リン酸塩皮膜処理の膜厚と測定の規格や種類の違いの解説

リン酸塩皮膜処理の膜厚と測定の規格や種類の違いの解説

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リン酸塩皮膜処理の膜厚

リン酸塩皮膜処理の膜厚のポイント
⚖️
膜厚よりも「皮膜重量」

多孔質な結晶のため、μm単位の厚みよりg/m²の重量管理が一般的で正確です。

📏
種類による厚みの違い

リン酸亜鉛は薄く(塗装下地)、リン酸マンガンは厚い(耐摩耗・潤滑)のが特徴です。

⚠️
厚ければ良いわけではない

過剰な膜厚は塗膜の剥離や「パウダリング」の原因となり、密着性を損ないます。

リン酸塩皮膜処理の膜厚と皮膜重量の重要な関係性

 

建築や製造の現場で「リン酸塩皮膜処理の膜厚は何ミクロンつけばいいのか?」という質問は頻繁に挙がりますが、実はこの問いには少し専門的な補足が必要です。リン酸塩皮膜処理において、「膜厚(μm)」という指標は、実務上あまり優先されません。代わりに「皮膜重量(g/m²)」が世界的な管理基準として採用されています。これには明確な物理的な理由があります。


  • 多孔質の結晶構造:リン酸塩皮膜は、メッキのように均一な金属の層が乗るのではなく、素地の鉄と反応して不溶性の結晶が表面に析出・成長する仕組みです 。この結晶は微細な凹凸を持つ多孔質(スポンジ状)の構造をしているため、マイクロメーターや電磁膜厚計で一点を測定しても、測定子の当たり方によって数値が大きくバラついてしまいます。
    参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/61/3/61_3_216/_pdf


  • 比重の不確定さ:通常の金属被覆であれば密度(比重)が一定ですが、リン酸塩結晶は空隙を含んでいるため、見かけの密度が変動します。そのため、厚みを正確に測るよりも、単位面積あたりに何グラムの結晶が付着しているか(付着量)を管理する方が、防錆力や塗装性能との相関が高くなるのです 。
    参考)https://www.mod.go.jp/atla/nds/G/G8103B.pdf

一般的に、皮膜重量から膜厚を概算する場合、以下の式が経験則として用いられることがあります。あくまで目安ですが、現場での感覚値として知っておくと便利です。

皮膜の種類 皮膜重量 (g/m²) 概算膜厚 (μm) 主な用途
リン酸鉄 0.2 ~ 0.8 0.1 ~ 0.5 軽度の防錆、屋内塗装下地
リン酸亜鉛 1.5 ~ 5.0 1 ~ 3 塗装下地、塑性加工
リン酸マンガン 5.0 ~ 15.0 5 ~ 15 耐摩耗、摺動部潤滑


このように、種類によって桁が変わるほどの差があります。現場で「膜厚管理」と言われた場合は、まず図面や仕様書で「g/m²(付着量)」の指定がないかを確認することが、トラブル回避の第一歩です。
参考リンク:表面技術|リン酸塩皮膜処理の皮膜重量と特性に関する詳細な技術論文

リン酸塩皮膜処理の種類による膜厚の違いとリン酸マンガン

リン酸塩皮膜処理にはいくつかの種類があり、それぞれ生成される結晶の大きさや厚みが全く異なります。特に建築金物や機械部品でよく使われる**「リン酸亜鉛(パーカー処理の代表格)」と、黒染めに近い外観を持つ「リン酸マンガン(リューブライト)」**の違いを理解しておくことは非常に重要です 。
参考)https://www.chemicoat.co.jp/column/column-268/

1. リン酸亜鉛処理(薄膜・緻密)
リン酸亜鉛処理は、主に塗装の下地として利用されます。この皮膜は、微細な「ホパイト(Hopeite)」や「フォスフォフィライト(Phosphophyllite)」と呼ばれる結晶で構成されています。


  • 膜厚の特徴:結晶が非常に細かく緻密に並ぶため、膜厚は比較的薄くなります(1~3μm程度)。

  • なぜ薄い方がいいのか:塗装下地として使う場合、皮膜が厚すぎると、曲げや衝撃を受けた際に結晶そのものが脆性破壊(層間剥離)を起こし、塗膜ごと剥がれてしまうリスクがあるためです 。したがって、塗装用途では「薄く、かつ緻密であること」が良質な皮膜の条件とされます。​

2. リン酸マンガン処理(厚膜・粗大)
一方、リン酸マンガン処理は、主にギアやピストン、建築用のボルトなどに使われます。主成分は「ヒューリオライト(Hureaulite)」という硬度の高い結晶です。


  • 膜厚の特徴:結晶粒子が大きく粗いため、膜厚は厚くなります(5~15μm、場合によっては20μm近くになることも)。

  • 厚みのメリット:この厚みと粗い表面が「油溜まり(オイルポケット)」の役割を果たし、潤滑油を強力に保持します。これにより、金属同士が擦れ合う摺動部での焼き付き防止や、初期なじみの向上に絶大な効果を発揮します 。
    参考)リン酸亜鉛皮膜処理・リン酸マンガン皮膜処理・リン酸塩皮膜処理…

現場で「部品の寸法公差が厳しい」という場合は特に注意が必要です。リン酸マンガン処理を行うと、片側で約10μm、直径で約20μm寸法が増加することになります。「たかが表面処理」と考えて嵌め合い公差をギリギリに設計していると、処理後に「ボルトが入らない」「軸が通らない」という事故が起きます 。設計段階でこの「膜厚分」を見込んでおくこと(逃げを作ること)が、建築・機械設計者の腕の見せ所です。​
参考リンク:タマ化工|化成処理における種類の違いとリン酸マンガンの特徴解説

リン酸塩皮膜処理の膜厚をJIS規格に基づき測定する方法

「膜厚を測ってほしい」という要求があった場合、正確にはどのように測定すればよいのでしょうか。公的な基準である**JIS規格日本産業規格)**に基づいた測定方法を知っておくことで、客先との品質問答に強くなれます。
リン酸塩皮膜の試験方法は、**JIS K 3151「塗装下地用りん酸塩化成処理剤」**などに規定されています 。ここでは、最も信頼性が高いとされる「重量法(質量法)」について解説します。
参考)JISK3151:1996 塗装下地用りん酸塩化成処理剤

【重要】重量法による測定手順(JIS準拠)
これは、処理された皮膜を薬品で溶かして除去(剥離)し、その前後の重量差から皮膜量を算出する方法です。非破壊検査ではありませんが、最も正確です。


  1. 初期重量の測定 ($W_1$):リン酸塩皮膜処理済みの試験片(または製品そのもの)の重量を、精密天秤で測ります。

  2. 皮膜の剥離:規定の剥離液(一般的には、重クロム酸アンモニウム水溶液や、水酸化ナトリウム水溶液などが使用されます)に浸漬し、皮膜だけを完全に溶解除去します。素地(鉄)を溶かさないように注意が必要です。

  3. 剥離後重量の測定 ($W_2$):乾燥させた後、再度重量を測ります。

  4. 計算:以下の式で算出します。
    皮膜重量(g/m2)=W1(g)W2(g)表面積(m2)皮膜重量(g/m^2) = \frac{W_1(g) - W_2(g)}{表面積(m^2)}皮膜重量(g/m2)=表面積(m2)W1(g)−W2(g)


【簡易】電磁式膜厚計による測定
現場で破壊検査ができない場合、電磁膜厚計を使用することもありますが、以下の点に注意が必要です 。
参考)JISH8501:1999 めっきの厚さ試験方法


  • ゼロ点調整の難しさ:素地表面の粗さ(ショットブラスト後など)の影響を強く受けます。

  • 磁気特性の影響:リン酸塩皮膜自体は非磁性ですが、結晶の隙間からセンサーが素地を拾ってしまい、実際の結晶の頂点までの高さよりも低い値が出ることがあります。

  • あくまで参考値:電磁膜厚計で「5μm」と出ても、実際の保護能力を示す付着量とは必ずしも一致しません。報告書には「電磁膜厚計による参考値」と注記するのが安全です。

JIS規格では、皮膜の品質判定として「外観」「付着量」「耐食性(塩水噴霧試験)」がセットで評価されることが一般的です。膜厚(付着量)単体の数値にこだわるだけでなく、最終的に求められる「錆びないこと」「塗装が剥がれないこと」を満たしているかどうかが重要です。
参考リンク:JIS K 3151|塗装下地用りん酸塩化成処理剤の規格詳細

リン酸塩皮膜処理の膜厚が塗装や潤滑に与える影響

膜厚(皮膜重量)は、製品の最終的なパフォーマンスに直結します。ここでは「塗装」と「潤滑」という2大用途において、膜厚がどのように影響するかを深掘りします。
塗装における膜厚の影響:密着性のパラドックス
「塗装の下地なのだから、皮膜は厚ければ厚いほど錆びにくいだろう」と考えるのは間違いです。


  • 厚すぎる場合(過剰皮膜):リン酸亜鉛皮膜が厚くなりすぎると、結晶が肥大化します。塗装後に衝撃が加わると、塗膜と皮膜の界面ではなく、**皮膜の結晶内部で破壊(凝集破壊)**が起こりやすくなります 。これを「二次密着不良」と呼びます。特に、自動車ボディや家電製品のような薄板板金塗装では、皮膜重量を2~3g/m²程度に厳密に抑えることで、加工性と密着性を確保しています。​

  • 薄すぎる場合(付着量不足):逆に薄すぎると、素地の鉄が露出してしまい(スケ被膜)、そこから腐食が始まります。また、塗料の濡れ性が悪くなり、塗装ムラの原因にもなります。

潤滑・摺動における膜厚の影響:保持力の確保
摺動部品に使われるリン酸マンガン処理では、逆に「ある程度の厚み」が正義となります。


  • オイルの保持:膜厚がある(結晶が深い)ということは、それだけ潤滑油を抱え込む容量(タンク)が大きいことを意味します。高荷重がかかるギアやカムシャフトでは、初期のなじみ運転中にこの皮膜が徐々に削れながら、相手金属との接触面を滑らかに整えていきます。

  • スカッフィング防止:金属同士が直接触れると溶着(焼き付き)が起きますが、厚いリン酸塩皮膜が「介在物」として間に挟まることで、直接接触を防ぎます 。この用途では、膜厚が5μm以下だとすぐに摩耗して効果を失ってしまうため、十分な膜厚(通常7μm以上)が必要とされます。
    参考)化成処理におけるリン酸塩処理とは?種類別に解説 - タマ化工…

用途 求められる膜厚傾向 理由
カチオン電着塗装下地 極薄 (1.5~2.5 g/m²) 通電性確保、平滑性、二次密着性
溶剤塗装・粉体塗装下地 中厚 (2.0~4.0 g/m²) 防錆力と密着性のバランス
塑性加工(抽伸) 厚め (5.0~10.0 g/m²) 潤滑石鹸の保持、金型保護
摺動部品(耐摩耗) 極厚 (10.0 g/m²以上) オイル保持、焼き付き防止


参考リンク:日本パーカライジング|パーカー豆知識「表面に機能」皮膜の役割

リン酸塩皮膜処理の膜厚管理における化成処理のトラブルと対策

最後に、現場で発生しやすい膜厚に関連するトラブルと、その独自視点での対策について解説します。教科書通りの管理をしていても、思わぬ落とし穴で「膜厚がつかない」「粉を吹く」といった現象が起きることがあります。
トラブル1:パウダリング(粉吹き現象)
処理後の表面を手で触ると、白い粉が付着することがあります。


  • 原因:皮膜が厚く付きすぎている、または反応が急激すぎて表面に浮いた結晶(スラッジ)が再付着している場合に起こります。

  • 膜厚との関係:必要以上に処理時間を長くしたり、処理液の温度が高すぎたりすると、結晶が異常成長して脆くなります。

  • 対策:処理時間を短縮する、または「表面調整」の工程を見直すことが有効です。チタンコロイドなどを含む表面調整剤の管理が不十分だと、結晶が微細化せず粗大化してしまいます。

トラブル2:膜厚がつかない(スケ、ブルーカラー)
狙った膜厚が出ず、青っぽく光る薄い皮膜にしかならない現象です。


  • 原因:脱脂不良(油が残っている)、またはエッチング不足(酸洗いが弱い)が考えられます。また、高張力鋼(ハイテン材)や焼き入れ材などの「硬い材料」は、表面が不活性化しており、化学反応が起きにくいため膜厚がつきにくい傾向があります 。
    参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/61/3/61_3_239/_pdf


  • 独自の視点:実は「加工硬化」も影響します。冷間加工で強くプレスされた部分は、結晶核の生成が阻害されやすいのです。

  • 対策:難素材専用の処理剤(促進剤入り)を使用するか、サンドブラスト等の物理的な表面荒らしを行って活性化させることで、正常な膜厚を確保できます。

トラブル3:膜厚のバラつきと液老化
「朝一番の製品は膜厚が出ているのに、夕方の製品は薄い」というケースです。


  • 原因:処理液中の成分バランス(全酸度と遊離酸度の比率=酸比)の崩れや、鉄分(Feイオン)の蓄積が原因です 。処理を続けると液中に鉄分が溶け出し、これが一定量を超えると良質な皮膜形成を阻害します。​

  • 対策:定期的な液分析と補給はもちろんですが、タンクの底に溜まる「スラッジ(化学反応の副産物)」をこまめに除去することが、安定した膜厚維持の隠れた重要ポイントです。

リン酸塩皮膜処理は、単に「液に漬ければいい」というものではありません。素材の履歴、液の状態、そして求められる機能(塗装か潤滑か)によって、狙うべき「膜厚」の正解は変わります。現場管理者は、数値上のミクロンにとらわれず、実際の結晶の状態と付着量全体を俯瞰して管理する視点を持つことが、品質安定への近道です。
参考リンク:ケミコート|リン酸処理のトラブル要因とメカニズムの解説

 

 


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