

建築現場で働いていると、図面はミリメートル(mm)なのに、材料は「ツーバイフォー(2x4)」や「インチねじ」だったり、ベニヤ板が「シハチ(4x8)」だったりと、単位の混在に悩まされることはありませんか?
日本は法律上「メートル法」が基準ですが、建築業界、特にアメリカ由来の輸入建材を扱う現場では、今なおヤードポンド法が色濃く残っています。
参考)なぜアメリカはいまだにメートル法を採用していないのか?
「なぜこんなややこしい単位を使い続けるんだ!」と叫びたくなる瞬間もあるでしょう。しかし、この単位系がしぶとく生き残っているのには、単なる「慣習」だけでは片付けられない、現場作業における合理的な理由や、変えるに変えられない大人の事情が絡み合っているのです。
この記事では、ヤードポンド法が建築現場で重宝される意外なメリットや、アメリカが頑なにメートル法を拒む背景、そして日本の尺貫法との不思議な共通点について、徹底的に深掘りしていきます。これを読めば、明日の現場で「インチ」を見る目が少し変わるかもしれません。
ヤードポンド法が建築現場、特に大工仕事やDIYの領域で支持され続ける最大の理由は、その起源が**「人間の体」**にあるからです。これを「身体尺(しんたいしゃく)」と呼びます。
参考)アメリカで使われているヤードポンド法について|ていちょう
メートル法(メートル)は「地球の北極から赤道までの距離の1000万分の1」という、人間には到底イメージできない壮大な基準で作られています。対して、ヤードポンド法は、現場の職人が自分の体を使って測れるサイズ感がベースになっています。
建築現場では、常にコンベックス(メジャー)が手元にあるとは限りません。足場の上や、高所作業中に「だいたいどのくらいか」を判断する際、自分の体が定規になるヤードポンド法は、職人にとって非常に直感的なツールとして機能します。
参考)身体尺
「人間が住む家」を作る建築という仕事において、人間サイズを基準にした単位が使いやすいのは、ある意味で必然と言えるでしょう。これは日本の「尺貫法」も同様で、「一間(いっけん)」が人が大の字に寝転がれる広さであるように、身体尺は肌感覚として「ちょうどいい」のです。
「なぜ1フィートは10インチではなく12インチなのか?」
この疑問は、多くの人が抱くものですが、実はここに建築現場における最大のメリットが隠されています。それは、「12進法」の割り算のしやすさです。
参考)ヤードポンド法は滅ぼすしと考える次第|みし
建築の現場では、材料を「半分にする」「3等分にする」「4等分にする」という作業が頻繁に発生します。ここで、10進法のメートル法と、12進法のヤードポンド法(フィート・インチ)を比べてみましょう。
1メートル(100cm)を等分する場合:
1フィート(12インチ)を等分する場合:
見ての通り、「12」という数字は、2, 3, 4, 6という多くの約数を持っています。
現場で「この板を3等分して棚を作ろう」と思ったとき、メートル法だと「333ミリと...あとちょっと」という半端な計算が必要になりますが、インチなら「4インチずつ」と、整数でスパッと決まります。
この「現場での暗算のしやすさ」「加工時の寸法の出しやすさ」こそが、大工仕事やツーバイフォー工法が発展したアメリカの建設現場で、ヤードポンド法が愛され続ける強力な理由の一つです。「10」よりも「12」の方が、モノづくりにおいては圧倒的に扱いやすい数字なのです。
日本の木造建築でもすっかり定着した「ツーバイフォー(2x4)工法」。しかし、建築従事者なら一度は「2x4材の寸法がおかしい」と思ったことがあるはずです。
名称は「2インチ x 4インチ」ですが、実際の寸法(実寸)を測ると、厚さ38mm x 幅89mmしかありません。
参考)ツーバイフォーのインチサイズが実寸と違うのはなぜ?規格寸法を…
計算上、1インチ=25.4mmなので、本来なら「50.8mm x 101.6mm」あるはずです。なぜ、10mm以上も小さくなっているのでしょうか?
参考リンク:なぜ「2インチ材」は38㎜?2×4材の秘密|木材の乾燥と加工プロセスについて
この「消えた寸法」の正体は、木材の**「乾燥収縮」と「プレナー加工(表面仕上げ)」**です。
この工程を経ることで、最終的に「1.5インチ x 3.5インチ(38mm x 89mm)」というサイズに落ち着くのです。
参考)https://nor-t-h.com/smarts/index/261/
アメリカでは、この最終仕上がり寸法が規格化されており、これを「Nominal Size(呼び寸法)」と「Actual Size(実寸法)」として明確に区別しています。
日本の現場で「ツーバイ材は名前通りのサイズではない」と知っておくことは非常に重要です。設計図を書く際や、既存の枠に木材をはめ込む際に、この「12mm前後の誤差」を知らないと、大きな施工ミスに繋がります。「2x4は38の89(サンパチのハチク)」と呪文のように覚えておくのが、現場での鉄則です。
世界中がメートル法(国際単位系:SI)を採用している中で、なぜ超大国アメリカだけが頑なにヤードポンド法を使い続けるのでしょうか?
「アメリカ人のプライドが高いから」という精神論も一部にはありますが、最大の障壁はもっと現実的な**「コスト」の問題**です。
参考)ヤード・ポンド法(ヤーポン)はなぜアメリカで生き残るのか?歴…
もしアメリカが明日から完全にメートル法へ移行すると宣言したら、何が起きるでしょうか。
かつてNASAが、火星探査機「マーズ・クライメイト・オービター」を運用する際、製作したロッキード・マーティン社が「ヤードポンド法」でデータを送り、NASA側が「メートル法」だと勘違いして計算した結果、探査機が火星の大気圏で燃え尽きるという600億円規模の失敗をしたことがあります。
このような巨額の失敗があってもなお、国全体をひっくり返すコストの方が高いと判断されているのが現状です。
建築現場において、アメリカ製の電動工具や輸入建材(合板やドライウォール)を使う限り、日本人もこの「アメリカの事情」に付き合わざるを得ません。グローバル化が進む現代だからこそ、逆説的にローカルな単位系が世界中に輸出されてしまっているのです。
最後に、日本人である私たちに馴染み深い「尺貫法(しゃっかんほう)」と、ヤードポンド法の不思議な関係について触れておきましょう。これは検索上位の記事でもあまり触れられていない、建築職人ならではの独自視点です。
実は、日本の**「1尺(約30.3cm)」と、アメリカの「1フィート(30.48cm)」**は、驚くほど長さが近いのです。
その差はわずか2mm弱。
これは偶然の一致ですが、現場レベルでは非常に面白い現象を引き起こします。
例えば、日本の建築現場で標準的に使われるベニヤ板や石膏ボードのサイズは「サブロク(3尺 x 6尺)」で、910mm x 1820mmです。
一方、ツーバイフォー工法などで使われる輸入合板は「シハチ(4フィート x 8フィート)」と呼ばれることがありますが、厳密には1220mm x 2440mmです。
しかし、これとは別に「4尺 x 8尺(約1212mm x 2424mm)」という規格も存在します。
現場で「シハチ持ってきて!」と言われたとき、それが**「4フィート(輸入規格)」なのか「4尺(尺貫法規格)」**なのかで、数ミリ~数センチの誤差が生じ、納まりがつかなくなるトラブルが稀に起こります。
1尺 ≒ 1フィートという近似値は、大まかなサイズ感を共有するには便利ですが、精密な施工が求められる場面では「罠」にもなります。「だいたい同じ」だからこそ、どちらの基準で作られた材料なのかを明確に確認する必要があります。
また、1間(6尺=約1820mm)は、6フィート(約1828mm)とほぼ同じです。つまり、日本人の感覚で作られた「一間の間口」は、アメリカ人の感覚の「6フィートのスペース」と、生活空間としてのスケール感が非常に似通っているのです。
洋の東西を問わず、人間が「使いやすい」と感じる広さや長さには、普遍的な共通点があるのかもしれません。この「身体尺の普遍性」こそが、最新のレーザー測定器が登場した現代でも、ヤードポンド法や尺貫法が現場から消え去らない、最も人間臭くて面白い理由なのです。