

炭化水素とは、炭素(C)と水素(H)のみで構成される有機化合物の総称です。化学の基礎として重要なだけでなく、エネルギー産業や化学工業の根幹を支える物質群として、不動産や建築業界でも断熱材の発泡剤など様々な用途で活用されています。炭化水素は構造によって大きく「鎖式炭化水素」と「環式炭化水素」に分類され、さらに結合の種類によって「飽和炭化水素」と「不飽和炭化水素」に区分されます。
参考)https://kimika.net/y1yukibunrui.html
鎖式炭化水素は炭素原子が鎖状に結合した構造を持ち、脂肪族炭化水素とも呼ばれます。一方、環式炭化水素は炭素原子が環状につながった構造を持ち、ベンゼン環を含む芳香族炭化水素と、それ以外の脂環式炭化水素に分けられます。この分類は化学的性質だけでなく、用途や安全性の観点からも重要な意味を持ちます。
参考)https://note.com/norikoroom/n/nffbc8e348ffa
飽和・不飽和の区別は、炭素原子間の結合様式によって決まります。すべて単結合で構成される場合を飽和炭化水素、二重結合や三重結合を含む場合を不飽和炭化水素と呼びます。この違いは化学的反応性に大きく影響し、建材としての適性や安全性評価にも関わってきます。
参考)https://www.wdb.com/kenq/dictionary/hydrocarbon
鎖式飽和炭化水素であるアルカンは、一般式CnH2n+2で表され、最も単純な炭化水素群です。代表的なものとして、炭素数1のメタン(CH4)、炭素数2のエタン(C2H6)、炭素数3のプロパン(C3H8)、炭素数4のブタン(C4H10)があり、以降はペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカンと続きます。これらは石油や天然ガスの主成分であり、一般家庭用のLPガス(プロパンガス)もこのグループに属します。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%82%AD%E5%8C%96%E6%B0%B4%E7%B4%A0
不飽和炭化水素のうち、二重結合を1つ持つものがアルケン(一般式CnH2n)、三重結合を1つ持つものがアルキン(一般式CnH2n-2)です。アルケンにはエテン(エチレン)、プロペン(プロピレン)、ブテン(ブチレン)などがあり、アルキンの代表例はエチン(アセチレン)です。これらは化学工業の原料として極めて重要で、プラスチックや合成繊維の製造に不可欠な物質となっています。
参考)http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/alkane.htm
環式炭化水素には、シクロプロパン、シクロブタン、シクロペンタンなどのシクロアルカン類があります。また、ベンゼン環を持つ芳香族炭化水素としては、ベンゼン(C6H6)、トルエン(C6H5CH3)、キシレン、ナフタレン(C10H8)、アントラセンなどが知られています。芳香族炭化水素は独特の香りを持つものが多く、溶剤や化学合成の原料として広く利用されていますが、人体への有害性も指摘されています。
参考)https://www.c-able.ne.jp/~ja4auw/chemistry/10organic/10chain/10-2CH4/10-2CH4.htm
建築・不動産業界において、炭化水素は主に断熱材の発泡剤として重要な役割を果たしています。硬質ウレタンフォームや押出発泡ポリスチレンフォームなどの断熱材には、フロン類に代わる環境配慮型の発泡剤として、ブタンやペンタンなどの炭化水素系物質が使用されています。これらの断熱材は住宅、オフィスビル、冷蔵倉庫など幅広い建築物の断熱性能向上に貢献しており、省エネルギーと快適な居住環境の実現に不可欠です。
参考)https://www.env.go.jp/council/content/i_05/900425413.pdf
炭化水素系発泡剤の利点は、オゾン層破壊係数がゼロで地球温暖化係数も低いという環境性能の高さにあります。2004年にHCFC-141bの製造が全廃されて以降、建材用断熱材業界では炭化水素や炭酸ガスへの転換が進んでおり、特に押出発泡ポリスチレンフォームは2005年以降100%ノンフロン化を達成しています。この技術革新により、建築物のライフサイクル全体での環境負荷低減が実現されています。
参考)https://www.nikkakyo.org/sites/default/files/2023-02/%E6%97%A5%E5%8C%96%E5%8D%94%E7%92%B0%E5%A2%83%E6%8A%80%E8%A1%93%E8%B3%9EHP%E6%8E%B2%E8%BC%89%E8%B3%87%E6%96%99%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E5%BE%8C%EF%BC%88%E6%97%AD%E5%8C%96%E6%88%90%E5%BB%BA%E6%9D%90%EF%BC%8920201222.pdf
不動産業界全体では、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みが加速しており、建築物のGHG(温室効果ガス)排出削減が重要課題となっています。炭化水素を活用した高性能断熱材の普及は、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)やZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)の実現を技術面から支える重要な要素です。また、既存住宅のリフォームにおいても、炭化水素系断熱材による省エネ改修が脱炭素化の鍵となっています。
参考)https://www.projectdesign.co.jp/2050-carbon-neutral/blog/case_real-estate-industry/
炭化水素の化学的性質は、その構造によって大きく異なります。飽和炭化水素であるアルカンは化学的に安定で反応性が低く、主に置換反応を起こします。一方、不飽和炭化水素のアルケンやアルキンは、二重結合や三重結合を持つため反応性が高く、付加反応や重合反応など多様な化学反応を起こします。この反応性の違いは、化学工業における原料選択や、建材の安全性評価において重要な判断材料となります。
参考)https://www.try-it.jp/chapters-9788/sections-9789/lessons-9794/
芳香族炭化水素は、脂肪族炭化水素とは異なる特徴的な性質を持っています。ベンゼン環の構造は共鳴により安定化されており、求核置換反応を受けず、親電子置換反応を起こしやすい性質があります。また、炭素-水素比が低いため、燃焼すると多量の煤(すす)を発生させる特徴があります。建築材料として使用する際には、この燃焼特性を考慮した防火対策が必要です。
参考)https://ja.wikibooks.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A0%A1%E5%8C%96%E5%AD%A6_%E8%8A%B3%E9%A6%99%E6%97%8F%E5%8C%96%E5%90%88%E7%89%A9
不飽和度という概念は、炭化水素の構造を理解する上で有用です。不飽和度は、二重結合や環構造の数を定量的に表す指標で、分子式から計算できます。不飽和度が0であればすべて単結合で環なし、不飽和度が1であれば二重結合1つまたは環1つ、不飽和度が2であれば三重結合1つまたは二重結合と環のうちどれか2つを持つことを示します。この指標は、未知の炭化水素の構造推定や品質管理に活用されています。
参考)https://examist.jp/chemistry/aliphatic/tankasuiso/
近年、炭化水素は従来の化石燃料由来から、CO2を原料とする合成炭化水素への転換が注目されています。合成燃料(e-fuel)は、二酸化炭素と水素を原材料として製造される石油代替燃料で、複数の炭化水素化合物の集合体として"人工的な原油"とも呼ばれています。この技術は、エンジン車でも脱炭素を実現する可能性を秘めており、既存のインフラや機器をそのまま活用できる点で大きなメリットがあります。
参考)https://www.jogmec.go.jp/publish/plus_vol06.html
不動産業界においても、炭化水素に関連する環境技術の進化が進んでいます。三井不動産が2022年に策定・公表した「建設時GHG排出量算出マニュアル」では、工種や資材別に排出量の見える化を可能にし、サプライチェーン全体での脱炭素化を推進しています。このような取り組みにより、炭化水素系建材の環境性能評価が精緻化され、より持続可能な建築物の実現が加速しています。
バイオテクノロジーの分野では、微生物による炭化水素の生産技術も発展しています。CO2を原料として、遺伝子組換え微生物を用いてアルカン類を合成する研究が進められており、将来的には石油に依存しない炭化水素供給体制の構築も視野に入ってきました。建築業界においても、このような革新的な炭化水素製造技術の成果を取り入れることで、サステナブルな建材開発が期待されています。また、炭化水素の環境負荷を最小限に抑えつつ、その優れた物性を活かした製品開発が、不動産業界の競争力強化にもつながるでしょう。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6102805/
建材用断熱材フロン類の排出抑制方策(環境省)- 炭化水素系発泡剤への転換に関する詳細な技術資料
不動産業界におけるカーボンニュートラル実現の課題と取り組み - ZEH/ZEBなど省エネ対策の具体例を紹介