

1トン未満なら届出不要と思っているなら、あなたは今年中に行政指導を受けるかもしれません。
PRTR制度(化学物質排出移動量届出制度)は、化学物質の環境への排出量や廃棄物への移動量を事業者が自ら把握し、国に届け出る仕組みです。根拠法令は「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(化管法)で、毎年4月1日から6月30日の間に前年度分を届け出る義務があります。
多くの建築業者が「1トン未満なら届出不要」と認識しています。この認識は完全に間違いではありません。ただし、正確ではありません。
PRTR制度の届出が必要かどうかは、次の3つの条件をすべて確認しなければ判断できません。
つまり、1トン未満というのは「取扱量要件」の一部に過ぎません。逆に言えば、1トン未満であれば取扱量の要件は満たさないため、業種・従業員数の要件を満たしていても届出不要となります。これが基本です。
しかし、「1トン未満かどうか」の計算方法に誤解があると、実際には1トン以上取り扱っているのに1トン未満と思い込んでしまうケースが生じます。この計算ミスが、建築業者における最大のリスクです。
たとえばトルエンを含む塗料を複数の現場で使用している場合、各現場での使用量ではなく、事業者全体(全現場合計)での年間取扱量で判断します。現場ごとに少量であっても、年間累計が1トンを超えると届出義務が発生します。
「現場ごとに計算すればいい」という考えは間違いです。
化管法の届出単位は「事業所単位」ですが、建築業の場合は移動しながら工事を行うため、「個々の工事現場は一般に事業所に該当しない」とされており、本社や営業所ごとに集計する形になります。この点も誤解が多いポイントです。
参考:化管法(PRTR制度・SDS制度)に関する解説ページ(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kakanhou/index.html
建築工事では、日常的に多くの化学物質を使用します。これらの中に第一種指定化学物質が含まれているケースは珍しくありません。
代表的な建築業での使用場面と対象物質を以下に整理します。
| 使用場面 | 代表的な製品 | 含まれる主な対象物質 |
|---|---|---|
| 外壁・内装塗装 | 油性塗料、防錆塗料 | トルエン、キシレン、エチルベンゼン |
| 接着・シーリング | シーリング材、ボンド系接着剤 | トルエン、ノルマルヘキサン |
| 防水工事 | ウレタン防水材、アスファルト系材料 | エチルベンゼン、スチレン |
| 解体・改修工事 | 洗浄剤、剥離剤 | ジクロロメタン、トリクロロエチレン |
取扱量の計算は「純物質ベース」で行います。たとえばトルエンを20%含む塗料を5トン使用した場合、トルエンの取扱量は1トンとなり、届出要件の閾値に到達します。これは現実的に起こり得る数字です。
計算方法が重要です。
多くの建築業者が見落としているのは「複数製品の合算」です。トルエンが含まれる塗料Aで0.4トン、接着剤Bで0.3トン、防水材Cで0.4トン使用した場合、合計は1.1トンとなり届出義務が発生します。それぞれ単体では1トン未満でも、合計では超過します。
合計が原則です。
SDS(安全データシート)には各製品に含まれる化学物質の含有率が記載されています。建築業者は仕入れた資材のSDSを保管する義務がありますので、そのSDSを活用して計算することが可能です。SDSの取得・確認を現場担当者に徹底させることが、PRTR管理の出発点となります。
なお、特定第一種指定化学物質(ダイオキシン類など)については閾値が0.5トンと半分になります。建築解体工事では廃棄物焼却に関連するケースもあり得るため、解体業を兼業している事業者は特に注意が必要です。
参考:PRTR制度のしくみと対象化学物質リスト(環境省)
https://www.env.go.jp/chemi/prtr/about/index.html
届出要否を正確に判断するためには、感覚や慣習ではなくステップごとの確認が必要です。以下のフローで判断してください。
【STEP1】業種の確認
自社の日本標準産業分類上の業種が、化管法施行令の別表第2に掲載されているかを確認します。建設業の場合、「総合工事業(0711等)」「職別工事業(塗装工事業・防水工事業など)」「設備工事業(電気工事業など)」が対象に含まれる場合があります。
【STEP2】従業員数の確認
常用雇用者(正社員+常時雇用パート)が21人以上かどうかを確認します。20人以下であれば届出不要です。ただし、親会社・グループ会社と実態上一体と判断されるケースでは注意が必要です。
【STEP3】取扱物質の特定
仕入れた資材・薬品のSDSを確認し、第一種指定化学物質(全515物質、2023年改正後)が含まれているかを確認します。
【STEP4】取扱量の計算(ここが最重要)
物質ごとに年間取扱量を純物質ベースで合算します。第一種指定化学物質は1トン以上、特定第一種指定化学物質は0.5トン以上で届出が必要になります。
【STEP5】排出量・移動量の推計
STEP4で閾値を超えた物質については、大気・水域・土壌への排出量と廃棄物への移動量を推計します。環境省が提供する排出係数を使って計算します。
フローは5ステップです。
このうちSTEP1で「建設業は対象外」と早合点するケースが多く見られます。確かに「建設業の大半は対象外」という説明をするサイトもありますが、業種によっては対象となることがあります。自社の産業分類コードを正確に把握した上で判断することが重要です。
判断に迷ったときの相談窓口として、都道府県の環境部局や経済産業局が相談を受け付けています。「うちは届出不要のはず」という思い込みで放置するより、1本電話で確認するほうが確実です。
参考:PRTR届出の要否判断・手続き説明(経済産業省 産業保安グループ)
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kakanhou/prtr/prtr.html
「どうせ罰則はないだろう」と思っている建築業者は少なくありません。厳しいところですね。
化管法には明確な罰則規定があります。届出義務に違反した場合、20万円以下の罰金が科せられる可能性があります(化管法第35条)。また、虚偽の届出を行った場合も同様に罰則の対象となります。
罰金だけが問題ではありません。
建設業では、建設業許可の更新・新規申請において法令遵守の実績が確認されます。化管法違反が行政処分につながった場合、建設業法上の「誠実性」の要件に影響する可能性があります。直接的な許可取消には至らないケースが多いものの、許可行政庁への説明対応が必要になる場合があります。
さらに近年は、発注者(特に公共工事)によるCSR調査・グリーン調達への対応が厳しくなっています。PRTR届出を適切に行っているかどうかを取引条件に含める発注者も増えており、届出漏れが取引機会の喪失につながるリスクがあります。これは直接的な損害です。
2023年の化管法改正では対象物質が見直され、新たに追加された物質があります。これまで「うちは対象物質を使っていない」と判断していた事業者でも、改正後は対象になっている可能性があります。改正内容の確認は必須です。
対応の優先順位として、まず「自社で使用している資材のSDS一覧」を整備することをお勧めします。SDS管理ソフトや化学物質管理支援ツールを活用することで、PRTR計算の手間を大幅に削減できます。たとえば「NITE(製品評価技術基盤機構)」が提供する化学物質総合情報提供システム(J-CHECK)は無料で活用できます。
参考:化学物質総合情報提供システム(NITE J-CHECK)
https://www.nite.go.jp/chem/jcheck/top.action
新築工事に比べ、改修工事や解体工事での化学物質管理は見落とされがちです。意外ですね。
改修工事では、既存建物に塗布されている旧塗膜(鉛系塗料、クロム酸塩系防錆塗料など)の処理が発生します。これらを削り取る作業で発生する粉じんや廃棄物には、PRTR対象物質が含まれることがあります。「廃棄物への移動量」としてPRTR集計に含める必要があります。
廃棄物の移動量も計上が必要です。
特に注意が必要なのは、旧塗膜に六価クロム化合物が含まれていた場合です。六価クロム化合物は特定第一種指定化学物質に該当し、閾値が0.5トンと低くなっています。解体量が多い場合、この0.5トンを超えるケースも十分考えられます。
また、改修工事でのシーリング材打ち替えでは、旧シーリング材の除去と新規充填の両方で化学物質が発生・使用されます。プロジェクト単位で集計するのではなく、事業所(本社・営業所)単位で年間を通じて合算する必要があります。
解体工事では、アスベスト含有建材の除去が伴う場合もあります。アスベスト(石綿)はPRTR対象物質であり、廃棄物への移動量として計上が必要です。「アスベスト除去は別の法律で対応しているから」という理由でPRTR集計から除外するのは誤りです。別の法律への対応とPRTR届出は並行して行うものです。
こうした見落としを防ぐために有効なのが、工事種別ごとのチェックシートを整備することです。工事受注時に「改修工事か解体工事か」「旧塗膜の種類は何か」「使用するシーリング材・塗料のSDS確認済みか」を確認する仕組みを作ることで、年度末の集計作業が格段にスムーズになります。
こうした管理体制の構築については、環境省が公開している「化学物質管理マニュアル」が参考になります。事業者向けに排出量の推計方法が詳しく解説されており、建設業向けの係数や計算例も掲載されています。
参考:事業者向け化学物質排出量等算出マニュアル(環境省)
https://www.env.go.jp/chemi/prtr/manual/index.html