

建築や製造の現場で「リン酸塩皮膜処理の膜厚は何ミクロンつけばいいのか?」という質問は頻繁に挙がりますが、実はこの問いには少し専門的な補足が必要です。リン酸塩皮膜処理において、「膜厚(μm)」という指標は、実務上あまり優先されません。代わりに「皮膜重量(g/m²)」が世界的な管理基準として採用されています。これには明確な物理的な理由があります。
一般的に、皮膜重量から膜厚を概算する場合、以下の式が経験則として用いられることがあります。あくまで目安ですが、現場での感覚値として知っておくと便利です。
| 皮膜の種類 | 皮膜重量 (g/m²) | 概算膜厚 (μm) | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| リン酸鉄 | 0.2 ~ 0.8 | 0.1 ~ 0.5 | 軽度の防錆、屋内塗装下地 |
| リン酸亜鉛 | 1.5 ~ 5.0 | 1 ~ 3 | 塗装下地、塑性加工 |
| リン酸マンガン | 5.0 ~ 15.0 | 5 ~ 15 | 耐摩耗、摺動部潤滑 |
このように、種類によって桁が変わるほどの差があります。現場で「膜厚管理」と言われた場合は、まず図面や仕様書で「g/m²(付着量)」の指定がないかを確認することが、トラブル回避の第一歩です。
参考リンク:表面技術|リン酸塩皮膜処理の皮膜重量と特性に関する詳細な技術論文
リン酸塩皮膜処理にはいくつかの種類があり、それぞれ生成される結晶の大きさや厚みが全く異なります。特に建築金物や機械部品でよく使われる**「リン酸亜鉛(パーカー処理の代表格)」と、黒染めに近い外観を持つ「リン酸マンガン(リューブライト)」**の違いを理解しておくことは非常に重要です 。
参考)https://www.chemicoat.co.jp/column/column-268/
1. リン酸亜鉛処理(薄膜・緻密)
リン酸亜鉛処理は、主に塗装の下地として利用されます。この皮膜は、微細な「ホパイト(Hopeite)」や「フォスフォフィライト(Phosphophyllite)」と呼ばれる結晶で構成されています。
2. リン酸マンガン処理(厚膜・粗大)
一方、リン酸マンガン処理は、主にギアやピストン、建築用のボルトなどに使われます。主成分は「ヒューリオライト(Hureaulite)」という硬度の高い結晶です。
現場で「部品の寸法公差が厳しい」という場合は特に注意が必要です。リン酸マンガン処理を行うと、片側で約10μm、直径で約20μm寸法が増加することになります。「たかが表面処理」と考えて嵌め合い公差をギリギリに設計していると、処理後に「ボルトが入らない」「軸が通らない」という事故が起きます 。設計段階でこの「膜厚分」を見込んでおくこと(逃げを作ること)が、建築・機械設計者の腕の見せ所です。
参考リンク:タマ化工|化成処理における種類の違いとリン酸マンガンの特徴解説
「膜厚を測ってほしい」という要求があった場合、正確にはどのように測定すればよいのでしょうか。公的な基準である**JIS規格(日本産業規格)**に基づいた測定方法を知っておくことで、客先との品質問答に強くなれます。
リン酸塩皮膜の試験方法は、**JIS K 3151「塗装下地用りん酸塩化成処理剤」**などに規定されています 。ここでは、最も信頼性が高いとされる「重量法(質量法)」について解説します。
参考)JISK3151:1996 塗装下地用りん酸塩化成処理剤
【重要】重量法による測定手順(JIS準拠)
これは、処理された皮膜を薬品で溶かして除去(剥離)し、その前後の重量差から皮膜量を算出する方法です。非破壊検査ではありませんが、最も正確です。
JIS規格では、皮膜の品質判定として「外観」「付着量」「耐食性(塩水噴霧試験)」がセットで評価されることが一般的です。膜厚(付着量)単体の数値にこだわるだけでなく、最終的に求められる「錆びないこと」「塗装が剥がれないこと」を満たしているかどうかが重要です。
参考リンク:JIS K 3151|塗装下地用りん酸塩化成処理剤の規格詳細
膜厚(皮膜重量)は、製品の最終的なパフォーマンスに直結します。ここでは「塗装」と「潤滑」という2大用途において、膜厚がどのように影響するかを深掘りします。
塗装における膜厚の影響:密着性のパラドックス
「塗装の下地なのだから、皮膜は厚ければ厚いほど錆びにくいだろう」と考えるのは間違いです。
潤滑・摺動における膜厚の影響:保持力の確保
摺動部品に使われるリン酸マンガン処理では、逆に「ある程度の厚み」が正義となります。
| 用途 | 求められる膜厚傾向 | 理由 |
|---|---|---|
| カチオン電着塗装下地 | 極薄 (1.5~2.5 g/m²) | 通電性確保、平滑性、二次密着性 |
| 溶剤塗装・粉体塗装下地 | 中厚 (2.0~4.0 g/m²) | 防錆力と密着性のバランス |
| 塑性加工(抽伸) | 厚め (5.0~10.0 g/m²) | 潤滑石鹸の保持、金型保護 |
| 摺動部品(耐摩耗) | 極厚 (10.0 g/m²以上) | オイル保持、焼き付き防止 |
参考リンク:日本パーカライジング|パーカー豆知識「表面に機能」皮膜の役割
最後に、現場で発生しやすい膜厚に関連するトラブルと、その独自視点での対策について解説します。教科書通りの管理をしていても、思わぬ落とし穴で「膜厚がつかない」「粉を吹く」といった現象が起きることがあります。
トラブル1:パウダリング(粉吹き現象)
処理後の表面を手で触ると、白い粉が付着することがあります。
トラブル2:膜厚がつかない(スケ、ブルーカラー)
狙った膜厚が出ず、青っぽく光る薄い皮膜にしかならない現象です。
トラブル3:膜厚のバラつきと液老化
「朝一番の製品は膜厚が出ているのに、夕方の製品は薄い」というケースです。
リン酸塩皮膜処理は、単に「液に漬ければいい」というものではありません。素材の履歴、液の状態、そして求められる機能(塗装か潤滑か)によって、狙うべき「膜厚」の正解は変わります。現場管理者は、数値上のミクロンにとらわれず、実際の結晶の状態と付着量全体を俯瞰して管理する視点を持つことが、品質安定への近道です。
参考リンク:ケミコート|リン酸処理のトラブル要因とメカニズムの解説

LVINAS(ルビナス)「Φ12」「内径11.1mm」軸Cトメワ10個 国産スナップリング 軸用リング【バネ用鋼材/リン酸塩皮膜処理】硬度「HRC44-53」(Φ12)