

凝集沈殿処理を使えば現場排水はほぼきれいになると思っていませんか?実は、ある種の物質は処理後も基準値を超えたまま排出され、行政指導や工事停止につながるケースがあります。
凝集沈殿処理とは、水中に分散している微細な懸濁粒子(SS)や一部の重金属イオンに対して、凝集剤(ポリ塩化アルミニウム=PAC、硫酸アルミニウムなど)を添加し、粒子同士を凝集させてフロックを形成させ、そのフロックを重力沈降で除去する方法です。建築・土木現場では、掘削工事や基礎工事に伴う泥水・濁水の処理に最も広く使われている技術です。
この方法が得意とする物質は明確です。土粒子・シルト・粘土などのSS(浮遊物質)、水酸化物として沈殿するpH調整後の鉄・マンガン・アルミニウム、そして一部のリンや濁度の原因物質がこれにあたります。
つまり「粒子状または沈殿可能な形態の物質」が対象です。
建築現場で最もよく見られるのは、掘削濁水・コンクリート洗浄水・泥水工法に伴うスライムです。これらの主成分は土粒子やセメント由来のSSであり、PAC+高分子凝集剤の組み合わせで概ね90%以上のSS除去が期待できます。現場での処理効率はpH・水温・凝集剤添加量に左右されます。
pH管理が基本です。
凝集効果が最も高いpH域は6〜8程度とされており、コンクリート洗浄水のように強アルカリ性(pH12前後)の排水が混入すると、凝集剤の効果が著しく低下します。事前にpH調整(希硫酸や炭酸ガスによる中和)を行うことが前提となります。
除去できない物質を正しく理解することが重要です。
凝集沈殿が効かない主な理由は「フロックを形成しない」「沈降しない」の2点に集約されます。以下に建築現場で特に注意すべき物質を整理します。
① 溶解性の重金属・有害物質
六価クロム(Cr⁶⁺)は代表的な例です。三価クロム(Cr³⁺)はpH調整で水酸化物として沈殿除去できますが、六価クロムは水中でクロム酸イオン(CrO₄²⁻)として溶存しており、凝集沈殿では除去できません。六価クロムの排水基準は0.5mg/L(水濁法)と非常に厳しく、地盤改良工事で使用する六価クロム溶出リスクのある固化材を使った後の排水は特別な注意が必要です。
同様に、ヒ素・フッ素・ホウ素・シアン化合物なども溶解した状態では凝集沈殿で除去できない物質の代表格です。
② 界面活性剤・油分の一部
掘削工事で使われる削孔液(泥水材料)や潤滑剤には界面活性剤が含まれる場合があります。界面活性剤は乳化作用によって油分を水中に均一分散させるため、凝集操作をしてもフロックに取り込まれにくい状態を作ります。
これは厳しいところですね。
動植物油脂類の排水基準は30mg/L(特定施設では5mg/L)ですが、乳化した状態の油分は凝集沈殿だけでは基準クリアが困難です。加熱破壊・酸処理による乳化破壊、あるいは活性炭吸着の追加が必要になります。
③ 低分子有機物・溶解性COD成分
メタノール・エタノール・酢酸などの低分子有機物は完全に水に溶解しており、フロックとして捕捉する手段がありません。BOD・CODの排水基準超過の原因になる一方、凝集沈殿では対処できません。意外ですね。
④ アンモニア性窒素・硝酸性窒素
窒素成分は溶解性のイオン形態のため、凝集沈殿では除去率がほぼゼロです。建築現場では通常問題になりにくいですが、特定の地盤改良剤や薬液注入を行う現場では排水中の窒素濃度に注意が必要です。
建築現場において、凝集沈殿処理の限界が最も深刻な問題として現れるのが六価クロムの溶出です。
セメント系固化材を使った地盤改良(深層混合処理・浅層混合処理)では、固化材中に含まれるクロム成分が土壌中の有機物と反応し、六価クロムが生成・溶出することがあります。国土交通省の調査では、セメント系固化材を使用した土壌の一定割合から六価クロムの基準超過が確認されており、現場規模によっては数十万円〜数百万円規模の追加対策費が発生した事例も報告されています。
六価クロムは排水基準0.5mg/Lですが、重篤な健康被害(発がん性)があるため規制が厳しいです。
処理方法としては、還元剤(亜硫酸水素ナトリウムなど)によってCr⁶⁺をCr³⁺に還元し、その後pH調整で水酸化クロムとして沈殿させる「還元沈殿法」が標準的です。凝集沈殿処理の前工程として還元処理を組み込む必要があります。
| 物質 | 排水基準(水濁法) | 凝集沈殿の効果 | 必要な追加処理 |
|---|---|---|---|
| 六価クロム | 0.5mg/L | ❌ ほぼなし | 還元沈殿法 |
| 三価クロム | 2mg/L | ✅ pH調整後に有効 | pH調整+凝集沈殿 |
| フッ素 | 8mg/L | △ 一部除去可 | カルシウム沈殿+凝集 |
| ヒ素 | 0.1mg/L | △ 共沈効果あり | 鉄塩添加+凝集沈殿 |
| 溶解性油分 | 5〜30mg/L | ❌ 乳化状態は困難 | 乳化破壊+活性炭 |
地盤改良を計画する際は、事前に「六価クロム溶出試験」(JIS A 1240に準拠)を実施することが重要です。試験費用は1検体あたり数千円〜1万円程度ですが、これを省略して工事を進めた場合、後から基準超過が発覚して工事を一時停止せざるを得ないリスクがあります。
コストは事前対策の方がはるかに小さいです。
低六価クロム溶出タイプの固化材(例:太平洋マテリアルの「六価クロム低減型固化材」など各社製品)を選定するだけで、溶出リスクを大幅に低減できます。発注時の仕様書に固化材の種別を明記することをお勧めします。
凝集沈殿で除去できない物質に対応するため、現場で実際に採用される追加処理技術を整理します。
活性炭吸着処理
粒状または粉末状の活性炭に排水を通過させることで、低分子有機物・界面活性剤・色度成分を吸着除去します。COD・BODの削減に有効で、凝集沈殿処理の後段に設置するのが一般的です。処理コストは吸着量に比例して上昇しますが、レンタル型の活性炭処理装置を現場に一時導入するケースも増えています。
これは使えそうです。
キレート系凝集剤・重金属捕集剤
通常のPACや硫酸バンドでは反応しない溶解性重金属(カドミウム・鉛・銅など)に対し、キレート剤が金属イオンと錯体を形成して難溶性沈殿物に変換します。少量の添加で高い除去率が得られますが、薬剤コストが高く、過剰添加すると逆に排水基準を超える可能性があるため、専門業者による適切な設定が必要です。
膜ろ過(UF膜・RO膜)
精密ろ過(MF)・限外ろ過(UF)は0.01〜0.1μm程度の粒子を除去でき、凝集処理後の最終仕上げとして利用されます。逆浸透膜(RO膜)はイオン性物質(溶解塩類・硝酸・フッ素など)まで除去できる優れた技術ですが、設備コストが高く、大量の濃縮廃液が発生する点が課題です。
組み合わせが条件です。
現場での導入判断の基準
どの追加処理を選ぶかは、①排水に含まれる物質の種類、②求められる処理水質、③処理水量、④工期・コスト制約の4点で判断します。工事着工前に排水の水質分析(対象物質を絞ったスクリーニング分析で1〜3万円程度)を行い、処理方式を確定させるのが最も合理的なアプローチです。
多くの現場では「凝集沈殿装置を設置した=排水管理完了」と考えがちです。しかし実際には、工種ごとに発生する排水の性状が異なり、特定の工種では凝集沈殿が全く機能しない汚染物質が排水に混入するリスクがあります。
この視点は現場ではまだ一般的ではありません。
「工種別・排水リスクマップ」とは、施工計画の段階で工程ごとに「どの工種が」「何の物質を」「いつ発生させるか」を整理したシンプルな一覧表です。作成手順は以下の通りです。
たとえば、地盤改良工事が月の前半、コンクリート打設が後半に入る工程であれば、前半は六価クロム対策としての還元剤添加設備、後半はpH調整設備(中和槽)が必要という形で、事前に設備計画を組み立てられます。
このリストを施工計画書の排水処理計画のセクションに添付しておくと、発注者・監理者への説明資料としても有効です。また、工事完了後の検査でも「各工種に応じた対策を事前に計画・実施した」という証跡として機能します。
現場代理人が1枚の表で管理できれば十分です。
水質分析の結果と組み合わせてPDCAを回すことで、追加処理コストを最小化しながら排水基準を確実にクリアする現場管理体制が実現します。実際、この管理を導入した現場では「工事途中で基準超過が発覚して工事を止めた」という事態をほぼゼロにできたという施工管理担当者の声もあります。
凝集沈殿処理で除去できない物質には明確なパターンがあります。六価クロムをはじめとする溶解性重金属、乳化油分、低分子有機物は「凝集沈殿だけでは対処不可能」という認識を持つことが、排水管理の出発点です。
工種ごとに発生する汚染物質を事前に把握し、必要な追加処理を組み込んだ計画を立てることが、法的リスクの回避とコスト最小化の両立につながります。
参考として、以下の公的リソースも確認しておくことをお勧めします。
環境省による水濁法の排水基準一覧(有害物質・生活環境項目ごとの基準値が確認できます)。
環境省 水質汚濁防止法に基づく排水基準について
国土交通省による六価クロム溶出リスクと地盤改良工事の対応指針(固化材選定・事前試験の義務と手順が解説されています)。
国土交通省 地盤改良における六価クロム対策について