
毒物及び劇物指定令は、昭和40年政令第2号として制定され、毒物及び劇物取締法別表以外の毒物・劇物・特定毒物を指定する政令です。2019年1月時点で毒物104品目、劇物311品目、特定毒物10品目が指定されており、毎年平均1回程度、指定品目の追加や削除などの改正が行われています。
特定毒物には、オクタメチルピロホスホルアミド、四アルキル鉛、モノフルオール酢酸塩類などが含まれ、最も毒性が強い物質として厳重な管理が求められます。毒物にはヒ素、フッ化水素、シアン化水素、水銀などが指定され、劇物には建築現場でも使用される可能性のあるトルエン、キシレン、メタノール、酢酸エチル、MEK(メチルエチルケトン)などの有機溶剤が含まれています。
毒物及び劇物指定令の全文(e-Gov法令検索)
政令の最新条文と改正履歴を確認できる政府公式サイトです。
毒物劇物指定令では、同じ成分でも「原体」と「製剤」で法令上の指定が分かれている点に注意が必要です。原体とは原則として化学的純品(100%の物質)を指しますが、製造過程で生じる通常範囲内の不純物を含むもの、着色・着香の目的で他の物質を混入したもの、粉砕・造粒などの物理的加工のみを行ったものも原体とみなされます。
一方、製剤とは毒物・劇物を希釈や混合などの加工を施したものをいいます。法及び指定令における区別は、物質名のみ記載されているものが「原体」、「○○を含有する製剤」と記載されているものが「製剤」となります。例えば、キシレンと記載されている場合は化学的純品のみが対象ですが、キシレン50%含有の製品は原体としての規制対象外となる場合があります。
濃度を定めて指定する品目も存在するため、建築現場で使用する化学製品については、SDS(安全データシート)の15項「適用法令」欄で毒劇法の指定物質であるか必ず確認する必要があります。
建築現場では様々な毒物劇物指定令該当物質が使用されています。集合住宅の室内改装工事で使用される接着剤には、溶剤としてn-ヘキサンが65~75%含まれるものがあり、換気不足の状態で火気を使用すると爆発事故につながる危険性があります。
塗装作業で使用される塗料や溶剤には、トルエン、キシレン、メタノールなどの劇物が含まれることが多く、防水工事で使用される防水材にも有機溶剤が含まれます。また、コンクリートの床や壁の施工に関連して、硝酸、硫酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの劇物が使用される場合があります。
害虫駆除業や白蟻防除業では、ヒ素化合物やシアン化ナトリウムを扱う場合があり、毒物劇物業務上取扱者としての届出が必要です。建築廃棄物の処理においても、毒物劇物取扱責任者を設置している業者に委託する必要があるケースが存在します。
建設現場における化学物質管理について(東京労働局PDF)
建設現場での化学物質リスクアセスメント実施方法が詳しく解説されています。
毒物劇物を使用する製造業、輸入業者、販売業者、および業務上で毒物劇物を使用する一部の業種では、毒物劇物取扱責任者を設置する義務があります。建築事業者が毒物劇物を業務上取り扱う場合、シアン化ナトリウムを扱う電気めっき業者や金属熱処理業者、毒物劇物をタンクローリー等で運送する事業者、ヒ素化合物を扱う白蟻防除業者は届出が必要です。
毒物劇物取扱責任者の資格を得る方法は3つあります。第一に薬剤師免許を取得する方法、第二に厚生労働省令で定める学校で応用化学に関する学課を修了する方法、第三に各都道府県が実施する毒物劇物取扱者試験に合格する方法です。試験は全国一斉ではなく都道府県ごとに年1回実施され、試験実施時期や内容は各都道府県によって異なります。
ただし、18歳未満の者、心身の障害により業務を適正に行うことができない者、麻薬・大麻・あへん・覚せい剤の中毒者、毒物・劇物・薬事に関する罪を犯し罰金以上の刑に処せられて3年を経過していない者は、毒物劇物取扱責任者となることができません。
毒物劇物は厳重な管理と保管が法律で義務付けられています。保管場所は、他のものと明確に区別した毒劇物専用のものとし、堅固で施錠できることが必要です。貯蔵設備(保管庫)は必ず施錠し、鍵の管理は徹底する必要があります。平成30年7月の厚生労働省通達により、鍵の管理者の選任、不在時の代理人の選任、鍵の管理簿を備えることも求められるようになりました。
保管場所には「医薬用外毒物」「医薬用外劇物」の文字を表示しなければなりません。保管場所は、敷地境界線から離れた場所か、一般の人が容易に近づけない場所とし、管理者が目の届くところに保管することが重要です。管理簿を作成し、在庫量の定期的な点検と使用量の把握を行う必要があります。
容器及び被包への表示については、毒物の場合は「医薬用外」の文字と赤地に白文字で「毒物」を、劇物の場合は「医薬用外」の文字と白地に赤文字で「劇物」の文字を指定された色で記載する必要があります。毒劇物を別容器に小分けして保存する時や調製したもの(調製後も毒劇物に該当するもの)を保管する場合も同様に表示が必要です。
床や壁などの必要な部分は毒劇物が浸透しないようなものでなければならず、一般の毒劇物の場合はコンクリートやブロックなどが使用されます。貯蔵するタンクのまわりは、毒劇物が漏れたり地下にしみ込まないようにコンクリートでおおう必要があります。
毒物または劇物を販売し、授与し、または販売若しくは授与の目的で貯蔵し、運搬し、若しくは陳列する者は、店舗ごとに、その店舗の所在地の都道府県知事(保健所設置市では市長)に申請書を提出し、毒物劇物販売業の登録を受ける必要があります。登録は一般販売業、農業用品目販売業、特定品目販売業の3種類に分かれており、手数料は14,700円です。
製造業・輸入業の登録は都道府県知事が権限者で有効期間は5年、販売業の登録は都道府県知事または保健所を設置する市の市長・特別区の区長が権限者で有効期間は6年となっています。店舗にて毒物劇物の現物を直接取り扱わず、伝票操作のみで販売を行う場合(オーダー販売)でも登録は必要です。
業務上取扱者として届出が必要な業種には、シアン化ナトリウムを扱う電気めっき業者、シアン化ナトリウムを扱う金属熱処理業者、毒物劇物をタンクローリー等で運送する事業者、ヒ素化合物を扱う白蟻防除業者があります。これらの業種は、事業場ごとに、毒物または劇物を取り扱うこととなった日から30日以内に届け出る必要があります。
毒物劇物の保管管理を徹底しましょう(大阪府)
保管場所の施錠、表示、在庫管理など具体的な管理方法が掲載されています。
毒物劇物による事故が発生した場合は、関係機関へ速やかに連絡し、自らも必要な応急措置をしなければなりません。毒物劇物が飛び散ったり、漏洩、流出したりして多数の人に被害が及びそうな場合は、消防署、警察署および保健所へ連絡してください。
応急措置としては、周辺にロープを張るなどして人の立入りを禁止し、風下の人にも知らせて退避させます。被害箇所に中和剤等を散布し、中和した後に多量の水で洗い流します。河川などに流出する恐れがある場合は特に注意が必要です。個々の毒物劇物の応急措置の方法については、販売の際に提供されるSDS(安全データシート)に記載されていますので参考にしてください。
盗難または紛失した場合は、すぐに警察署へ連絡しなければなりません。盗難防止のため、毒物劇物の残存量を常に把握することが重要です。震災対策・従業員の教育訓練等、事故の未然防止が大切であり、危害が発生したときに冷静な対処ができるよう、あらかじめ通報する責任者を設定しておきましょう。
毒物劇物の廃棄については、安易に捨ててはいけません。中和・加水分解・酸化・還元・希釈等により、毒物劇物に該当しないものにするなど、廃棄の基準が定められています。毒物及び劇物取締法の他、水質汚濁防止法、大気汚染防止法、下水道法等他法令の規定する基準にも適合していなければなりません。
自分で処理できないものは、都道府県知事の許可を受けている産業廃棄物処理業者に委託するか、購入先等に相談するなどし、適切に廃棄しましょう。自治体では収集及び回収は行っていないため、毒物劇物でないものにしてから廃棄する必要があります。
毒物劇物危害防止規定とは、毒物劇物製造所等における毒物又は劇物の管理・責任体制を明確にし、毒物又は劇物による保健衛生上の危害を未然に防止することを目的とした事業者の自主的な規範です。毒物劇物輸入・製造・販売業者及び業務上取扱者の各事業所ごとに作成することが奨励されています。
危害防止規定には、毒物劇物の貯蔵又は取扱いにあたっての基本的な事項を記載するとともに、規定を具体的に実施するための細則を定めます。具体的には、管理責任者の選任、保管場所の管理方法、在庫管理帳簿の作成、緊急連絡網の整備、従業員の教育訓練記録などが含まれます。
建築事業者独自の対策としては、化学物質取扱い作業のリスクアセスメントを実施することが重要です。平成26年6月の労働安全衛生法改正により、一定の危険有害性のある化学物質(640物質)については、業種・事業場規模に関わらず、リスクアセスメントの実施が義務づけられました。塗装作業、接着作業等において対象となる化学物質を取扱う場合、リスクレベルに応じた安全衛生対策を実施することが必要です。
作業現場では、製品受け取り時に毒物劇物の紛失防止のため製品・数量を確認し譲受書に押印を行い、製品の危険性・有害性を確認するためSDSを入手して内容を確認します。GHS絵表示を確認し、骸骨マークやどくろマークなどの危険有害性の絵表示がある製品は特に注意が必要です。使用時には適切な保護具を着用し、換気を十分に行い、火気厳禁の表示がある場合は周囲で火気を使用しないよう徹底することが事故防止につながります。
毒物劇物の適切な保管管理について(国立医薬品食品衛生研究所)
保管設備の基準、表示方法、取扱いの注意点などが体系的にまとめられています。
建築事業者が毒物劇物指定令に該当する物質を適切に管理するためには、該当物質の正確な把握、取扱責任者の設置、保管場所の適切な管理、危害防止規定の作成、従業員への教育訓練、事故発生時の対応体制整備が不可欠です。日々の在庫管理と定期的な点検により、盗難・紛失・漏洩を防止し、安全な建築現場の実現を目指しましょう。