水素脆化と水素エンジン、不動産業界への影響と対策

水素脆化と水素エンジン、不動産業界への影響と対策

記事内に広告を含む場合があります。

水素脆化と水素エンジンの基本

この記事のポイント
⚠️
水素脆化のメカニズム

金属内部に水素が侵入し、材料の延性が低下して脆性破壊を引き起こす現象

🚗
水素エンジンへの影響

エンジン部品や燃料タンクの金属劣化により耐久性と安全性に課題が発生

🏗️
建設・不動産分野への展開

水素インフラ構築における配管材料選定と水素脆化対策技術の適用

水素脆化の発生メカニズムと材料への影響

 

 

 

水素脆化(すいそぜいか)とは、金属材料が水素を含む環境にさらされることで、機械的性質が低下し脆性破壊が促進される現象です。水素は元素の中で最も小さな原子であるため、金属中の原子の隙間を自由に移動し、結晶格子内に拡散します。この水素の侵入により、材料内部で微細な亀裂が生じ、応力集中部位にて水素圧力が増加することで、亀裂の成長を促進してしまいます。
参考)https://www.denso.com/jp/ja/-/media/global/business/innovation/review/20/20-doc-02-ja.pdf

水素脆化のメカニズムには複数の説がありますが、主に「水素侵入と濃縮」と「水素誘起割れ」の2つが代表的です。水素が金属内部の結晶格子に拡散すると原子間結合を弱め、材料がもっとも弱い面で割れる傾向が生じ、短時間で破断を引き起こします。特に高強度鋼ほど水素脆化が起こりやすく、応力が負荷された状態で使用される機械・構造材料では、水素の影響を受けてある年月経過後に小さな力で突然破壊する危険性があります。
参考)https://newji.ai/procurement-purchasing/hydrogen-embrittlement-mechanism-and-prevention-techniques/

水素脆化が問題となる例は数多く存在し、水素を燃料とするロケットエンジンの開発や水素燃料電池車用エンジンの開発で重要な課題になっています。金属には水素を取り込む性質を持っているものがあるため、一度水素に対して暴露されると水素脆性の問題が出てきます。特にステンレス鋼は水素による材料の強度、延性が低下する現象が顕著であるため、低強度材、つまり水素感受性の小さな材料での使用に制限したり、脱水素(ベーキング)処理を施すことで対応されています。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E8%84%86%E5%8C%96

水素エンジンにおける水素脆化の課題

水素エンジンは、水素を燃焼させ熱を取り出し、空気を圧縮させ出力を得る内燃機関です。水素エンジンの開発において、水素脆化は深刻な技術的課題となっています。水素が金属内部に入り込んで強度を下げてしまう「水素脆化」の対策がエンジン部品に必要であり、燃料系は問題ないとしても、エンジン内部に残留した水素がエンジン部品に浸透する可能性があります。
参考)https://bestcarweb.jp/news/281598?prd=2

トヨタの水素エンジンでは、水素タンクや安全対策のためにベース車より約200kgも重くなっており、水素脆化への対策が重要な設計課題となっています。水素は超低密度なので、航続距離を確保しようとするとガソリンよりも大きな燃料タンクが必要になり、また水素と空気の混合気のエネルギー密度は低いため、ガソリンを燃料とした場合よりも出力が低下してしまうという課題もあります。
参考)https://www.aba-j.or.jp/info/industry/15232/

水素の特性として、着火しやすさや層流燃焼速度の高さ(空気中に燃焼が広がるのが速い)があり、これが自着火してしまう不整着火(ノッキング)や冷却損失の要因になり、取り扱いの難易度を上げています。一方で、既存のエンジンでも同様の課題と向き合い、エンジン効率を高めてきた日本のエンジンメーカーは、水素エンジンの開発においても優位性がある可能性があります。
参考)https://www.deloitte.com/jp/ja/Industries/technology/blogs/hydrogen-japan-strategy-03.html

水素エンジン開発における材料選定と特殊技術

水素エンジンの開発では、水素脆化を回避するための材料選定が極めて重要です。まず水素のタンク自体は金属ではなく、樹脂製のものが使用されています。どうしても金属でなければ難しい配管などには、水素脆性が起きにくいSUS316L(ステンレス鋼)が使われており、さらに溶接部は水素脆性が起きやすいので、極力継ぎ目なしで作るという工夫がなされています。
参考)https://carview.yahoo.co.jp/ncar/catalog/toyota/tank/chiebukuro/detail/?qid=10244721135

水素配管の材質を決定するためには、水素浸食と水素脆性を考慮する必要があります。低圧(13.8MPag未満)かつ常温(200℃未満)の場合は炭素鋼、高圧(13.8MPag以上)または高温(200℃以上)の場合はステンレス鋼(SUS316系)が推奨されます。これは水素製造プラント、水素ステーションにおける重要な設計基準となっています。
参考)https://yuruyuru-plantengineer.com/hydrogen-piping-material/

トヨタ自動車の競技車両「水素エンジンカローラ」のサスペンションメンバーには、製造におけるCO2排出量を100%削減した低CO2高炉鋼材"Kobenable Premier"が採用されています。この素材は、CO2削減効果だけでなく、モータースポーツの厳しい環境に対応できる高い要求品質にも対応可能な商品です。水素エンジン車両において、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、素材レベルでの革新が進められています。
参考)https://www.kobelco.co.jp/releases/1210345_15541.html

水素脆化を防ぐ先端コーティング技術の実用化

水素脆化に対する防止技術として、表面処理やコーティング技術が注目されています。製品表面に酸化被膜を生成することで、水素の侵入を物理的に抑えることができ、メッキやコーティングを施すことで、材料表面への水素の浸透を防ぐことが可能です。​
アサヒメッキが開発した技術は、ステンレスに水素バリアーとなる膜を形成して水素脆化(ぜいか)と呼ばれるもろくなる現象を抑制するものです。メッキ処理の技術を応用したこの表面処理技術は、岩谷産業と共同で実証実験を実施した上で、3年後をメドに表面処理装置を製品化し、水素関連プラントなど向けの需要を開拓する計画です。
参考)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC0168R0R00C22A8000000/

ベーキング処理は、水素脆化を抑制する代表的な方法の一つです。ベーキング処理とは高温でメッキ部品を加熱する処理のことで、メッキ後に190~200℃程度の温度で3時間以上行うことが一般的です。この処理により金属の結晶構造を安定化させることで水素脆化を抑制でき、特に焼戻し温度や時間を最適化することで、材料内部の残留応力を軽減し、脆化を防止します。
参考)https://note.com/artemis35/n/na4c85dbacde4

不動産従事者が知るべき水素インフラと材料耐久性の関係

水素社会の実現による住宅・建築物産業への影響は、不動産業界にとって重要な課題となっています。グリーン成長戦略では、住宅・建築物分野は「早急に取り組むべき分野」であり「家庭・業務部門のカーボンニュートラルに向けて鍵となる分野」として位置づけられており、太陽光発電ステムの導入や太陽光発電を補助するZEH(ゼッチ)の拡大が図られています。
参考)https://restyle.tokyo/forbeginners/hydrogen-basic-strategy.html

水素燃料電池を使った発電も、ZEHで想定されるエネルギーです。ZEHが早く導入され水素燃料電池が使用された住宅は、今後価値が上がることが想定されます。清水建設は、産総研との共同で、再生可能エネルギーの余剰電力を水素に変え、貯蔵・発電するシステム「Hydro Q-BiC」の開発を2016年から開始し、2021年には清水建設北陸支店の社屋に実装されました。
参考)https://www.shimz.co.jp/novare/letter/202507.html

水素を扱う際には、水素侵食・水素脆化という水素特有の現象が発生するため、都市ガスの中低圧供給(1MPa以下)で用いられているパイプでも、使用する材料が供給条件下では水素脆化による影響を受けないことが実証されている必要があります。建設業界においても、水素エネルギーは重要な位置を占め始めており、特に大規模な建設プロジェクトにおいて、現場の機械や車両の動力源として、または仮設施設の電力供給源として水素が利用されるケースが増えています。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/gas_anzen/pdf/031_04_00.pdf

デンソーテクニカルレビューでは、水素社会に向けた水素脆化研究の基盤構築について詳細な技術解説が掲載されています。
HORIBAの水素脆性メカニズム解明に関する研究では、エンジンの振動の影響を軽減するための実用的な対策が紹介されています。
プラントエンジニア向けの水素配管材質選定ガイドでは、水素浸食と水素脆性を考慮した実務的な材料選定基準が解説されています。

材料種類 適用条件 水素脆化対策 用途例
炭素鋼 低圧(13.8MPag未満)・常温(200℃未満) 温度・圧力管理 一般水素配管
ステンレス鋼(SUS316L) 高圧(13.8MPag以上)・高温(200℃以上) 材料選定・溶接部の最小化 水素ステーション配管、エンジン部品
樹脂系材料 水素タンク 金属接触回避 燃料電池車水素タンク
コーティング処理材 高強度要求部品 水素バリア膜形成 プラント設備、精密機器

水素エネルギー利用システムの普及に向けて、高圧ガス保安法をはじめとする国内の厳格な規制をクリアする必要があり、乗り越えるべき障壁は多いですが、その堅牢性と信頼性を兼ね備えたシステムの開発が進められています。建設現場でのCO2排出量を削減するために、水素を利用した発電機や燃料電池を導入する動きが加速しており、このエネルギーのクリーンな特性を生かした環境負担の少ない建設方法が模索されています。
参考)https://www.tansomiru.jp/media/basic/mag_812/

水素製造技術の開発は進められており、国家戦略として水素のコストを従来エネルギーと同程度にすることが目標として掲げられているため、研究開発が進むと考えられており、脱炭素の取り組みで活用される未来も遠くないでしょう。不動産従事者にとって、水素インフラの構築と材料耐久性の理解は、今後の建物価値評価や設備投資判断において重要な知識となります。​

 

 

 

 


けまて 水素脆弱の基礎 水素の振るまいと脆化機構/南雲道彦