)や日本工業規格(JIS)によって規格化されており、性能基準に合格したものにはJASマークやJISマークが付けられます。また、新しく開発された防腐・防蟻処理木材については、(財)日本住宅・木材技術センターが優良木質建材として認証したものにAQマークが付けられています。
木材防腐剤の安全性は、過去数十年で大きく向上しています。かつては効果の高さから使用されていた有害な薬剤は現在では使用が制限され、人体や環境への影響が少ない薬剤が主流となっています。
現代の主要な防腐剤の安全性。
ACQ(銅・第四級アンモニウム化合物系)
セルボーP(ホウ素・第四級アンモニウム化合物系)
タナリスCY(銅系水溶性薬剤)
ホウ酸を用いた防腐防蟻剤の大きな特徴は、効果が長持ちすることです。主成分のホウ酸塩は安定した無機物のため分解されず、また鉱物由来のため蒸発揮発することもありません。非接地・非曝露の条件では、効果は半永久的に持続します。また、人体に対する安全性も高く、万が一日常摂取量を超える量を摂取しても、腎臓の機能により排出されます。
ただし、防腐剤選択の際には使用環境に合わせた適切な選択が重要です。例えば、ホウ酸系は水に溶けやすいため屋外使用には向かず、屋外では銅系薬剤が適しています。
木造建築において、防腐処理が特に重要な部位は、湿気や水分との接触が多い場所です。適切な防腐処理を施すことで、建物全体の耐久性が大幅に向上します。
防腐処理が特に重要な部位。
防腐処理木材の経済性については、初期コストは若干増加するものの、長期的には大きなメリットがあります。例えば、土台に防腐加工材を使用した場合、建築費用全体の約0.4%程度のコスト増で済みます。これに対して、防腐処理により素材の約3倍の耐用年数が期待できるため、長期的には非常に経済的です。
また、高価なヒノキ土台(約43,000円/m³)に比べ、スギやツガの土台(約21,000〜26,000円/m³)に防腐処理(約7,000円/m³)を施しても、総コストは低く抑えられながら同等以上の防腐効果が得られます。
建築基準法では、木造建築の安全性と耐久性を確保するために、防腐処理に関する規定が設けられています。特に重要なのは以下の条項です。
これらの条項では、構造耐力上主要な部分に使用する木材が、煉瓦、コンクリート、モルタル、土などに接して腐朽しやすい状態にある場合には、防腐剤を塗布するか、これと同等以上の防腐措置を講じることが義務付けられています。
また、木造の外壁が鉄網モルタル塗りや張り石造など、軸組が腐りやすい構造である場合は、その部分の下地に防水紙を使用し、地面から1メートル以内にある柱、筋かい、土台には防腐剤を塗布することが求められています。
防腐処理を施工する際の注意点。
近年の建築工法の変化、特に高気密・高断熱化や基礎断熱工法の採用により、木材の使用環境も変化しています。また、環境への配慮からVOC(揮発性有機化合物)の低減やレス・ノンケミカル志向も高まっています。これに対応して、ベイト工法の採用やベタ基礎、土間コンクリートなどによる床下環境の改善といった新たな防蟻対策も行われるようになっています。
木材の種類によって防腐剤の浸透性や効果は大きく異なります。適切な防腐処理を行うためには、木材の特性を理解し、最適な防腐剤と処理方法を選択することが重要です。
木材の種類と防腐処理の関係。
心材と辺材の違い
一般に、ヒノキやヒバなどは耐久性の高い樹種として知られていますが、これは心材(幹の中心部分)についての特性です。辺材(心材の周りの部分)は、樹種に関わらずシロアリや腐朽に弱いことが実験で証明されています。例えば、無処理のヒノキ辺材は実験でシロアリによる著しい食害を受けましたが、ACQ処理したヒノキ辺材はほとんど食害を受けませんでした。
樹種による浸透性の違い
防腐効果の比較
実験結果によると、マイトレックACQ処理材(スギ辺材)と無処理スギ辺材の腐朽試験では、以下のような質量減少率の違いが見られました。
供試菌 | ACQ処理材 | 無処理材 |
---|---|---|
オオウズラタケ | 2.8% | 61.7% |
カワラタケ | 2.9% | 26.3% |
この結果から、適切な防腐処理により腐朽リスクが大幅に低減されることがわかります。
最適な防腐剤と木材の選択方法。
例えば、屋外のウッドデッキには銅系薬剤で処理したスギやツガが適しており、屋内の構造材にはホウ酸系薬剤で処理した木材が適しています。また、土台には加圧注入処理した防腐材を使用することで、建物全体の耐久性を高めることができます。
適切な防腐処理木材を選択することで、木造建築の寿命を大幅に延ばし、メンテナンスコストを削減することができます。特に、日本の高温多湿な気候では、防腐・防蟻処理は木造建築の耐久性を確保するために不可欠な要素と言えるでしょう。