

建築業界に身を置いていると、図面に記載された「地名地番」と、実際に現場へ行く際の「住所」が異なり、混乱した経験があるのではないでしょうか。この二つの違いを明確に理解することは、施主への説明責任を果たす上でも極めて重要です。「住居表示」と「地番」は、そもそも根拠となる法律も、管理している役所も全く異なる別物だからです。
参考)地番(ちばん)とは?住居表示の住所との違いについてわかりやす…
まず「地番(ちばん)」ですが、これは明治時代から続く「土地」を特定するための番号です。法務局(登記所)が管轄しており、不動産登記法に基づいて土地一筆ごとに付番されます。建築確認申請書や売買契約書に記載されるのは、原則としてこの地番です。地番は土地の権利範囲を明確にするためのものであり、人が住む場所をナビゲートするために作られたものではありません。
参考)住居表示と住所の違い!所在地・地番の関係を不動産取引で読み解…
一方、「住居表示(じゅうきょひょうじ)」は、1962年(昭和37年)に施行された「住居表示に関する法律」に基づく制度です。高度経済成長期、都市部の人口密集により「◯番地」という地番だけでは郵便物の誤配や緊急車両の到着遅れが頻発しました。これを解消するため、市町村が主体となり、土地ではなく「建物」に対して番号を振るシステムとして導入されました。
参考)住居表示地区と地番は何が違う?仕組みや調べ方をわかりやすく解…
この二つの決定的な違いを表にまとめると以下のようになります。
| 項目 | 地番(Chiban) | 住居表示(Jukyo Hyoji) |
|---|---|---|
| 対象 | 土地(一筆ごと) | 建物(玄関の位置) |
| 根拠法 | 不動産登記法 | 住居表示に関する法律 |
| 管理者 | 法務局 | 市区町村役場 |
| 表記例 | 〇〇町123番地4 | 〇〇町1丁目2番3号 |
| 主な用途 | 登記、資産税、建築確認 | 郵便、住民票、緊急通報 |
| 付番の基準 | 分筆・合筆の経緯による | 街区と玄関の位置による |
建築従事者が特に注意すべきは、住居表示は「すべての地域で実施されているわけではない」という点です。都市部は住居表示(◯番◯号)が一般的ですが、郊外や地方では依然として地番(◯番地)をそのまま住所として使っている地域も多く存在します。
参考)住居表示
例えば、同じ東京都内でも住居表示未実施のエリアでは「東京都◯◯市◯◯町1234番地」がそのまま住民票の住所になります。施主から「私の家の住所は結局どうなるの?」と聞かれた際、「この地域は住居表示実施区域なので『番・号』になります」あるいは「未実施なので『番地』が住所です」と即答できる知識がプロとして求められます。
参考)街区レベル位置参照情報の整備方法
総務省:住居表示制度の概要(制度の目的や地番との違いについて詳細な解説があります)
住居表示が実施されている区域において、あの「◯番◯号」という数字がどのように決まっているのか、そのメカニズムを詳しく解説します。これを知っておくと、更地の段階でもおおよその住所(号数)を予測できるようになり、現場管理に役立ちます。
住居表示に関する法律では、主に「街区方式(がいくほうしき)」というルールが採用されています。住所は以下の3つの要素で構成されます。
参考)住居表示の概要|春日井市公式ホームページ
まず、道路や鉄道、河川などで区切られた区画を「街区(がいく)」と呼び、それぞれに番号(街区符号)が振られます。これが「番」にあたります。通常、駅や役所など街の中心に近い側から順に番号が振られていきます。
参考)https://www.city.kadoma.osaka.jp/material/files/group/15/jyukyohyoji_sikumi.pdf
次に、最も重要な「号(住居番号)」の決め方です。これには非常に論理的なルールがあります。
一つの街区の周囲を、原則として10メートルから15メートル間隔で区切り、東南の角(または中心に近い角)を起点として、時計回りに「基礎番号(フロンテージ)」を振っていきます。これを「基礎番号」と呼びます。
そして、「建物の主要な出入口(玄関)」が、その街区境界線のどの基礎番号の位置に接しているかで、住居番号(号)が決まります。
建築現場でよくある質問として、「隣の家と同じ住所になることはあるのか?」というものがあります。答えは「イエス」です。この基礎番号方式では、玄関が同じ10メートル区画(フロンテージ)の中に並んでしまえば、複数の建物が全く同じ「◯番◯号」になることがあります。これを「同一住居番号」問題と呼びます。
最近ではこの重複を避けるため、枝番(えだばん)を採用する自治体が増えています。「◯番◯ー◯号」のように、号の下にさらに数字をつけて区別する方法です。特にアパートや分譲住宅が立ち並ぶエリアで新築を行う場合、この基礎番号の境界線がどこにあるのかを把握しておくと、郵便ポストの位置決めや、施主への住所説明がスムーズになります。
また、この「玄関の位置」が基準になるという点は、設計段階で非常に重要です。広い敷地で、設計変更により玄関の位置が数メートルずれただけで、住居番号(号)が変わる可能性があるのです。確認申請時と竣工時で玄関位置が大きく動く場合は、早めに役所へ相談しないと、予定していた住所が取得できないトラブルに発展しかねません。
国土地理院:住所と地名(街区方式の図解や基礎番号の仕組みが視覚的に分かります)
建築業者として絶対に忘れてはならない手続きが、「新築届(住居新築届)」です。住居表示実施区域内で建物を新築した場合、この届出を提出しなければ、いつまで経ってもその家に「住所」が存在しないことになります。住所がないということは、施主が入居手続き(転入届)を行えず、電気・ガス・水道の開栓手続きやインターネットの契約にも支障をきたすという、重大なクレーム事案となります。
参考)新築届は誰が出すのか決めないとヤバい?基礎知識と手続き方法を…
誰が提出するのか?
法律上は「建築主(施主)」に関係者を含めた届出義務がありますが、実務上は建築会社やハウスメーカー、設計事務所が「代理人」として提出するケースがほとんどです。施主任せにしておくと、「工務店がやってくれると思っていた」という認識のズレが生じやすいため、請負契約時や着工時に誰が提出するかを明確に取り決めておく必要があります。
参考)住居表示実施区域に建物等を建てる場合の住居番号の設定申請:静…
いつ提出するのか?
提出のタイミングは自治体によって微妙に異なりますが、一般的には「上棟後」から「完了検査の前後」までとされています。「建物の出入り口(玄関)の位置が明確になった段階」で受け付ける自治体が多いため、基礎工事だけの段階では受け付けてもらえないことがあります。逆に、引渡し直前だと役所の手続き(現地確認など)が間に合わず、引越し当日に住民票が移せないリスクがあるため、足場が外れる頃を目安に提出するのが安全です。
参考)新築の住所はいつ決まる?決定までの流れと手続きのタイミングを…
必要な書類と手続きの流れ
一般的に以下の書類が必要です。
参考)三鷹市 |住居表示新築届出書について
これらの書類を役所の「市民課」や「住居表示係」に提出すると、担当者が図面確認(場合によっては現地調査)を行い、基礎番号に基づいて正式な住居番号を決定します。その後、「住居番号付定通知書」と「住居番号表示板(プレート)」が交付されます。
参考)地番と住居表示は同じもの?定義の違いや調べ方を解説
建て替え(改築)の場合の注意点
「建て替えだから住所は変わらないだろう」という思い込みは危険です。前述の通り、住居表示は「玄関の位置」で決まります。建て替えによって玄関の位置が数メートル移動した場合、長年親しんだ「3号」が「4号」に変わる可能性があります。施主にとっては、免許証の書き換えや登記変更など多大な手間が発生するため、設計段階で「玄関位置を変えると住所が変わる可能性がある」ことを伝えておくのが、親切で信頼される建築業者の対応です。
参考)新築・建替え時等の住所設定について 横浜市
新宿区:住居表示の届出(実務的な届出様式や必要書類の例として参考になります)
新築届を提出して住所が決まると、役所から2種類のプレートが渡されます(または郵送されます)。細長い「町名表示板」と、小さい「住居番号表示板」です。これらは単なる記念品ではなく、法的な設置義務がある重要なものです。
参考)6:(制度関係) 街区表示板(町名表示板)と住居番号表示板の…
法律上の義務
「住居表示に関する法律」の第8条には、建物の所有者や管理者は、住居番号を見やすい場所に表示しなければならない旨が定められています。
(住居番号の表示)
第八条 建物その他の工作物の所有者、管理者又は占有者は、市町村の条例で定めるところにより、見やすい場所に、住居番号を表示しなければならない。
つまり、おしゃれな外観にしたいからといって、勝手にプレートを捨てたり、隠したりすることは本来許されません。郵便配達員や救急隊員が家を特定するための「社会インフラ」の一部だからです。
プレートの種類と色
多くの自治体では以下の色分けがされています(例外もあります)。
最近のトレンドと対応
最近の注文住宅では、デザイン性を重視して「役所から配られたプラスチックのプレートは貼りたくない」という施主が増えています。この場合、外構のデザイン自体に住所を組み込む(アイアンの切り文字で住所を表示するなど)ことで、義務を果たしているとみなされるケースが一般的です。
ただし、単に表札(名字)だけを出して、番地・号を表示しないのはNGです。必ず「番・号」まで視認できるようにしなければなりません。建築業者としては、引き渡し時にプレートを施主に渡し、「これは法律で表示義務があるものです。貼らない場合は、ポストやインターホンにテプラ等でも良いので、必ず住所がわかるようにしてください」と一言添えるのがプロの対応です。
また、大規模な分譲マンションなどの場合、エントランスに各部屋番号を記載した集合案内板を設置することが条例で義務付けられていることもあります。自治体の条例を確認し、検査時に指摘されないよう準備が必要です。
最後に、教科書的な解説には載っていない、現場たたき上げの独自視点として「住居表示未実施地域」や「区画整理地」での建築トラブル対策について解説します。
カーナビ・配送トラブルの回避
住居表示が実施されていない地域(地番=住所の地域)や、造成されたばかりの分譲地では、Googleマップやカーナビに住所(地番)を入力しても、ピンポイントで表示されないことが多々あります。
特に基礎工事や上棟の際、生コン車やクレーン車、建材の配送トラックが「現場にたどり着けない」という事態は、工程遅延に直結します。
参考)「住所地番」と「住居表示」とは|調べ方(確認方法)を徹底解説…
「仮換地」と住所の混乱
土地区画整理事業中のエリア(仮換地)で建築する場合、住所の扱いが非常に複雑になります。「使用収益開始通知」に記載された「仮換地街区番号」は、あくまで工事用の管理番号であり、最終的な住所ではありません。
施主がこの仮換地番号を住所だと思い込み、住民票を移そうとしてトラブルになるケースがあります。
「換地処分」が終わるまでは、従前の地番(底地番)を住所として使うのか、あるいは仮の住所が振られるのか、自治体によって対応が異なります。着工前に必ず役所の区画整理課に「工事中の住所表記はどうなるか?」「完成後の住所はどうなるか?」を確認し、施主に正確に伝えることが、無用なトラブルを防ぐ鍵となります。
住居表示の「枝番」付与の可能性
前述した「同一住居番号」問題(お隣さんと同じ住所になる問題)を避けるため、最近では新築時に申し出れば「枝番(〇番〇ー〇号)」を付与してくれる自治体が増えています(例:東京都港区や杉並区など)。
もし施主が「郵便物の誤配が心配だ」と気にされている場合、管轄の役所が枝番付与に対応しているか調査し、提案することで顧客満足度が大きく上がります。これは地番の分筆とは関係なく、住居表示上の手続きだけで完結するため、費用もかからず効果的な提案となります。
建築のプロとして、単に建てるだけでなく、その後の「生活の基盤」となる住所についても適切なサポートを行うことが、信頼獲得への近道です。
東京都港区:住居番号への枝番の付番について(同じ住所になる問題への解決策の実例)

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