
エンジニアリングプラスチック(エンプラ)は、耐熱性や機械的強度が求められる工業製品に使用される高機能プラスチックです。通常のプラスチック(汎用プラスチック)とエンプラの違いは、その機能性の高さにあります。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)などの汎用プラスチックと比べ、エンプラは耐熱性が高く、耐熱温度100℃以上の材料を指します。
参考)https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/howto/29882/
エンプラは大きく分けて「汎用エンプラ」と「スーパーエンプラ」の2種類に分類されます。汎用エンプラは耐熱温度100℃以上、スーパーエンプラは150℃以上とされており、明確な定義はありませんが業界では一般的にこの基準が用いられています。スーパーエンプラは難燃性についても米国の製品安全認証企業による認証基準を満たす必要があります。
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エンプラの最大の特徴は、高温の過酷な工業的環境下でも耐えられる強度にあり、金属の代用として使われる一方で、金属と比較して低コストかつ軽量であることがメリットです。建築事業者にとって、構造部材の軽量化やコスト削減を実現できる重要な材料選択肢となっています。
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汎用的に使用されるエンジニアリングプラスチックは、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、ポリアミド(PA)、変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)の5種類が有名で、これらの5大汎用エンジニアリングプラスチックは全体の約9割を占めると言われています。
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ポリアセタール(POM) は、自己潤滑性が高く耐摩耗性に顕著な特徴を持ち、軸受やギア(歯車)など摺動部への人気が高い材料です。剛性や靭性といった機械的特性にも優れ、高い温度安定性を持つため、金属の代替品として使用されることが多く、グリップやフック、カバーといった耐久性が求められるパーツ類にも使用されます。
ポリカーボネート(PC) は、熱可塑性樹脂の一種で、耐衝撃性や耐久性、透明度に優れていることから、カメラレンズやパーテーション、高速道路の透光板、車のヘッドランプなどに活用されています。引張強度は60-70MPa、曲げ弾性率は2.2-2.4GPaの機械的特性を持ちます。
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ポリアミド(PA) には多様な種類がありますが、構造材料として多く用いられる汎用エンプラがPA6とPA66です。PAは結晶性樹脂であること、アミド基によって高い分子間力が得られることから、優れた機械的強度を発揮します。MCナイロン(モノマーキャストナイロン)は、6ナイロンの弱点を克服して性能を全体的に向上させた樹脂で、強度や耐摩耗性、耐熱性、化学的性質の高さなどを生かして、ベアリングや軸受け、ライナー、歯車などさまざまな用途に活用されています。
参考)エンジニアリングプラスチック(エンプラ)とは
変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE) は、多くの場合他の樹脂と合成され(アロイ化)、変性PPEとして使用されます。PPE単体では流動性が悪いため、PS系、PA系、PP系の樹脂とアロイ化することで、流動性が改善し、その他の様々な特性も強化されます。高強度で寸法安定性がよいことから主に機能部品として使用され、比重がエンプラの中で最も小さいため製造コストをおさえられるメリットがあります。引張強度は70-90MPa、曲げ弾性率は3.5-4.0GPaと優れた機械的特性を持ちます。
ポリブチレンテレフタレート(PBT) は、結晶性の汎用エンジニアリングプラスチックで、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを原料としたポリエステルの一種です。電気特性、耐薬品性、成形加工性等に優れ、電気電子、自動車、フィルム向けの押出成形等、幅広い用途に適用されています。ただし、強アルカリには影響を受けやすく、高温高湿環境下においては加水分解を起こすことがあるため注意が必要です。
エンプラ(エンジニアリング・プラスチック)の用途・種類・特徴 - MISUMI
スーパーエンプラは、概ね150℃以上の耐熱性を持つプラスチックとされており、汎用エンプラよりもさらに過酷な環境下での使用に耐えられる高性能材料です。代表的なスーパーエンプラには、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などがあります。
参考)エンプラ、スーパーエンプラの基礎知識
ポリフェニレンサルファイド(PPS) は、最大の特徴として280~290℃という非常に高い耐熱性があります。高い機械的強度と耐薬品性を兼ね備えているため、自動車のエンジン部品や電装部品に使用されることが多く、優れた難燃性を持っており、安全性が求められる用途にも最適です。連続使用温度は180~220℃に達し、充填するフィラーの種類によって改質することが可能で、ガラス繊維を30%~40%入れた強化樹脂が広く使用されています。
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ポリエーテルエーテルケトン(PEEK) は、スーパーエンプラの中でも最高クラスの耐熱性を有しており、耐熱連続使用温度が240~250℃と非常に高く、融点が334~343℃に達することから、熱に強い素材が必要な場所で活躍します。PEEKは分子構造にエーテル結合とケトン基を繰り返し持ち、これにより高い耐熱性・耐薬品性・機械的強度・電気絶縁性といった特性を同時に実現しています。耐薬品性や耐衝撃性にも優れており、航空宇宙から医療分野まで幅広く利用されています。医療分野では、PEEKの体内で無毒かつ不活性で生体適合性が高いことから、注射針やインプラント、義歯などに使用されています。
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ポリテトラフルオロエチレン(PTFE) は、テフロンとも呼ばれ、優れた耐薬品性と低摩擦特性を持ち、固体潤滑剤として他のエンプラに添加されることも多い材料です。PTFEなどの固体潤滑剤を添加したグレードは、優れた自己潤滑性を発揮し、摩擦熱の発生を根本から低減します。
参考)高PV条件に挑む!高速摺動部品のためのエンプラ選定
スーパーエンプラは、汎用エンプラと比較して耐熱性、機械的強度、耐薬品性などの性能が格段に高いため、航空宇宙産業、自動車産業、化学産業、医療機器など、特に過酷な条件下での使用が求められる分野で採用されています。一方で、高性能であるがゆえに材料コストが高く、成形加工も難しいといった課題があります。
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エンジニアリングプラスチックとは - 旭化成プラスチックス
エンジニアリングプラスチックの特性を理解する上で、結晶性樹脂と非晶性樹脂の違いは極めて重要です。プラスチックを構成する長い分子鎖が、冷却・固化する過程でどのように振る舞うかによって、その内部構造が決まります。
参考)結晶性樹脂と非晶性樹脂の違いが設計に与える影響とは?特性比較…
結晶性樹脂は、分子鎖が規則正しく折りたたまれ、整然と配列した「結晶部分」を持ちます。この結晶部分はラメラと呼ばれる板状の構造を形成し、緻密で強固な骨格として機能します。樹脂が冷却される際に、分子が規則正しく配列することで結晶が作られ、工業的に用いられる結晶性樹脂が100%結晶化することはなく、必ず分子鎖がランダムに絡み合った非晶部分も混在しているため、正確には「半結晶性樹脂」と呼ぶのが適切です。
一般的に、結晶性樹脂は耐薬品性や耐摩耗性に強く、透明性は失われます。具体的には、耐有機溶剤性、耐油性、耐グリス性、耐摩擦性、耐摩耗性、潤滑性、摺動性が高いという特徴があります。建築事業者にとって、摺動部品や機械部品として使用する場合には、結晶性樹脂の選択が有利になるケースが多くあります。
参考)エンプラの「摺動性」入門(前編):基礎知識と材料選定の指針
非晶性樹脂は、分子鎖が特定の規則性を持たず、ランダムに絡み合ったまま固化した構造を持ちます。まるで凍結した液体のように、分子が無秩序な状態で固定されているのが特徴です。非晶性樹脂は透明度が高く、寸法精度が良い特徴があります。また、塗装性・接着性が高いため、表面処理が必要な用途に適しています。
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結晶化を起こさない非晶性樹脂は、分子がランダムな状態のまま固化するため、熱膨張分の収縮しか起こらず、体積変化は比較的小さく済みます。対照的に、結晶性樹脂は成形時に結晶化による体積収縮が大きく、寸法精度の管理が難しくなる傾向があります。建築事業者が精密な寸法管理が必要な部品を設計する場合は、非晶性樹脂の選択を検討する必要があります。
建築事業者がエンジニアリングプラスチックを選定する際には、系統だったアプローチが必要です。まず最も重要なのは、部品に要求される性能を明確化することです。製品設計時の材料選定基準では、機械的特性(強度、剛性、靭性)、耐熱性(耐熱温度、熱膨張率)、耐環境性(耐薬品性、耐候性、難燃性)の3つの観点から評価する必要があります。
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機械的特性の要求仕様 としては、摩擦係数の目標値、許容される摩耗量、期待される寿命、静音性の要求レベル、動作のスムーズさ、スティックスリップ(びびり現象)の許容度、衝撃荷重の有無やその大きさなどを具体的にリストアップすると良いでしょう。特に摺動部品を設計する場合、高PV条件(荷重×速度)に耐えうるエンプラを選定するには、単に摩擦係数が低いというだけでなく、高耐熱性、高強度・剛性、潤滑性・低摩擦特性、熱伝導性の4つの特性を高い次元で満たす必要があります。
使用温度範囲 は重視すべき要素で、最高使用温度を超えると急激に機械的特性が低下する点に注意が必要です。使用環境での注意点としては、エンプラは一般的に吸湿性を持つものが多いため、湿度変化による寸法変化や物性低下も考慮すべきポイントです。特にナイロン系樹脂(PA)は吸湿により柔軟性が増す一方で強度が低下するため、使用環境の湿度を十分に考慮した設計が求められます。
加工性の評価 も重要な選定基準です。切削加工、曲げ加工、溶接、接着、溶着などのプラスチック加工が適しているか否かを、材料ごとに確認する必要があります。建築分野では、現場での加工や組立作業が発生する可能性があるため、加工性の良い材料を選ぶことで施工効率を向上させることができます。
参考)プラスチックの加工特性(基礎知識)|KDAのプラスチック加工…
最終的な材料選定では、複数の候補材料についてプロトタイプ評価や加速試験を実施し、実際の使用条件下での性能を確認することが理想的です。エンジニアリングプラスチックの選定は、科学的な検証と実務的な知見の両方を活かすことで、最適な素材選択につながります。建築事業者は、設計段階から材料特性を十分に理解し、長期的な信頼性とコストパフォーマンスを両立させる材料選定を行うことが求められます。
エンプラの「摺動性」入門(前編):基礎知識と材料選定の指針
エンジニアリングプラスチックは種類も多く、多岐にわたる用途に使用されています。樹脂歯車や自動車のヘッドライトなどの機械部品にも使用されますし、電気・電子部品にも広く使用されており、薬品や液体の容器としての用途も多く日常でも目にすることが多い材料です。また写真立てや風呂用品のような日用品などにも使用されています。
建築分野においては、エンジニアリングプラスチックは金属よりも軽く安価で、同じものを大量生産しやすいため、さまざまなものに活用が可能です。具体的には、自動車部品や機械部品、電子機器部品のほか、スマートフォンのケース、液体の容器、食品の包装など、わたしたちの身近で多くのものに用いられています。エンプラは汎用プラスチックよりも少ない使用量で同じ性能のものが作れるため、エコな素材として注目されています。
建築事業者にとって特に注目すべきは、構造部材としての応用です。強い分子間力、剛直な分子鎖、結晶構造は、分子鎖のズレ動きを抑制し、特に高温下での耐クリープ性に優れた性能を発揮させます。分子鎖自体の強靭さ、絡み合い、強い分子間力、結晶構造などが、繰り返し応力による微小な亀裂の発生・成長を抑制するため、エンプラの機械的なタフさは構造部材としての使用を可能にしています。
参考)【原理から理解】汎用プラとエンプラの違い(前編):熱と力に耐…
耐熱性に関しては、通常のプラスチックが80℃程度で変形してしまうのに対し、エンプラは100℃以上の高温環境でも形状を保持できます。この耐熱性は、分子構造の違いによって実現されており、エンプラの分子鎖には、ベンゼン環や炭素以外の原子が組み込まれており、これらが分子の動きを制限することで高い融点を実現しています。実際の応用例では、自動車のエンジンルーム内の部品や、電子機器の内部部品など、高温になる環境で使用されており、従来は金属でしか対応できなかった用途でも、エンプラの採用により軽量化とコスト削減が可能になっています。
参考)エンジニアリングプラスチック(エンプラ)とは?特徴・種類・用…
環境面でのメリットも見逃せません。エンジニアリングプラスチックは、燃やしたときに、汎用プラスチックよりも、地球温暖化につながる二酸化炭素などの排出が少ないというメリットがあります。さらに、原料は化石資源ではなく、植物資源から簡単に作れるものもあります。世界中で「持続可能な開発目標」の達成が求められる中、環境に優しい素材は、ますます注目される可能性を秘めています。
建築事業者は、これらのエンジニアリングプラスチックの特性を理解し、用途に応じて適切な種類を選定することで、建築物の性能向上、コスト削減、環境負荷低減を同時に実現することができます。材料選定の際には、長期的な耐久性、メンテナンス性、リサイクル性なども考慮に入れ、総合的な判断を行うことが重要です。
エンジニアリングプラスチックとは|加工のポイントや種類と特性を解説