

建築現場で扱うアスベスト含有建材の「大半はロッテルダム条約の対象外」です。
ロッテルダム条約(正式名称:国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約)は、1998年9月10日にオランダのロッテルダムで採択され、2004年2月24日に正式発効した国際条約です。日本は同年9月13日より国内効力が発生しています。
この条約が生まれた背景には、先進国でとっくに製造・使用が禁止された有害化学物質が、規制の整備が遅れている開発途上国へと輸出され続け、深刻な健康被害や環境汚染を引き起こしているという問題がありました。「Prior Informed Consent(事前のかつ情報に基づく同意)」の頭文字をとって「PIC条約」とも呼ばれます。
つまり、原則は「輸出国は輸入国の同意なしに有害物質を送り込んではいけない」という仕組みです。
建築業従事者にとって身近に感じにくい条約かもしれませんが、アスベスト含有建材の解体廃棄物、PCBを含む古い電気設備、蛍光灯などの水銀含有製品は、いずれも条約の対象物質と重なりうる領域です。近年は海外への廃材転売ルートが増えており、知らずに輸出してしまうと法的リスクに直結します。
条約の運用事務局はUNEP(国連環境計画)とFAO(国際連合食糧農業機関)が共同で担い、締約国は2012年時点で148か国に達しています。日本国内では外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき、経済産業大臣の輸出承認が義務化されています。外為法違反の場合、個人には懲役10年以下または3,000万円以下の罰金、法人には10億円以下の罰金が科される可能性があります。
参考リンク(条約の目的・発効経緯・日本の対応が網羅されています):
環境省:ロッテルダム条約(PIC条約)の概要
条約の核となる附属書Ⅲには、現在39物質が掲載されています。これらは「駆除剤(農薬類)」「著しく有害な駆除用製剤」「工業用化学物質」の3分類に整理されています。
建築業と特に関係が深い物質を確認しましょう。
まず石綿(アスベスト)5種です。附属書Ⅲには「アクチノライト、アンソフィライト、アモサイト、クロシドライト、トレモライト」の5種が工業用化学物質として掲載されています。ここで重要なのは、建築業で最も広く使われてきたクリソタイル(白石綿)は附属書Ⅲに含まれていないという事実です。クリソタイルはアスベスト全体の90%以上を占めながら、カナダなどの産出国の強い反対により条約への掲載が長年見送られてきました。2025年の第12回締約国会議(COP12)でも引き続き議論されていますが、2026年3月現在でも正式掲載には至っていません。
次に水銀及び水銀化合物です。旧来の蛍光灯、体温計、圧力計などに含まれており、解体現場で出てくるケースがあります。水銀は附属書Ⅲ掲載物質であると同時に、水俣条約の対象でもあり、輸出の際は二重の規制確認が必要です。
ポリ塩化ビフェニル(PCB) も工業用化学物質として掲載されています。PCBは1970年代以前に製造されたトランス、コンデンサ、蛍光灯安定器などに含まれており、建物解体の際に発見されることがあります。PCBを0.005%を超えて含有し、容量が0.05リットルを超える特定機器については、たとえ輸入国が同意していても輸出承認が行われません。これは事実上の輸出禁止措置です。
ペンタクロロフェノール(PCP) は古い防腐処理を施した木材に含まれることがある物質で、1970〜80年代の建築物解体時に発見される場合があります。
| 物質名 | 分類 | 建築業での接触場面 |
|---|---|---|
| アスベスト5種(クリソタイル除く) | 工業用化学物質 | 解体工事・廃材搬出 |
| ポリ塩化ビフェニル(PCB) | 工業用化学物質 | 電気設備解体・廃棄 |
| 水銀・水銀化合物 | 駆除剤 | 照明器具・計測機器廃棄 |
| ペンタクロロフェノール | 駆除剤 | 旧防腐処理木材の解体 |
| ポリ臭化ビフェニル(PBB) | 工業用化学物質 | 一部樹脂・電気部品 |
参考リンク(附属書Ⅲの39物質が一覧表で確認できます):
環境省:PIC条約対象物質一覧
ここは多くの建築業従事者が誤解しやすいポイントです。「石綿はロッテルダム条約で規制されているから、何をしても安心」と思っている方は注意が必要です。
ロッテルダム条約の石綿5種にはクリソタイルが含まれていない、これが現実です。クリソタイルは日本国内の建築物に使用されてきた石綿のおよそ9割以上を占める種類です。つまり、解体現場から出てくる石綿含有建材の大半は、条約の附属書Ⅲ上は規制の対象になりません。
ただし「条約の対象外=何をしてもよい」ではありません。
国内法では話が全く異なります。2006年の労働安全衛生法改正により、アスベスト(クリソタイルを含む全種)を重量比0.1%超含有する物の製造・輸入・譲渡・提供・使用は全面禁止となっています。さらに2022年4月からは大気汚染防止法の改正により、解体・改修工事前の石綿含有建材の事前調査結果を都道府県等に報告することが義務化されました。2023年10月以降は、この調査を担える有資格者(「建築物石綿含有建材調査者」など)以外が調査を行うことも制限されています。
つまり、国内でのアスベスト関連作業は厳しく規制されている一方、ロッテルダム条約という国際的な輸出規制の網にはクリソタイルがかかっていない、という「ねじれ」が存在します。これは現場で廃材の輸出・転売を検討する際に重大な見落としにつながる可能性があります。
2026年1月1日以降は、工場やプラントなどの「工作物」も解体・改修前の石綿事前調査が義務化されています。建設業者が抱える現場範囲はさらに広がっているため、関連法令との整合を常に確認することが基本です。
参考リンク(アスベスト解体工事における法的義務が詳しく解説されています):
厚生労働省:石綿を含有する建築物の解体等に係る届出について(PDF)
「輸出規制なんて自分には関係ない」と感じている建築業の方でも、廃材の海外売却、スクラップ輸出、海外現場への資材搬出などが絡む場面では、この知識が直接必要になります。
日本国内では、ロッテルダム条約を実施するために外国為替及び外国貿易法(外為法)が適用されており、対象物質を輸出する場合は経済産業大臣の輸出承認が原則必要です(輸出貿易管理令別表第2、35の3の項)。
承認が必要なケースと不要なケースを整理すると以下のようになります。
✅ 承認が不要な主なケース
- 試験研究用として用いられると認められる少量
- 成形品(混合物・製剤ではない固形品)として輸出する場合(一部の品目のみ)
- 輸出先がロッテルダム条約の締約国でない国・地域の場合(注:別途確認が必要)
- 標準物質として証明書つきで輸出する場合(2020年2月以降の規定)
⚠️ 特に注意が必要なケース
- PCB含有機器を輸出する場合(0.005%超・容量0.05L超の機器は原則承認不可)
- 水銀含有機器(蛍光灯、計測機器など)の海外搬出
- 石綿(附属書Ⅲ掲載5種)を含む廃材の輸出
承認を得ずに輸出した場合、外為法違反として厳しい制裁が科されます。個人に対しては懲役10年以下または3,000万円以下の罰金、法人に対しては10億円以下の罰金が設けられています。「知らなかった」は法的には免責になりません。
承認申請の標準処理期間は約1週間(受理後)です。申請には輸出承認申請書・申請理由書・輸出契約書の写し・SDS(安全データシート)が必要で、経済産業省の窓口またはオンラインで申請できます。
輸出を検討する前に確認すべきことは、まず「その物質はロッテルダム条約または国内の規制対象か」を経済産業省のウェブサイトで確認する、というワンアクションです。
参考リンク(輸出承認の手続き・申請書類・承認基準が詳しく掲載されています):
経済産業省:有害化学物質の輸出
「そんな物質、現場で使っていない」と思いがちですが、ロッテルダム条約の対象物質の多くは、過去に建材や設備として広く使われていたものです。これが建築業における見落としの盲点になります。
古い建材・設備に潜む対象物質の例
- 🔲 1975年以前の吹付け材・断熱材:アモサイト(茶石綿)やクロシドライト(青石綿)が含まれている可能性。これらは附属書Ⅲ掲載物質です。
- 🔲 1972年以前に製造されたトランス・コンデンサ:PCBが使用されている可能性。PCBは附属書Ⅲ掲載の工業用化学物質です。
- 🔲 旧型の蛍光灯・HIDランプ:水銀を含む場合があり、附属書Ⅲ掲載の水銀化合物に該当する可能性。
- 🔲 1980年代以前の枕木・防腐処理木材:ペンタクロロフェノール(PCP)が使用されていた可能性。
これらの物質を国内で廃棄・処理する場合は廃棄物処理法が適用されます。しかし「廃材を海外の業者に売る」「解体材を外国の施工現場に送る」という状況が生まれると、一気にロッテルダム条約や外為法の領域に踏み込みます。
建築現場での実践的なリスク管理として、解体する建物の竣工年(特に1985年以前のもの)と使用材料のリストを事前に確認することが重要です。建物の解体仕様書や設計図書が残っていれば、PCBや石綿の使用有無を事前に把握できます。図書がない場合は専門の調査機関にサンプル分析を依頼することで、対象物質の有無を特定できます。
廃材の処理方針(国内廃棄か、再利用か、海外搬出か)を決める前に、含有物質の確認を一ステップ踏むことがリスク回避につながります。
参考リンク(外務省によるロッテルダム条約の全体概要と日本の立場が確認できます):
外務省:ロッテルダム条約(条約概要と最新の動向)