

靱性とは、材料が外力を受けた際に、破壊されるまでにどれだけ変形に耐え、エネルギーを吸収できるかを示す性質です。靱性の高い材料は、力を加えるとグニューっと伸びてなかなか切れないような性質を持ち、「粘り強さ」という言葉で表現されます。金属は一般的に靱性のある材料であり、鋼材は代表的な高靱性材料として構造物に広く使用されています。
参考)https://www.bakko-hakase.com/entry/098_jinsei_zeisei
材料の靱性は、引張試験における「伸び」と「絞り」の値で評価でき、伸びや絞りの値が大きく、かつ引張強度も高い鉄鋼材料が靱性に優れた材料と判断されます。靱性のある材料で作られた構造物は、変形が徐々に進むため「もうダメかも」という状態からも意外に粘り、急激な破壊を避けることができます。
参考)https://www.toishi.info/metal/nb.html
大地震時の耐震設計では、建物の粘り(靱性)により地震のエネルギーを吸収することが基本的な考え方となっており、靱性が大きいほど変形能力も大きくなり、吸収できるエネルギーの量が増加します。
参考)https://shoumei.4sin.jp/taishin-s56kijun-02energy
脆性は靱性の反対の性質で、材料のもろさを意味します。脆性材料は、力を加えてもあまり変形しないうちに壊れてしまい、限界を超えた途端に一気に力を負担できなくなる特徴があります。ガラスや鋳鉄などが代表的な脆性材料で、ほとんど塑性変形を伴わずに応力で突然破壊します。
参考)https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/howto/materials/49398/
脆性破壊は、壊れる直前まで材料が柔らかくならないため、傍目には「まだ大丈夫」という印象を与えますが、実際には予兆がほとんどなく急激に破壊が生じます。この特性により、脆性破壊は人命保護の点で極めて危険な現象とされ、耐震設計ではこれを避けることが大きな目的となっています。
参考)https://note.com/pos_mado/n/n4a575f4b95e2
コンクリート自体は脆性を有する材料であり、引張やせん断に対して急激に破壊される傾向があるため、設計段階での適切な配慮が必要です。脆性破壊した材料の破面は典型的に平滑で光沢があり、「リバーパターン」と呼ばれる特徴的な模様が観察されることがあります。
参考)https://www.daiken.jp/buildingmaterials/glossary/structure/toughness/
材料の靱性や脆性を評価する方法として、引張試験と衝撃試験が広く用いられています。引張試験では、材料の「伸び」と「絞り」を測定することで靱性を評価でき、伸びと絞りの値が大きい材料ほど靱性に優れていると判断されます。
参考)https://www.nstec.nipponsteel.com/technology/mechanical-test/toughness/toughness_01.html
衝撃試験としてはシャルピー衝撃試験が最も一般的で、V形またはU形の切り込みを入れた試験片にハンマーで衝撃を与え、破断に要したエネルギー(吸収エネルギー)を測定します。粘り強い材料ほど吸収エネルギーの値が大きくなり、この衝撃値により材料の「ねばさ」を定量的に評価できます。
参考)https://www.keyence.co.jp/ss/products/microscope/measurement-solutions/charpy-impact-test.jsp
破壊靱性という概念では、き裂や欠陥を有する材料の破壊に対する抵抗を、応力拡大係数やJ積分などの力学的パラメータで評価します。シャルピー衝撃試験は原子力発電所の配管など、強い衝撃や高い圧力を受ける部品の材料には欠かせない試験となっており、破面の形態から材料の靱性を詳細に分析できます。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E9%9D%B1%E6%80%A7
主要な建築材料である鋼材、コンクリート、木材は、それぞれ異なる靱性特性を持っています。以下の表に各材料の靱性特性をまとめます。
参考)http://kentiku-kouzou.jp/kouzoukeisan-zinsei.html
| 材料 | 靱性の程度 | 主な特徴 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 鋼材 | 高い | 降伏強度を超えると塑性化し、粘り強く抵抗する | 座屈により脆性的な壊れ方をすることもある |
| 鉄筋コンクリート | 中程度 | 鉄筋が引張力に粘り強く抵抗するが、性状は不安定 | コンクリート自体は脆性的で、せん断破壊やひび割れが生じやすい |
| 木材 | 中程度 | 支圧(接合部のめり込み)により靱性が発現する | 接合部の設計が性能を左右する重要な要素となる |
鋼材は最も代表的な靱性のある材料で、降伏強度(400級鋼なら235N/m㎡)を超えると塑性化領域に入り、大きな変形能力を発揮します。ただし、薄い鋼板を圧縮すると局部座屈という脆性的な破壊が生じる可能性があり、部材の厚さと断面の大きさの比率(幅厚比)によって靱性が大きく変わります。
参考)http://kentikushi-blog.tac-school.co.jp/archives/47773016.html
鉄筋コンクリートでは、鉄筋が引張力に対して靱性を発揮しますが、コンクリート自体は脆性材料であるため、圧縮やせん断に対しては脆性破壊を起こす危険性があります。特にせん断力に対してはコンクリートが主に抵抗するため、せん断補強筋(帯筋やあばら筋)を適切に配置することが靱性確保の鍵となります。
参考)https://note.com/0karakouzou/n/n1c0c0e5b6339
建物の靱性と脆性の違いは、地震時の安全性に直結する重要な要素です。大地震に対する抵抗方法は、建物の粘りにより持ちこたえる「靱性抵抗型」と強度による「強度抵抗型」に分類され、多くの建物は両者を組み合わせた設計となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj1975/19/7/19_24/_pdf/-char/ja
靱性抵抗型の設計では、建物が地震のエネルギーを変形により吸収し、徐々に形を変えながら倒壊まで持ちこたえます。この設計手法は特に高層建築物で重要となり、強度を上げると重量が増加するスパイラルによるコスト増加を抑えつつ、脆性破壊による被害の拡大も防ぐことができます。
参考)http://www.hyread.com.tw/doi/10.53106/101632122025060131008
一方、建物の粘りが小さい場合は、弾性限界を超えるとすぐに部材が降伏して形が崩壊し、一気に倒壊が生じる脆性破壊のリスクが高まります。ピロティ形式の建物での層崩壊や、剛性率・偏心率が不適切な建物での被害拡大は、脆性破壊の典型例です。
参考)http://kentiku-kouzou.jp/advance-zeiseihakai.html
新耐震設計基準では、中地震に対する一次設計と大地震に対する二次設計が区分され、大地震時の安全性を建物の粘り(靱性)を考慮した構造計算で確認することが求められています。建物の強度が同程度でも、靱性の大きさが違えば大地震時の耐震性能に明確な差が生じるため、材料選定や部材構成において靱性は重要な判断要素となります。
参考)https://shikakuouen.com/wp-content/uploads/2023/02/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E6%96%87%E7%AB%A0%E5%A1%BE23%E5%9B%9E%E7%9B%AE%E3%80%80%E8%80%90%E9%9C%87%E8%A8%AD%E8%A8%881%E5%9B%9E%E7%9B%AE.pdf
粘りを大きくすることが困難な場合は、建物の強度を割増して弾性限界を上げ、塑性変形までの余裕を確保する強度抵抗型の設計が必要となり、低層建築物や壁式架構で多く採用されています。耐震診断や耐震補強では、垂直構件の剪断強度と靱性を加強することで、既存RC建物の耐震能力を確実に改善できることが実証されています。
参考)https://www.taaf.or.jp/about/docs/20170901manual.pdf