

JIS規格の屈曲性試験を「とりあえず曲げてみてひび割れなければOK」と思っているなら、下地材の選定ミスで補修費が数十万円になるリスクがあります。
屈曲性試験とは、塗料を塗布した試験板を一定の心棒(マンドレル)に巻きつけるように曲げ、塗膜にひび割れや剥離が生じないかどうかを確認する試験です。
日本工業規格では「JIS K 5600-5-1(塗料一般試験方法—第5部:塗膜の機械的性質—第1節:耐屈曲性(円筒形心棒))」として規定されており、塗料メーカーが製品仕様書に記載する「屈曲性:φ2mmで異常なし」などの数値はすべてこの規格に基づいています。
規格の核心は「心棒径」です。試験で用いる心棒の直径は1mm・2mm・3mm・4mm・5mm・6mm・8mm・10mm・12mm・16mm・20mm・25mm・32mmの13段階が定められており、数値が小さいほど厳しい屈曲条件を意味します。
つまり「φ2mm合格」の方が「φ10mm合格」より優れた屈曲性を持つということです。
この規格は建築塗料のみならず、橋梁・車両・家電などあらゆる産業の塗料に適用されますが、建築現場で使われる外壁塗料・屋根塗料・防水塗料では「φ2mm」または「φ3mm」の合格が製品選定の目安となるケースが多く見られます。
| 心棒径(mm) | 屈曲の厳しさ | 主な用途例 |
|---|---|---|
| φ1~2mm | 最も厳しい | 金属屋根用塗料・防水塗膜 |
| φ3~5mm | 標準的 | 外壁塗料・下塗り材 |
| φ6~10mm | 比較的緩い | 内装・木部用塗料 |
| φ12mm以上 | 緩い | 一般建装向け補助材 |
規格が制定された背景には、建築物の熱膨張・振動・地震動による塗膜の追従性評価ニーズがあります。これが基本です。
現場で「塗料のカタログに屈曲性の記載がない」製品を見かけた場合は、メーカーに問い合わせて試験成績書を取り寄せることを強くおすすめします。
JIS K 5600シリーズの一覧(日本産業標準調査会・JISC公式サイト)— 屈曲性試験を含む塗料試験方法の規格原文・番号確認に使えます。
試験手順そのものは比較的シンプルですが、塗膜厚と試験温度という2つの変数を正しく管理しないと、同じ塗料でも「合格」と「不合格」が逆転することがあります。
規格で定められた基本手順は以下のとおりです。
ここで多くの現場担当者が見落としがちなのが「乾燥膜厚の管理」です。カタログに「φ2mm合格」と書いてあっても、それは規定された乾燥膜厚(例:25μm)での試験結果です。
現場では塗り重ねや下地の吸い込みによって膜厚が規定値を超えることがあり、膜厚が厚いほど屈曲性は低下します。これは意外ですね。
たとえば乾燥膜厚が規定の1.5倍(25μm→38μm)になると、φ2mmで合格していた塗料がφ4mm以下では割れが生じるケースも報告されています。
膜厚オーバーに注意すれば大丈夫です。
温度条件も同様に重要です。冬季に試験板が10℃以下になった状態で曲げると、23℃環境と比べて塗膜が硬くなり、本来合格水準の塗料でも割れが生じやすくなります。
現場での受け入れ検査の際は、試験直前に試験板を23±2℃の室内環境に1時間以上置いてから実施することが、JIS規格準拠の観点から求められます。
乾燥条件の確認も見落とせません。標準乾燥条件(23℃×7日間)と強制乾燥条件(60℃×1時間など)では試験結果が異なるため、施工仕様書で指定された乾燥方法に対応した成績書を確認することが必要です。
製品評価技術基盤機構(NITE)— 塗料を含む工業製品のJIS適合性評価制度・試験方法に関する解説が掲載されています。
合否判定は「目視で確認する」と規格には書いてありますが、目視だけでは見落としが多発します。これが現場トラブルの主な原因です。
JIS K 5600-5-1では、判定に使う観察器具として「裸眼または×10の拡大鏡(ルーペ)」が認められています。裸眼のみで判定すると、幅0.1mm以下のヘアークラックを見落とす可能性があります。
実際、φ2mm試験での合否ボーダーとなるクラックは、幅が0.05〜0.1mm程度の微細なものが多く、直射日光の下よりも斜め方向からの照明(斜光法)を当てた方が視認性が3〜5倍向上するという試験機関のデータがあります。
これは使えそうです。
クラックの見方にはいくつかパターンがあります。
判定を迷う「表面クラック(ヘアークラック)」については、発注仕様書に「ヘアークラック不可」の記載があるかどうかを事前に確認しておくことが重要です。
仕様書に「異常なし」とだけ記載されている場合、ヘアークラックの扱いがあいまいになりがちです。契約前に発注者・設計者と判定基準を文書で合意しておくと、後々のクレームリスクを大きく減らせます。
また、合否判定は曲げた直後に行うのが原則です。時間が経つとクラックが自己修復したように見える塗料(弾性系塗料)があり、数時間後に再観察すると割れが目立たなくなるケースがあります。
判定は曲げ後5分以内が原則です。
試験成績書を受け取る際は「判定時刻・照明条件・観察器具」の記録が含まれているかを確認してください。これらの記録がない成績書は、後日トラブルになった際に証拠能力が低くなるリスクがあります。
屈曲性試験の結果だけで塗料の品質を判断しようとすると、現場で想定外の不具合が起きることがあります。
屈曲性試験は「塗膜が曲げに耐えられるかどうか」を見るものですが、これはあくまで「塗膜単体の柔軟性」の評価にとどまります。
下地との密着力を評価する「付着性試験(JIS K 5600-5-6:クロスカット法)」、塗膜が引き伸ばされたときの伸び量と破断するまでの強さを評価する「伸び率試験(JIS K 6251)」とはそれぞれ別の性能を見ています。
| 試験名 | JIS番号 | 評価する性能 | 建築用途での重要場面 |
|---|---|---|---|
| 屈曲性試験 | K 5600-5-1 | 塗膜の柔軟性・折り曲げ耐性 | 金属屋根・折板・シャッター |
| 付着性試験 | K 5600-5-6 | 塗膜と下地の接着力 | 外壁・コンクリート下地 |
| 伸び率試験 | K 6251 | 塗膜の伸張性・破断強度 | 防水塗膜・弾性外壁塗料 |
| 耐衝撃性試験 | K 5600-5-3 | 瞬間的な衝撃への耐性 | 工場床・駐車場塗床 |
たとえば、屈曲性試験でφ2mm合格の塗料であっても、付着性が低ければ下地ごと剥離します。
逆に、弾性系の外壁塗料は伸び率が200〜300%以上と非常に高く、一見柔軟に見えますが、屈曲性試験では心棒への追従時に塗膜表面に微細なテンションクラックが入るケースがあります。弾性だから屈曲性試験も当然合格、という思い込みは危険です。
結論は「複数の試験を組み合わせて評価する」が正解です。
設計段階で仕様書を作成する際は、使用部位ごとに「屈曲性試験+付着性試験」あるいは「屈曲性試験+伸び率試験」のように組み合わせを指定することが、品質リスクの低減につながります。
塗料メーカーの技術サポートに対して「φ○mmの屈曲性と付着性試験の両方の成績書を提供してほしい」と依頼するのが、材料選定の実務における現実的な一手です。
日本塗料工業会(JPMA)— 塗料のJIS試験規格・品質基準に関する技術資料や規格解説が公開されています。
試験の知識を「現場でどう使うか」まで落とし込めているかどうかが、実務者としての差になる部分です。
材料選定のフェーズでは、まず施工部位の「曲率半径」と「基材の種類」を整理することが出発点になります。たとえば折板屋根の谷部や波板の曲がり部分は曲率半径が15〜30mm程度になることがあり、この場合はφ2〜3mmの屈曲性試験合格品を選ぶことで追従性のリスクを下げられます。
金属下地の場合、基材の線膨張係数も考慮する必要があります。鋼材の線膨張係数は約12×10⁻⁶/℃であり、10m長の鋼材が夏冬の温度差60℃にさらされると約7.2mm伸縮します。
7.2mmの伸縮、ということは塗膜もそれに追従しなければなりません。これが基本です。
施工仕様書への落とし込みでは、以下の3点を明文化しておくと後々のトラブルを防げます。
施工管理者の観点からは、メーカーから受け取った試験成績書の「試験日付」にも注意が必要です。
塗料は製造後の経時変化(貯蔵安定性の低下)により屈曲性が変化することがあります。製造から2年以上経過した成績書は、現在の製品性能と乖離している可能性があるため、必要に応じて最新の成績書を要求することが賢明です。
また、受け入れ検査として自社で簡易的な屈曲試験を行う場合は、「JIS K 5600-5-1に準じた方法で実施した」と記録簿に明記しておくことで、万一の施工不良時に免責の根拠資料として機能します。
記録を残すことが条件です。
現場で使えるツールとして、塗膜厚の管理には電磁式膜厚計(JASO T312や ISO 2808準拠品)が広く使われています。1台あたり2〜5万円程度で入手でき、乾燥膜厚を非破壊で測定できるため、屈曲性試験結果の再現性確認にそのまま活用できます。
屈曲性試験の知識を体系的に理解するためには、日本規格協会が発行する「JIS K 5600」の原文購入(1規格あたり2,000〜4,000円程度)、または国立国会図書館・公共図書館の閲覧サービスを利用するのが確実です。
日本規格協会(JSA)— JIS規格の原文購入・閲覧ができる公式サイト。JIS K 5600の取り寄せはこちらから可能です。