
熱膨張率と熱膨張係数は、実際には同じ概念を指す用語です。温度の上昇によって物体の長さや体積が膨張する割合を、温度当たりで示したものであり、どちらの呼び方も正しく使われています。温度の逆数の次元を持ち、単位は毎ケルビン(記号: 1/K)または1/℃で表されます。
参考)熱膨張率 - Wikipedia
建築業界では「熱膨張係数」という表現がより一般的に使用されていますが、技術文献や規格では「熱膨張率」という用語も頻繁に見られます。どちらの用語を使用しても、材料が温度変化によってどれだけ伸び縮みするかを示す物性値であることに変わりはありません。
参考)熱膨張率 - NeoMag用語集
英語では「coefficient of thermal expansion(CTE)」と表記され、国際的にも統一された概念として扱われています。実務においては、文脈や業界の慣習に応じて使い分けることができますが、意味の違いを心配する必要はありません。
参考)初心者から上級者までちょっとためになる熱膨張率の話 href="https://tecdlab.com/2019/06/13/%E5%88%9D%E5%BF%83%E8%80%85%E3%81%8B%E3%82%89%E4%B8%8A%E7%B4%9A%E8%80%85%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E7%86%B1%E8%86%A8%E5%BC%B5/" target="_blank">https://tecdlab.com/2019/06/13/%E5%88%9D%E5%BF%83%E8%80%85%E3%81%8B%E3%82%89%E4%B8%8A%E7%B4%9A%E8%80%85%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E7%86%B1%E8%86%A8%E5%BC%B5/amp;#82…
熱膨張係数には、長さの変化を表す「線膨張係数」と体積の変化を表す「体膨張係数」の2種類があります。線膨張係数は温度変化による長さの伸縮率を示し、体膨張係数は体積の変化率を示します。一般的に指定がない場合、熱膨張係数は線膨張係数を意味することが多く、記号αで表されます。
参考)https://www.cradle.co.jp/glossary/ja_T/detail0219.html
建築材料の評価では主に線膨張係数が使用されます。線膨張係数の計算式は ΔL = α × L × ΔT で表され、ΔLは長さの変化量、αは線膨張係数、Lは元の長さ、ΔTは温度変化です。例えば、長さ1mの鉄(線膨張係数 約12×10⁻⁶/℃)が80℃上昇すると、0.96mm膨張します。
参考)https://www.gbrc.or.jp/assets/test_series/documents/he_07.pdf
固体の体膨張係数は、一般的に線膨張係数の約3倍になるという関係があります。これは、三次元的な膨張が各軸方向に発生するためです。棒状の固体や建築部材の場合は線膨張係数を使用し、容積変化が重要な場合は体膨張係数を使用するのが実務での基本です。
参考)熱膨張 - 温度が高くなるということは体積が増加するというこ…
熱膨張係数の単位は1/K(毎ケルビン)または1/℃で表記されます。これは温度1度の変化で材料がどれだけ伸縮するかを示す逆数の次元を持つためです。多くの場合、温度範囲が併記されており、これは温度領域によって膨張係数が変化するためです。
建築材料の線膨張係数測定には、JIS A 1325「建築材料の線膨張率測定方法」が規定されています。コンクリートやセメント、モルタル製品、金属、プラスチックなどが主な測定対象です。具体的には、埋込ひずみ計を取付けた供試体を可変温度槽内に静置し、5〜60℃まで変化させたときのひずみ値から線膨張係数を算出します。
参考)熱的性質試験
測定方法には、レーザ光干渉方式や光学式熱膨張率測定装置など、高精度な手法が用いられます。レーザ光干渉方式では、温度変化による試料の膨張変化量を二光束の干渉による縞の移動量として計測します。光学式測定法は、試料に作用する接触外力を完全に排除でき、柔らかい材料や壊れやすい材料の測定に最適です。
参考)熱膨張測定の受託分析 href="https://advance-riko.com/contract-analysis/thermal-expansion-measurement/" target="_blank">https://advance-riko.com/contract-analysis/thermal-expansion-measurement/amp;#8211; アドバンス理工
熱膨張係数は温度領域によって微妙に異なることが一般的ですが、特定の温度で結晶転移する材料では大きく変化する場合があります。例えば、二酸化ケイ素の結晶多形であるクリストバライトは、200℃付近で相転移する際に大きな体積変化を伴います。使用する温度領域や材料の特徴を十分に把握することが重要です。
結晶構造を持ち配向性を示す材料では、a軸・b軸・c軸それぞれに膨張係数が異なる場合があります。ネオジム磁石のように、磁化方向では線膨張係数がプラスになるが、垂直方向ではマイナスになる材料も存在します。このような異方性のある材料を扱う際には、方向による膨張の違いを考慮した設計が必要です。
建築実務では、コンクリートの線膨張係数は約10×10⁻⁶/℃程度で、鉄筋とほぼ同じ値を示します。この膨張係数の一致が、鉄筋コンクリートが温度変化による伸縮の影響を受けにくく、温度応力を抑えた設計ができる理由です。
参考)軽量コンクリートと鋼の線膨張係数(一級-23年-学科4-問2…
熱膨張による変化量の計算式は、ΔL = α × L₀ × ΔT で表されます。ΔLは変化する長さ(膨張量)、αは線膨張係数、L₀は元の長さ、ΔTは温度変化(初期温度と最終温度の差)です。この式により、温度変化に応じた材料の長さの変化を予測することができます。
参考)線膨張係数とは?温度変化による寸法変化値の計算方法 - プラ…
実務計算例として、SCM440系プリハードン鋼製のコアピン(全長30.52mm)を20℃から150℃に昇温させた場合を考えます。線膨張係数α = 11.5×10⁻⁶、温度変化ΔT = 130℃より、伸び量は λ = 11.5×10⁻⁶ × 30.52 × 130 = 0.0456mm となります。このような精密な計算が、金型設計や機械部品の設計に不可欠です。
参考)https://jp.misumi-ec.com/tech-info/categories/plastic_mold_design/pl07/c0463.html
熱応力の計算では、σt = -α × E × ΔT(Eはヤング率)という式が用いられます。温度変化とヤング率が同じ場合、膨張係数が3倍大きい材料には3倍の熱応力がかかります。一般的なガラスコップ(膨張係数約9×10⁻⁶/℃)とビーカー(約3×10⁻⁶/℃)では、コップに約3倍の熱応力がかかるため、お湯を注ぐと割れやすいのです。
材料 | 線膨張係数(×10⁻⁶/℃) | 用途例 |
---|---|---|
鉄・鋼材 | 約11.7〜12.0 | 構造材、鉄筋 |
コンクリート | 約10.0 | 建築構造体 |
ステンレス鋼 | 約17.3 | 配管、外装材 |
アルミニウム | 約23.0 | 外装材、窓枠 |
チタン | 約8.4 | 特殊構造材 |
参考)チタンの前処理
異種材料を接着する場合、膨張係数の差が大きいほど熱ひずみが大きくなります。二つの材料の膨張係数をα1、α2とした時、熱ひずみは εt = -(α1-α2) × ΔT で計算されるため、膨張係数差と温度変化が大きいほど熱ひずみも増大します。温度変化がない場合は熱ひずみがゼロとなるため、常温で固化する接着剤を用い、使用温度環境が一定であれば熱ひずみは生じません。
セラミックコンデンサや回路基板では、AuSn(金錫)やAgペーストがろう剤として使用されます。AuSnは約280℃、Agペーストは約150℃で固化するため、常温25℃との温度差はそれぞれ255℃、125℃となります。同じ材料でもAgペーストに比べてAuSnで接着する方が発生する熱ひずみが大きく、接着する材料や条件によっては部品が破損することがあります。
建築では、金属とコンクリートなど異種材料を接合する際、線膨張係数の差から生じる剥離や亀裂を防ぐため、適切な接合材や設計手法の検討が必要です。コンクリートと鉄筋の線膨張係数がほぼ等しい(約10×10⁻⁶/℃)ことは、鉄筋コンクリート構造が温度変化に強い理由の一つです。
参考)https://sanwa-rc.com/blog/?p=6780
コンクリート構造物では、水和熱による温度上昇と冷却時の収縮が温度ひび割れの主な原因となります。コンクリートの体積変化は、打込み時の温度と考慮時点の温度との差に熱膨張係数を乗じたもので表されます。温度ひび割れを抑制するには「コンクリートの体積変化を抑制する」ことと「引張応力を低減する」ことが基本です。
参考)https://www.skr.mlit.go.jp/etc/hibiwarejireisyu.pdf
温度上昇量の低減には、低熱ポルトランドセメントの使用や単位セメント量の低減、フライアッシュや高炉スラグ微粉末の使用が有効です。膨張材の使用は、温度ひび割れや外部応力ひび割れの抑制に効果があり、水和熱抑制型は部材寸法が大きい構造物に適しています。熱膨張係数の小さい骨材を使用することも、体積変化の抑制に寄与します。
参考)コンクリートの温度変化によるひび割れ
引張応力の低減には、ひび割れ誘発目地の設置、保温性のある型枠の使用と存置期間の延長、外部拘束の低減(打込み長さと高さの比L/Hを小さくする)などが効果的です。施工計画では、夏期の日中打設を避けて夜間や早朝の低温時に打設すること、打込み区画を複数に分けること、リフト高さを1〜1.5m程度に抑えることが温度上昇量の低減につながります。
熱膨張材料は、高熱を受けると膨張して断熱層を形成する特殊な材料です。ゴムまたは樹脂に熱膨張剤を配合したもので、約170〜250℃で膨張を開始し、炎や煙の進路を閉塞します。約10倍から最大40倍の体積膨張が可能で、建築物のすきまのシール材や配管のガスケット等の用途として防火対策、延焼防止に効果を発揮します。
参考)https://www.togawa.co.jp/uploads/2011/10/9ad9dcb80c95c6769b4c8e751468a80bb3025996.pdf
フィブロックなどの熱膨張耐火材は、火災が発生すると瞬時に5〜40倍に膨張して断熱層を形成するプラスチック系の耐火材料です。通常は薄いシート状ですが、火災時には同時に膨張して十分な耐火性能を発揮し、設計の自由度が飛躍的に高まります。施工時に材料等の飛散がなく作業者や近隣の方にも安全で、人体に有害なハロゲン化合物を含まないため有害ガスがほとんど発生しません。
参考)https://www.sekisui.co.jp/fp/features/
柔軟なシート・テープ状のため曲げ加工や切断が簡単で、これまで取り付けにくかった箇所にも設置が容易です。材料自体に粘着性があるので、施工時の仮止めや他材料との積層も容易に行えます。加熱条件678℃×30分で2.9mmから36.5mmへ、または300℃×10分で管路閉塞による流入防止機能を発揮するなど、火災発生時の煙やガスの流入を防ぎます。
一般財団法人日本建築総合試験所「線膨張率試験」- JIS A 1325に基づく建築材料の線膨張率測定方法の詳細
太平洋セメント「熱的性質試験」- コンクリートの線膨張係数測定方法と温度応力解析への活用
日本コンクリート工学会「コンクリートと鋼材の高温時(火災時)力学特性」- 加熱時の熱膨張挙動の詳細