

目視でOKと思ったコンクリートのひび割れ、実は内部で100nm単位の劣化が進行していて補修費が数百万円に膨らむケースがあります。
走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)は、電子線を試料の表面に照射し、そこから発生する二次電子や反射電子を検出することで、試料表面の形態や微細構造を高分解能で観察する装置です。「走査型」という名前は、細く絞った電子線で試料表面を点ごとに「なぞる(走査する)」操作に由来しています。
光学顕微鏡が可視光を使うのに対し、SEMは電子線という非常に波長の短い波を利用します。可視光の波長はおよそ400〜700nm(ナノメートル)ですが、電子線の波長は条件によっては0.1nm以下まで短くなります。これはA4用紙1枚の厚さ(約100μm)を100万分割した程度の細かさであり、光では原理的に見えないものをSEMは映し出せるということです。
実用的な分解能で言うと、一般的なSEMで0.5〜4nm程度、高性能な電界放出型(FE-SEM)では1.2nm以下を実現します。光学顕微鏡の分解能限界がおよそ200nmであることと比べると、100倍以上の細かさで観察できる計算になります。これは驚くべき性能です。
SEMは1965年に英国のCambridge Instrument社が初めて商用機を製品化しました。現在では材料科学・半導体・生物学・地球科学など幅広い分野で使われており、建築・土木分野においてもコンクリートや金属、繊維系材料の評価に欠かせないツールとなっています。
| 顕微鏡の種類 | 使用する波 | 分解能の目安 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|
| 光学顕微鏡(OM) | 可視光(400〜700nm) | 約200nm | 色情報あり、試料前処理が少ない |
| 走査型電子顕微鏡(SEM) | 電子線(〜数nm) | 0.5〜4nm | 表面3D像、元素分析対応 |
| 透過型電子顕微鏡(TEM) | 電子線(〜0.1nm) | 0.1〜0.3nm | 内部構造観察、試料薄片化が必要 |
SEMとTEMはどちらも電子線を使いますが、目的が異なります。SEMは試料表面から出てくる電子を見るのに対し、TEMは厚さ100nm以下に薄く切った試料を電子線が「突き抜けた」後の電子を見ます。つまり、表面形態・組織観察に向くのがSEM、内部の原子配列観察に向くのがTEMという整理です。
建築業の現場で材料診断に関わる方がSEMを活用する場面はコンクリートや金属などの表面・断面観察がほとんどであるため、TEMよりもSEMの方が使用頻度が高いと言えます。SEMが基本です。
参考:日本分析機器工業会「走査電子顕微鏡(SEM)の原理と応用」 — SEMの基本構造・電子源の種類・信号電子の種類について詳しく解説されており、初めて学ぶ方にも読みやすい権威ある解説です。
SEMがどのような原理で動いているかを順を追って理解しておくことは、装置の結果を正しく読み解くうえで大切です。大まかな流れは「電子線の発生→収束→走査→信号検出→画像表示」の5ステップです。
電子線の発生(電子銃)
まず装置上部にある「電子銃」から電子線が発射されます。電子銃にはいくつかの種類があり、代表的なものをまとめると以下の通りです。
電子線の収束(電子レンズ)
放出された電子は「集束レンズ」と「対物レンズ」という電磁石式のレンズで細く絞り込まれます。光学顕微鏡のガラスレンズに相当する役割ですが、電子は磁界で曲げられる性質があるため、コイルと磁路で構成された電磁石が使われます。試料上で1〜10nm程度の細い電子スポット(プローブ)に収束させることが目標です。焦点深度が深いのもSEMの特徴です。
電子線の走査(走査コイル)
収束した電子スポットは「走査コイル」によって試料表面を規則的になぞります。これが「走査」の本体です。テレビのブラウン管が電子線を左右・上下に動かして画面を描くのと同じ仕組みと考えると想像しやすいです。
信号の検出と画像形成
電子スポットが試料の各点に当たると、そこから複数の信号が発生します。主なものは「二次電子(SE)」と「反射電子(BSE)」です。二次電子はエネルギーが50eV以下の低エネルギー電子で、試料表面のごく浅い領域(数nm程度)から放出されます。試料表面の凹凸に敏感であり、表面形態の観察に最適です。一方、反射電子はエネルギーの高い電子で、試料を構成する原子番号の大小によって発生強度が変わります。重い元素を含む部分は明るく、軽い元素を含む部分は暗く映るため、材料の組成分布の観察に向いています。
検出器で得た信号を各点の「明るさ」として画面上に並べることで、SEMの拡大像が完成します。電子スポットの動きと表示画面の走査が同期しているため、倍率を上げたい場合は試料上での走査幅を小さくするだけです。つまり試料を動かさず、電子線のスキャン幅を変えるだけで倍率を自在に変えられます。これは操作が容易ということです。
参考:松定プレシジョン「SEMの基礎知識 走査電子顕微鏡」 — 電子銃の種類・対物レンズ方式・加速電圧と分解能の関係が図表とともに整理されており、技術者向けの深い内容まで網羅しています。
SEMを使う上で見落とされがちな重要ポイントが「真空環境」と「試料前処理」です。この2点を理解していないと、正しい観察結果を得られないどころか、装置を汚染してしまうリスクがあります。
なぜ真空が必要なのか
電子は非常に軽い粒子なので、空気中の気体分子と衝突すると散乱・吸収されてしまい、試料に到達できなくなります。そのためSEMの鏡体内部は真空ポンプで排気され、10-2〜10-3Paという低圧状態(大気圧の約10万分の1〜100万分の1)に保たれます。
この真空条件が、建築材料の試料を入れる際に問題となることがあります。特にコンクリートは内部に水分を含んでいることが多く、そのまま真空引きすると水分が急激に蒸発し、試料の内部構造を破壊したり装置内を汚染したりします。
建築材料の前処理の流れ
コンクリート試料を観察する場合、一般的に以下のような前処理が必要です。
炭素蒸着はEDS(元素分析)を同時に行う場合に適しており、金コーティングは二次電子像の観察品質向上に有効です。目的に応じてコーティング材料を使い分けることが基本です。
なお、近年では「低真空SEM(環境SEM)」も普及してきており、試料室を数十〜数百Paの低真空(完全な真空ではなく少量の気体を残した状態)にすることで、導電性コーティングなしでも非導電性試料の観察ができるようになっています。湿潤なコンクリート試料や有機系建材を観察する際に前処理の負担を大きく削減できるため、建築分野での活用が期待されています。これは使えそうです。
参考:株式会社日産アーク「走査電子顕微鏡(SEM)をわかりやすく解説」 — SEMの仕組みと観察倍率・用途、低真空機能についても実務目線でまとめられています。
建築業に携わる方にとって、SEMがコンクリートに対してどのような情報を引き出せるのかを知ることは、劣化診断や補修判断の精度向上に直結します。SEMでコンクリートを観察した際に確認できる主な組織・生成物は次の通りです。
反射電子像(BSE像)を用いると、画像の明暗によってセメントペースト内の未水和セメント粒子(明るい)・水和物(中程度の明るさ)・空隙(暗い)を直感的に識別できます。この画像をデジタル画像解析にかけることで、水セメント比(W/C)の推定や空隙率の定量化も可能です。
鹿島建設技術研究所の報告によると、SEMの反射電子像の画像解析によってコンクリートの水セメント比を非常に精度高く推定できることが確認されています。設計仕様と実際の配合が一致しているかを竣工後に検証する手段として、実構造物から採取したコアにSEM分析を適用する取り組みが実用化されています。これは知っておきたい情報です。
SEMは形態観察だけにとどまりません。エネルギー分散型X線分析(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を組み合わせることで、観察している場所の元素組成をμm(マイクロメートル)オーダーで特定できます。これが建築材料の劣化原因究明に強力な武器になります。
EDSの仕組みをわかりやすく説明すると
電子線が試料に照射されると、試料原子の内殻電子が弾き飛ばされ、その空席を外殻電子が埋める際に「特性X線」が放出されます。特性X線のエネルギーは元素ごとに固有の値を持つため、これを検出・分析すると「この場所にどの元素が何%あるか」がわかります。元素分析が条件です。
建築現場での具体的な活用シーン
特に建築業従事者が現場判断を下す際、「目視でひび割れが確認できるが原因がわからない」という状況は少なくありません。SEM-EDSを活用すれば、単なる乾燥収縮なのかASRなのか、あるいは硫酸塩攻撃なのかを微細組織と元素情報の両面から科学的に切り分けられます。これにより、補修仕様の選定ミスによる手戻り工事リスクを大幅に低減することが可能です。
補修設計を外注する前に、採取したコアを建設系の試験機関や大学・公設試験場のSEM-EDS分析に出すことを検討してみてください。費用は試験機関によって異なりますが、1試料あたり数万円〜10万円程度の分析で補修設計の根拠となるデータが得られるとすれば、数百万円規模の補修費の妥当性を裏付けられるという意味でコストパフォーマンスは高いと言えます。
参考:国土交通省 社会資本整備審議会建築分科会資料 — SEM-EDSによるASR確認事例が実際の建築物への適用として報告されており、診断の法的・行政的根拠を確認できます。

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