
生分解性プラスチックとは、自然界に存在する微生物の働きによって、最終的に水(H2O)と二酸化炭素(CO2)に分解される性質を持つプラスチック素材です。日本バイオプラスチック協会(JBPA)の定義によると、単にバラバラになるだけでなく、分子レベルまで分解され、自然界へと循環していく性質を有するものとされています。
この素材の最大の特徴は、従来のプラスチックと異なり、環境中に排出されても永久に残らないという点です。通常のプラスチックが数百年にわたって分解されずに残るのに対し、生分解性プラスチックは適切な条件下で比較的短期間で分解されます。
環境面でのメリットとしては以下の点が挙げられます。
建設業界においては、これらの環境メリットが特に重要視されています。建設廃棄物の削減は業界全体の課題であり、生分解性プラスチックの活用はその解決策の一つとなり得るのです。
建設業界では、様々な場面で生分解性プラスチックを活用した資材が開発・導入されています。主な建設資材としては以下のようなものがあります。
生分解性プラスチックを用いた「ラクトボード工法」は、軟弱地盤の圧密沈下を促進するバーチカルドレーン工法に使用されます。従来のプラスチックボードドレーンと異なり、工事完了後に土中で分解されるため、将来的な環境負荷を軽減できます。芯材・フィルターともにポリ乳酸樹脂(PLA)を主成分としており、土中の微生物により完全に生分解されます。
大成建設が開発した「ビオハード®法枠材」は、卵白を主材料とした生分解性固化材を用いた法面保護材です。法面に合わせて自由に成形でき、軽量で運搬が容易なため作業効率に優れています。さらに、植生が根付く2〜3ヶ月後から分解を開始し、1年後以降には分解した法枠材の上から植生が生育するため、景観の阻害も解消されます。
NATM工法でのトンネル掘削において、切羽(掘削面)の安定を図るために使用される鏡ボルト工にも生分解性プラスチックが活用されています。従来の鋼製ボルトと異なり、掘削後に残置されても環境負荷が少なく、機械での掘削性も良好です。
建設業と農業の境界領域ですが、生分解性プラスチック製のマルチフィルムは、使用後に土中に鋤き込むことで回収作業が不要となり、廃棄物発生を抑制できます。この技術は造園・緑化工事にも応用されています。
最近では、VASUジャパン株式会社が生分解性不織布の開発を発表しています。この不織布はPLA(ポリ乳酸)を主原料としており、コンポストなどでの生分解による処分が可能です。土木工事や造園工事での活用が期待されています。
これらの資材は、使用中は従来のプラスチック製品と同等の機能を発揮しながら、使用後は環境負荷を大幅に軽減できるという大きなメリットを持っています。
生分解性プラスチックを建設現場に導入することで、環境面だけでなく施工面でも様々なメリットが得られます。具体的には以下のような利点があります。
1. 廃棄物処理コストの削減
従来のプラスチック資材は使用後に回収・処分する必要がありますが、生分解性プラスチックは適切な条件下で自然に分解されるため、廃棄物処理コストを削減できます。特に、アクセスが困難な場所や広範囲に使用する資材では、回収作業の省略が大きなコスト削減につながります。
2. 作業効率の向上
生分解性プラスチック製の資材は、回収作業が不要になるケースが多いため、工期短縮や労働力の効率的な配分が可能になります。例えば、農業用マルチフィルムのように、使用後に回収せずに土中に鋤き込むことができれば、回収作業のための人員や時間を別の作業に振り向けることができます。
3. 安全性の向上
生分解性プラスチックは燃焼時の熱量が低く、有害物質の発生も少ないため、万が一の火災時にも安全性が高いとされています。また、重金属などの含有物や分解過程での安全性についても基準が設けられており、作業者や周辺環境への影響が最小限に抑えられています。
4. 発注者・地域住民からの評価向上
環境に配慮した建設資材を積極的に採用することで、発注者や地域住民からの評価が向上し、企業イメージの向上につながります。特に公共工事や環境配慮が求められるプロジェクトでは、生分解性プラスチックの採用が加点要素となる場合もあります。
5. 将来的なコスト競争力
現状では従来のプラスチックと比較して高価格である点がデメリットですが、生産量の増加や技術革新により、将来的にはコストが低下することが期待されています。先行して導入ノウハウを蓄積しておくことで、将来的なコスト競争力を獲得できる可能性があります。
実際の施工現場では、これらのメリットを総合的に評価し、適材適所で生分解性プラスチック製品を導入することが重要です。特に、回収が困難な場所や長期的な環境影響が懸念される用途では、導入効果が高いと言えるでしょう。
生分解性プラスチックは多くのメリットがある一方で、建設現場への導入にはいくつかの課題も存在します。これらの課題と対策を理解することで、より効果的な活用が可能になります。
【課題1】耐熱性・強度の問題
生分解性プラスチックは、その分解性という特性ゆえに、一般的に耐熱性や強度が従来のプラスチックより劣る傾向があります。建設資材として使用する場合、荷重がかかる構造部材や高温環境下での使用には不向きな場合があります。
対策:
【課題2】コスト高
現状では、生分解性プラスチックは従来のプラスチックと比較して数倍のコストがかかることが一般的です。このコスト差が導入の大きな障壁となっています。
対策:
【課題3】分解速度のコントロール
生分解性プラスチックの分解速度は環境条件によって大きく異なります。建設資材として使用する場合、必要な期間は十分な強度を保ちつつ、役目を終えたら適切に分解されることが求められます。
対策:
【課題4】適切な分別・処理システムの不足
生分解性プラスチックの特性を最大限に活かすためには、適切な分別と処理が必要ですが、現状では回収・処理システムが十分に整備されていません。
対策:
【課題5】認知度・理解度の不足
生分解性プラスチックの特性や適切な使用方法について、現場作業員や関係者の理解が不足している場合があります。
対策:
これらの課題に対して適切に対策を講じることで、生分解性プラスチックの建設現場への導入をスムーズに進めることができます。特に重要なのは、「すべてを置き換える」という発想ではなく、メリットを最大化できる用途から段階的に導入していくアプローチです。
生分解性プラスチックは技術革新と社会的要請の高まりにより、今後ますます建設業界での活用が広がると予想されます。その未来像と展望について考察してみましょう。
技術革新による性能向上
現在、生分解性プラスチックの弱点とされる耐熱性や強度の問題は、材料科学の進歩により徐々に改善されています。例えば、ポリ乳酸(PLA)の改良版では電子レンジ対応の商品も開発されるなど、性能向上が進んでいます。また、複合材料化や添加剤の開発により、建設資材として必要な耐久性と生分解性を両立させる技術も発展しています。
将来的には、建設現場の厳しい環境下でも十分な性能を発揮しつつ、役目を終えたら適切に分解される「スマート生分解性材料」の開発が進むでしょう。
コスト競争力の向上
生産規模の拡大と製造技術の向上により、生分解性プラスチックの製造コストは徐々に低下していくと予想されます。また、カーボンプライシングの導入や廃棄物処理コストの上昇により、従来のプラスチックとのコスト差は縮小していく可能性があります。
NEDOが推進する「海洋生分解性プラスチックの社会実装に向けた技術開発事業」など、国を挙げての研究開発支援も行われており、2024年頃には実用化・社会実装が加速すると見込まれています。
法規制と社会的要請の変化
プラスチック資源循環法の施行など、プラスチック使用に関する法規制は年々厳しくなっています。建設業界においても、環境負荷低減の要請は高まっており、公共工事の発注条件に環境配慮が組み込まれるケースが増えています。
このような社会的背景から、生分解性プラスチックの導入は単なる環境対策ではなく、ビジネス戦略としても重要性を増していくでしょう。
建設業界での新たな応用分野
今後、生分解性プラスチックの建設業界での応用は更に広がると予想されます。例えば。
特に注目すべきは、生分解性プラスチックと他の環境技術(例:バイオ技術、IoT、3Dプリンティング)との融合です。例えば、センサーを内蔵し分解タイミングを制御できる「スマート生分解性資材」や、現場で3Dプリントして使用後は分解される「オンデマンド生分解性構造体」などの開発が期待されます。
建設業界の変革を促す可能性
生分解性プラスチックの普及は、単に材料の置き換えにとどまらず、建設業界のビジネスモデルや施工方法にも変革をもたらす可能性があります。「使い捨て」ではなく「自然に還る」という発想の転換は、建設廃棄物の概念を根本から変える可能性を秘めています。
また、生分解性プラスチックの特性を活かした新工法の開発や、環境負荷を考慮した設計手法の確立など、技術革新の起点となることも期待されます。
建設業界は伝統的に新技術の導入に慎重な面がありますが、環境問題への対応が避けられない今日、生分解性プラスチックの積極的な活用は、業界の持続可能性を高める重要な戦略となるでしょう。先進的な取り組みを行う企業が、将来の市場で優位性を確立することになると考えられます。