

オーディオシステムや建築音響の設計において、ケーブルの選定は最終的な出音のクオリティを左右する重要なファクターです。特に「無酸素銅(OFC:Oxygen-Free Copper)」と一般的な銅線との間には、物理的な数値として明確な差が存在します。
まず、電気抵抗と導電率の関係について理解を深める必要があります。電気信号が金属の中を流れる際、信号は金属の結晶の中を通っていきます。このとき、不純物や結晶同士の境目である「粒界(グレイン・バウンダリー)」が抵抗となり、信号の流れを阻害します。無酸素銅は、一般的なタフピッチ銅(TPC)に比べて酸素含有量が極めて少なく(10ppm以下)、銅の純度が99.99%(4N)以上に高められています。
参考)OCC 対 OFC 銅: 無酸素ケーブル導体の違いを明らかに…
音質への影響としては、抵抗値の低下によりダンピングファクターが向上し、特に低音域の制動力が改善される傾向にあります。また、粒界による微細な信号欠損が減ることで、高音域の「ザラつき」が取れ、S/N比(信号対雑音比)が向上し、静寂感のある音場表現が可能になります。建築音響のような長距離引き回し(10m~50m)を行う現場では、わずかな抵抗値の差が可聴帯域の周波数特性に無視できないレベルで減衰をもたらすため、無酸素銅の採用は物理的にも理にかなっています。
参考)音質が変化する?オーディオケーブルの種類と選び方
高音質ケーブルを語る上で欠かせない「銅導体」の進化 - Audio-Technica
このリンクでは、タフピッチ銅からOFC、そしてPCOCCへの歴史的な素材の変遷と、それぞれの導体が持つ音質傾向について専門家が解説しています。
建築設備としてケーブルを選定する場合、単なる「音の良さ」だけでなく、物理的な耐久性と化学的な安定性が極めて重要になります。ここで比較対象となるのが、一般電線(VVFなど)に広く使われている「タフピッチ銅(TPC)」と、音響用や精密機器用に使われる「無酸素銅(OFC)」です。
最大の違いは「酸素含有量」ですが、これが引き起こす致命的な現象に「水素脆化(水素病)」があります。
参考)タフピッチ銅・脱酸銅・無酸素銅の違いについて|金属・樹脂加工…
酸化のリスクは「経年劣化」に直結します。タフピッチ銅に含まれる酸素は、時間の経過とともに粒界に析出し、徐々に導体抵抗を上げていきます。壁内配線など、一度施工すると20年、30年と交換が不可能な場所においては、初期性能を維持し続ける化学的安定性を持つ無酸素銅が、リスク管理の観点からも推奨されます。
| 特性 | タフピッチ銅 (TPC) | 無酸素銅 (OFC) |
|---|---|---|
| 純度 | 99.9%程度 | 99.99%以上 (4N) |
| 酸素量 | 200~500ppm | 10ppm以下 |
| 導電率 | ~101% (IACS) | ~102% (IACS) |
| 水素脆化 | 起きる (600℃以上) | 起きない |
| 主な用途 | 一般電力線 (VVF) | 音響、電子機器内部 |
無酸素銅という「素材」の良さを活かすためには、ケーブルとしての「構造」が適切でなければなりません。単線と撚り線(よりせん)の違い、そして絶縁体の種類が伝送特性に大きく関わります。
まず、導体の形状による違いです。
次に、絶縁体(シース)の素材です。
一般電線に使われるPVC(塩化ビニル)は、誘電率が高く(電気を蓄えやすく)、静電容量が大きくなりがちです。静電容量が大きいケーブルは、高周波成分をアースに逃がす「ローパスフィルタ」のような働きをしてしまい、音がこもる原因になります。
参考)LANケーブルは最強のスピーカーケーブル
一方、オーディオ用の無酸素銅ケーブルでは、誘電率の低い「ポリエチレン(PE)」や「フッ素樹脂」が絶縁体に採用されることが多く、これにより静電容量を下げ、クリアな伝送を実現しています。
LANケーブルは最強のスピーカーケーブル - 佐藤宏尚建築デザイン
建築家の視点から、LANケーブル(単線・低誘電率)をスピーカーケーブルとして代用した際の物理的なメリット(静電容量やインピーダンス特性)について、実験データを交えて解説されています。
これは一般的なオーディオブログではあまり語られない、建築施工のプロフェッショナルな視点です。
住宅や商業施設の「隠蔽配線(いんぺいはいせん)」において、ケーブルは空調の結露、照明器具の熱、そしてコンクリートのアルカリ性など、過酷な環境にさらされます。ここで無酸素銅を選択する最大の理由は「30年後の導通性能」にあります。
一般的な電気配線(VVFケーブルなど)の寿命目安は20年~30年とされています。劣化の主な原因は、被覆の硬化と導体の表面酸化です。特に圧着端子や差込コネクタを使用する接続部において、タフピッチ銅は経年で表面に酸化皮膜(CuO/Cu2O)を形成しやすく、これが接触抵抗の増大を招きます。接触抵抗が増えると、その部分で発熱し、最悪の場合はアーク放電や発火の原因(トラッキング現象に近い状態)になり得ます。
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無酸素銅は、素材自体の酸素放出が極めて少ないため、接続部での酸化進行がタフピッチ銅に比べて緩やかです。また、柔らかい(展延性が高い)ため、配線器具(コンセントやスピーカーターミナル)へのネジ締め接続時に、銅線が潰れて密着面積が増え、より強固な接触が得られるという施工上のメリットもあります。
また、CD管(PF管)への通線作業においても無酸素銅のメリットがあります。
管内を通す際、ケーブルには強い引張応力がかかります。硬い銅線は、無理に引っ張ると内部で断線したり、結晶構造が伸びて(加工硬化して)抵抗値が上がったりします。無酸素銅、特に適切に焼鈍(アニール)されたものは柔軟で、通線時のストレスによる物理的なダメージを受けにくく、施工直後の「初期性能」を確実に担保できるのです。
古い設備=高リスク?長年使い続けている配線が招く危険と対策 - 佐伯電気株式会社
配線設備の耐用年数と劣化メカニズムについて、JIS規格や実地調査に基づいた詳細なデータが記載されており、経年劣化のリスク管理について深く学べます。
最後に、無酸素銅の中でも特に「製造工程」による音質と品質の違いに注目します。ここはマニアックですが、ケーブルのグレードを見極める決定的なポイントです。注目すべきキーワードは「ディップフォーミング」と「焼鈍(アニール)」です。
現在、多くの銅線は「連続鋳造圧延法(SCR方式)」で作られています。これは溶けた銅をベルトコンベアのような鋳型に流し込み、外側から冷やして固める方法です。急速に冷やすため生産性は高いですが、外側から固まる際に内部にガスや不純物を閉じ込めやすいという欠点があります。
参考)Strength [vol.01]品質の追求を諦めず、純度9…
対して、一部のハイエンドケーブル(昭和電線や旧GEの技術を受け継いだもの)で採用される**「ディップフォーミング方式」**は、全く逆のアプローチを取ります。
この「内から外へ」凝固するプロセスにより、ガスや酸素が外へ抜けやすく、表面が極めて滑らかで、内部欠陥(巣)の少ない、非常に密度の高い無酸素銅が出来上がります。これが「幻の導体」とも呼ばれる理由です。表面が滑らかであることは、高周波信号が流れる表面積の純度が高いことを意味し、音の「艶」や「滑らかさ」に直結します。
参考)【ディップフォーミング製法】TADのスピーカーケーブル「TA…
さらに**「焼鈍(アニール)」**処理も重要です。加工で硬くなった銅を熱してゆっくり冷ますことで、結晶の歪みを取り除き、柔らかくします。最新の「PC-Triple C」導体などは、この工程をさらに進化させ、「定角連続移送鍛造法」という、日本刀を鍛えるように銅を叩いて結晶の向きを揃える技術を用いています。これにより、信号の流れを遮る粒界を極限まで減らし、単結晶に近い伝送特性を実現しています。
参考)オーディオ界注目の新素材「PC-Triple C」とは何か?…
単に「無酸素銅だから良い」と判断するのではなく、「どのような製法で作られた無酸素銅か」までスペックシートで確認することで、本当に現場に適した、一生物のケーブルを選定することができるのです。
【ディップフォーミング製法】TADのスピーカーケーブル「TAD-SC025M」を試聴してみた。 - OTAIRECORD
TADという超一流オーディオブランドがなぜディップフォーミング製法を採用したのか、実際の試聴レビューと共にその技術的優位性が解説されています。

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