

建築基準法に基づくシックハウス対策において、実務者が最も頻繁に確認を求められるのが内装仕上げの制限です。平成15年(2003年)の法改正以来、クロルピリホスの使用禁止とともに、ホルムアルデヒドを発散する建材の使用制限が厳格に定められました。特に「居室」の内装仕上げについては、JIS(日本産業規格)やJAS(日本農林規格)によって区分された等級に基づき、使用可能な面積が厳密に計算されなければなりません。
国土交通省:建築基準法に基づくシックハウス対策について(内装仕上げの制限等の詳細)
まず、基本となるのが建材の等級区分です。実務では「F☆☆☆☆(エフフォースター)」が標準仕様となっていますが、デザイン性を重視した輸入壁紙や特定の機能性建材を使用する場合、下位等級の建材を使用せざるを得ないケースがあります。
ここで重要となるのが、制限を受ける「内装」の定義です。これは壁、床、天井の室内に面する部分を指しますが、幅木、回り縁、窓枠、窓台などの「線状」の部材は規制の対象外となることは、意外と忘れられがちな緩和規定の一つです。また、ドアやふすまなどの建具も、原則として規制対象外となります(ただし、建具自体が主要な壁面を構成する場合などの解釈は特定行政庁の運用指針を確認する必要があります)。
さらに、「告示対象外建材」の活用も設計の自由度を高めるポイントです。以下の素材はホルムアルデヒドの発散がほとんど認められないため、制限なく使用可能です。
国土交通省:告示対象外で規制を受けない建材の例とその扱い
計算においては、F☆☆☆以下の建材を使用する場合、以下の式で算出した面積以内で設計する必要があります。
N=S×K
ここで、Nは使用可能な建材の面積、Sは居室の床面積、Kは換気回数や建材の等級に応じた係数です。一般的に機械換気設備を設ける場合、F☆☆☆であれば床面積の2倍までとなりますが、これは「壁と天井の合計面積」と比較すると意外と少ない数値になることがあるため注意が必要です。
換気計画には以下の3つの方式がありますが、住宅では第3種換気が一般的です。
日本塗料工業会:建築基準法のシックハウス対策(換気回数計算の概要)
また、換気経路の設計も重要です。居室に給気口を設け、トイレや洗面所の換気扇から排気する場合、その間のドアには「アンダーカット(1cm程度の隙間)」や「ガラリ」を設け、通気経路を確保する必要があります。この経路が遮断されると、建築基準法上の「有効な換気」として認められません。確認申請時には、この換気経路図の添付が必須となります。
建築基準法において「居室」とは、「居住、執務、作業、集会、娯楽その他これらに類する目的のために継続的に使用する室」と定義されています。一方で、「納戸(Nando)」や「サービスルーム」「ウォークインクローゼット(WIC)」は、採光不足などの理由で居室として扱われないことが一般的です。しかし、シックハウス対策(換気・内装制限)においては、これらの非居室も規制の対象となる場合があるという点に最大の注意が必要です。
SUUMO住宅用語大辞典:シックハウス規制における居室の範囲とは
具体的には、以下のケースで納戸等は規制対象となります。
逆に、完全に密閉された(気密性の高いドアで区切られ、アンダーカット等のない)「物置」としての納戸であれば、換気設備の設置義務は免除される場合があります。しかし、現実的な住宅設計において、空気の淀みを作ることはカビや結露の原因となるため、法的な義務の有無にかかわらず、納戸にも換気経路を設ける(=規制対象として扱う)ことが推奨されます。
実務上のトラブル例として、リフォーム時に「単なる物置だから」と判断して内装制限を無視した輸入クロス(F等級なし)を納戸に施工したところ、後の検査やリノベーションで換気経路の一部であることが判明し、違法建築扱いになるケースがあります。確認申請図面上の室名が「納戸」であっても、空気の流れ(換気計画図)においてどう扱われているかが、法的判断の基準となります。
多くの建築従事者が見落としがちなのが、「天井裏」「床下」「壁内」などの隠蔽部分に対するシックハウス規制です。建築基準法では、居室等の内装だけでなく、これら「天井裏等」にある下地材についても規制を設けています。
国土交通省:建築基準法関係シックハウス対策 技術的基準(天井裏等の措置について)
原則として、天井裏等にある建材(野縁、胴縁、合板など)についても、F☆☆☆以上の建材を使用する必要があります(F☆☆以下は使用禁止)。F☆☆☆☆であれば問題ありませんが、構造用合板などでF☆☆☆を使用する場合や、断熱材などで等級が不明確な場合、以下のいずれかの措置を講じなければなりません。
特に注意が必要なのが、ダウンライトやコンセントボックスの施工です。気密層を設けても、これらの開口部から天井裏の空気が室内に流入するとみなされれば、規制違反となる可能性があります。そのため、高気密対応のスイッチボックスを使用したり、ダウンライト回りに気密カバーを施工したりといった細部のおさまりが重要になります。
また、ここでも「告示対象外建材」の知識が役立ちます。例えば、天井裏の下地材に無垢材(スギやヒノキの荒材など、接着剤不使用のもの)を使用すれば、そもそもホルムアルデヒド発散建材に該当しないため、気密層の施工精度に依存せずとも法適合させることが可能です。コスト調整の際、安価な合板下地を使用するために高価な気密施工を行うより、告示対象外の下地材を採用する方が、トータルコストと施工リスクを低減できる場合があります。
これらの「見えない部分」の規制は、完了検査時には目視できない部分ですが、居住者の健康被害(シックハウス症候群)に直結する重要な要素です。「見えないから良い」ではなく、設計図書における「特記仕様書」に、天井裏等の措置(建材の等級または気密措置の方法)を明記し、現場監理で確実にチェックすることがプロフェッショナルとしての責務といえます。