
電力流通とは、需要家に適切な電力を供給するため、システムの構築とその運用を行うことを指します。発電所でつくられた電気を、送電線、変電所、配電線などを通して、工場や家庭など消費地まで届ける一連の流れ全体を含んでいます。電力需要は社会の状況によって刻々と変化するため、これに対応した長期的視野での設備整備と運用が不可欠です。
参考)電力流通とは - わかりやすく解説 Weblio辞書
電力ネットワークは人間の血液が大動脈から毛細血管を伝わるように、日本全国に血管のように張り巡らされています。発電所から需要地までの距離は長く、そのまま送ると電力ロスが大きくなるため、発電所では数千ボルトから2万ボルトで発電した電気を、まず27.5万ボルトから50万ボルトの超高電圧に昇圧して送り出します。
参考)電力ネットワークとは
建築業に従事する方にとって、電力流通の仕組みを理解することは、電気設備工事の計画や施工において重要な基礎知識となります。特に、大型建築物や工場の電気引き込み工事では、どの電圧系統から受電するかを判断する必要があるため、電力流通設備の全体像を把握しておくことが求められます。
参考)電気設備|きんでん - 総合設備エンジニアリング
送電設備は、発電所でつくられた大電力を効率よく運ぶための基幹系統を構成します。山間の大きな鉄塔に支えられた送電線は、関西だけでなく北海道から九州まで日本中とつながっており、電力会社のエリアを越えた電気の融通も可能です。この基幹送電線は電力ネットワークの大動脈であり、発電所の電気を効率よく日本全体に運んでいます。
参考)電力系統の計画
変電所は、電圧を変換する変圧器の他に、事故時に系統から遮断するための遮断器や断路器、雷の影響を避けるための避雷器、計器用の変成器などで構成されています。送電経路の例として、超高圧変電所では50万ボルトから15.4万ボルトへ、1次変電所では15.4万ボルトから6.6万ボルトへ、中間変電所では6.6万ボルトから2.2万ボルトへと段階的に電圧を下げていきます。
参考)https://www.tepco.co.jp/pg/consignment/retailservice/pdf/04_ryuutsuusetsubi.pdf
配電用変電所では2.2万ボルトから6600ボルトへ変電され、一部は会社、学校、ホテル、小規模工場などへ供給され、残りは柱上変圧器へと送り出されます。最終的に柱上変圧器で100ボルト、200ボルトへ変電され、家庭や小規模事業所などへ供給される仕組みです。建築現場では、この配電系統から電力を引き込むことが一般的で、電柱や高圧配電線から宅内のメーターまでの配電設備工事を行います。
参考)変電所 - Wikipedia
興味深いことに、電気は常に高い電圧側から低い電圧側に流れるわけではありません。発電所の接続場所によって、需要より発電が多い場合には下から上に流れ、他の需要地域に電気を送っているのです。送電線や変圧器などの送変電設備に流すことのできる電気の限度は主に容量(kW)で管理されており、容量を上回る場合には設備の増強工事や出力制御で対応します。
電気は大量に蓄えることができない性質のため、高品質な電力供給を維持するには、常に電気の需給バランスを保たなければなりません。このため、24時間365日休むことなく電力系統を監視制御する電力系統監視制御システムが必要となります。変化する電気の消費に対して電圧や潮流を適正に制御でき、送電線や変圧器などの点検・修繕ができること、事故発生時に対応できることを考慮した運用計画を立案し、遠方から制御します。
電力系統保護制御システムは、落雷や暴風雨などが要因となり発生した系統事故の区間を迅速・的確に検出し、電源設備などの損傷を軽減するとともに電力系統の安全運用を支援します。落雷から遮断までにかかる時間はわずか0.2秒ほどで、遮断器はコンピューターによって制御されており、突然の落雷や地絡事故に迅速に対応します。
送配電会社は、発電所で発電された電気を送電線を通じて消費地近くの変電所に送り、さらに変電所から配電線を通じて工場や家庭へと届けています。電力流通部門は、電力系統を構成する送電線、変電所、通信線などの電力設備の整備・保守業務と電力系統の運用業務を担当しており、刻々と変化する電力需要と需給のバランスを調整する重要な役割を果たしています。
参考)電力流通部門|ホクデン新卒採用サイト
商品としての電気エネルギーは、商品量とその必要消費量が瞬時的(秒単位あるいはそれより短い)に等しいことが求められており、これを「同時同量」と呼びます。この厳しい要求を満たすため、電力流通システムは高度な制御技術と運用ノウハウによって支えられているのです。
参考)電気事業の基本的な考え方
電力流通設備の保守点検は、電気を安定して届けるために極めて重要な業務です。電気事業者の主要な保全業務は巡視・点検であり、設備状態の確実な把握、性能維持のための対策により、事故などの不具合の未然防止に努めています。近年では、画像処理技術やドローンの活用、最新の劣化診断技術、情報通信技術(ICT)の導入に取り組んでおり、業務の効率化と高度化を目指しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal/136/5/136_285/_pdf
電気保安点検には、月次点検、年次点検、臨時点検、事故対応の4種類があります。月次点検では原則として毎月1回、使用中の電気工作物を運転中の状態で点検し、配線の状態や保安装置を目視でチェックします。年次点検では停電を伴う詳細な点検を実施し、特定の条件を満たすことで3年に1回に減らすことができます。
参考)電気設備の安全点検「電気保安点検」とは?具体的な内容から、事…
発電所や電力流通設備は建設に多額の投資が必要であり、地元の反対運動などで長い期間を要することが多いため、電力設備整備計画には認可制度や補助金などで国の関与も大きくなっています。予備力を確保した上で予想された電力需要をまかなうのに必要な電力系統を構築しなければ、産業活動・市民生活に重大な支障をきたすからです。
参考)電力流通 - Wikipedia
送電設備の保守点検業務では、従来と比較すると停電が不要となるドローン技術の導入が進んでおり、鉄塔上での作業を代替できるとともに、より少ない人数で点検が可能となるため、作業の安全性向上や効率化が実現しています。建築業においても、電気設備工事後の長期的な保守計画を考慮した設計が求められており、点検しやすい設備配置や、将来の増設・更新を見据えた余裕のある施工が重要です。
参考)https://jpn.nec.com/press/201910/20191028_01.html
2012年7月のFIT制度(固定価格買取制度)開始により、再生可能エネルギーの導入は大幅に増加しており、2011年度10.4%から2022年度は21.7%に拡大しています。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、脱炭素化の要請がより一層強まる中、再生可能エネルギーの大量導入と電力のレジリエンス強化が課題となっています。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/062_01_00.pdf
再生可能エネルギー適地と需要地を結び、国民負担を抑制しつつ再生可能エネルギーの導入を図るため、全国大での送電ネットワークの増強が進められています。地域間連系線の整備は、東北東京間、東京中部間の周波数変換設備、中部関西間、関西中国間など、過去10年間で段階的に容量が増強されており、2027年度中にはさらなる増強が予定されています。
50年後には化石燃料が枯渇するといわれており、政府も脱炭素化の対策に注力していることから、再生可能エネルギー業界は今後の成長が見込める領域です。総発電量の約4分の3を占める火力発電ができなくなるとすれば、代わりとなる発電方法への需要が高まる可能性は高いでしょう。
参考)再生可能エネルギー業界・企業の今後を予測!注目される理由を解…
電力流通分野では、電力系統の安定運用や業務の効率化とともに、高経年設備の最適な更新や設備形成の合理化などが求められています。フィジカル(現実)空間における電力流通設備とその運用状態をサイバー空間でモデル化したデジタルツインを構築し、系統設備の設計・製造情報及びフィールドにおける運用データを使って電力系統の設備形成とその運用を変革するデジタルサービスが開発されています。
参考)https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/techReviewAssets/tech/review/2020/03/75_03pdf/a05.pdf
建築業においても、太陽光発電設備の設置が一般化しており、卒FIT後の蓄電池との組み合わせによる自家消費システムや、P2P電力取引など、新しい電力流通の形が始まっています。建設現場では電気ヒーターで暖を取る、電動工具で作業を効率化する、重機で人力では不可能な作業を行う、夜の暗闇を現場用ライトで照らすなど、様々な場面で電気が活躍しています。
参考)https://www.ohmsha.co.jp/book/9784274223754/
電力流通の変革期において、建築業従事者は従来の送配電システムの知識だけでなく、再生可能エネルギーの接続、蓄電システムの導入、スマートグリッドへの対応など、新しい技術動向を把握しておくことが重要になっています。電気設備工事の計画段階から、将来の電力需要の変化や再生可能エネルギーの活用可能性を考慮した設計を行うことで、持続可能で柔軟性の高い電力インフラを構築できるでしょう。
参考リンク。
電力ネットワークの基本的な仕組みと送変電設備について詳しく解説されています
JEMA 一般社団法人日本電機工業会 - 電力ネットワークとは
電力流通設備の保守点検での画像処理の活用など、最新の保守技術について解説されています
電気学会誌 - 電力流通設備の保守点検での画像処理の活用
再生可能エネルギーの導入拡大と地域間連系線整備の必要性について詳細な資料があります
経済産業省 - 今後の再生可能エネルギー政策について