

ベルヌーイの定理は、流体力学における最も基本的で重要な法則の一つであり、「流体のエネルギー保存の法則」を表します。この定理は、18世紀のスイスの数学者ダニエル・ベルヌーイによって発見され、流体の運動を理解する上で欠かせない概念となっています。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86
ベルヌーイの定理は、非圧縮性・非粘性流体の定常流において成立し、以下の式で表されます:
参考)https://d-engineer.com/fluid/bernoulli.html
21ρv2+p+ρgz=一定
ここで、各項の意味は以下の通りです:
参考)https://planteng-tree.com/bernoullis-theorem/
この式の左辺第一項 21ρv2 を「動圧」、第二項 p を「静圧」、第三項 ρgz を「位置圧」と呼び、これら三つのエネルギーの総和が一定であることを示しています。動圧と静圧の和を「全圧」または「総圧」といい、ベルヌーイの定理は速度が速くなると圧力が下がり、逆に速度が遅くなると圧力が高くなることを表しています。
参考)https://www.cradle.co.jp/media/column/a181
実務では、圧力の単位ではなく「水頭(ヘッド)」の単位で表現されることも多く、その場合は式全体を ρg で割って以下のようになります:
2gv2+ρgp+z=一定 [m]
まず最も重要な条件は、非圧縮性流体であることです。これは流体の密度 ρ が一定であることを意味し、液体の多くはこの条件を満たします。気体の場合、マッハ数が0.3以下(流速が約100m/s以下)であれば、非圧縮性とみなすことができます。
参考)https://www.jaeic.or.jp/shiken/bmee/bmee-mondai.files/bmee-2022-1st-mondai2.pdf
次に非粘性流体(理想流体)であることが求められます。実際の流体は粘性を持ちますが、粘性の影響が小さい場合には近似的にベルヌーイの定理を適用できます。ただし、配管内の流れなど粘性による摩擦損失が無視できない場合は、圧力損失項を別途考慮する必要があります。
参考)https://www.sbd.jp/column/wonders_of_flow_vol2_frictionloss.html
さらに定常流であることも重要な条件です。これは時間に対して流れの状態が変化しないことを意味し、数式では ∂t∂=0 と表されます。非定常な流れでは、ベルヌーイの定理は厳密には成立しません。
参考)https://www.gifu-nct.ac.jp/elcon/labo/t-kitagawa/class/th_2/thermodynamics_14_20090827.pdf
もう一つの重要な条件は、考えている二点が同一流線上にあることです。流線とは流体粒子の軌跡を表す線であり、異なる流線上の点同士では、ベルヌーイの定理における定数の値が異なる可能性があります。
最後に、流線に沿ってエネルギーの損失や供給がないことが前提となります。ポンプなどによるエネルギー供給や、摩擦による損失がある場合は、それらを別途考慮した修正ベルヌーイの式を使用する必要があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/aije/78/687/78_409/_pdf
建築設備の実務では、これらの条件を完全に満たすことは稀ですが、条件からのずれを補正項として追加することで、実用的な計算が可能になります。
建築設備の分野において、ベルヌーイの定理は配管設計や空調システムの計画に不可欠な理論的基盤となっています。特に配管内の流体の挙動を理解し、適切な設備設計を行うために広く活用されています。
参考)https://www.jabmee.or.jp/wp-content/uploads/2019/10/file03.pdf
空調・換気設備の配管設計では、ベルヌーイの定理を基礎として圧力分布を計算し、必要なポンプ動力や配管サイズを決定します。配管内を流体が流れる際、壁面との摩擦や配管形状の変化によって圧力損失が発生しますが、これはベルヌーイの定理に圧力損失項を加えた「修正ベルヌーイの式」で表現されます:
参考)https://www.bcj.or.jp/upload/src/1kuutyousirabasu.pdf
2gv12+ρgp1+z1=2gv22+ρgp2+z2+hL
ここで hL は圧力損失(損失ヘッド)を表します。
圧力損失には、直管部分で発生する「摩擦損失」と、バルブや継手などで発生する「形状損失」(局部損失)の2種類があります。摩擦損失は、ダルシー・ワイスバッハの式を用いて計算されます:
参考)https://nanamemo.net/pressure-drop/
ΔP=λDL2ρv2
ここで、λ は管摩擦係数、L は配管長さ、D は配管内径です。
参考)https://d-monoweb.com/blog/piping-pressure-loss-calculation/
実務では、配管径の選定において「推奨流速」が重要な指標となります。例えば、ポンプ吸込側では0.5〜2.0 m/s、吐出側では1.0〜3.0 m/sが推奨されています。これらの値は、圧力損失を抑えつつ、キャビテーション(気泡発生)や配管の劣化を防ぐために経験的に定められたものです。
参考)https://d-monoweb.com/blog/design-guidelines-prevent-deterioration/
換気回路網解析では、ベルヌーイの定理を各節点に適用し、建物内の複雑な空気の流れをシミュレーションします。ICT機器の冷却特性予測や、データセンターの空調設計など、最新の建築設備技術においても、ベルヌーイの定理は基礎理論として活用されています。
配管設計における圧力損失の低減策としては、①配管を可能な限り短く直線的にする、②適切な配管径を選定して流速を管理する、③定期的なメンテナンスで配管内の汚れを除去する、という3つのアプローチが有効です。
参考)https://ecshop.ac-svc.com/blog/?p=1720
建築設備設計マニュアル - 日本建築設備技術者協会
ベルヌーイの定理と配管設計の基礎が体系的にまとめられており、実務での計算方法が詳しく解説されています。
建物周辺で発生するビル風現象は、ベルヌーイの定理によって説明できる流体力学的な現象です。この理解は、不動産開発や建築計画において、歩行者の安全性と快適性を確保するために極めて重要です。
参考)https://taisaku.birukaze.com/article/16082261.html
ビル風が発生するメカニズムは、建物が風の流路を遮ることから始まります。建物正面に風が当たると、風は通り抜けられないため速度が低下し、その運動エネルギーが圧力エネルギーに変換されて高圧帯が形成されます。これは、ベルヌーイの定理における「速度が遅くなると圧力が高くなる」という原理そのものです。
参考)https://taisaku.birukaze.com/category/1876430.html
この高圧帯で蓄えられた圧力エネルギーは、建物の角を回り込んだ後、再び速度エネルギーへと変換されます。このとき、流路が狭まることで流速がさらに増加し、地上付近で強風域が発生します。数値流体力学(CFD: Computational Fluid Dynamics)解析を用いることで、建設前にビル風の影響を予測し、対策を講じることが可能です。
参考)https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/uc22-036/
国土交通省のPLATEAUプロジェクトでは、3D都市モデルを活用した熱流体解析により、建物形状がヒートアイランド現象や風環境に与える影響をシミュレーションしています。このような先進的な取り組みは、日本建築学会の「市街地風環境予測のための流体数値解析ガイドブック」に準拠して行われており、建築実務における標準的な手法となりつつあります。
参考)https://www.taisei.co.jp/giken/report/2010_43/paper/A043_043.pdf
ビル風対策としては、以下のような方法が効果的です:
参考)https://taisaku.birukaze.com/category/1876431.html
都市計画レベルでは、高層建築物と歩道の間に低層建築物を配置することで、逆流の影響を低減できます。建設プロジェクトの初期段階からビル風の調査を実施し、エネルギー効率と快適性を両立した建物設計を目指すことが重要です。
参考)https://www.forest-env.com/news/436313.html
PLATEAU ヒートアイランド・シミュレーション事例 - 国土交通省
3D都市モデルを活用した最新の熱流体解析事例が紹介されており、建物形状が都市環境に与える影響を可視化した実証実験の詳細が確認できます。
建築設備の実務において、圧力損失の正確な計算は、システムの性能と経済性を左右する重要なスキルです。ベルヌーイの定理を基礎としながらも、実際の計算では様々な実践的なノウハウが必要となります。
参考)https://aklabo-gakusyunote.com/1291_assonkeisan-ekitai/
圧力損失計算の基本ステップは以下の4段階です:
Step 1:流速の計算
流速 v は、体積流量 Q と配管断面積 A から求めます:
v=AQ=πD24Q
配管内径が未定の場合、実務では推奨流速の範囲から逆算して配管径を決定することが一般的です。
Step 2:レイノルズ数の判定
流れが層流か乱流かを判定するため、レイノルズ数 Re を計算します:
参考)https://engineer-education.com/machine-design-25_fluid-dynamics4-pressure-loss/
Re=νvD
ここで、ν は動粘度です。一般に Re<2300 で層流、Re>4000 で乱流となります。
Step 3:管摩擦係数の算出
層流の場合は λ=Re64 で求められますが、乱流の場合はブラジウスの式 λ=Re0.250.3164 やニクラッゼの式など、配管の粗さを考慮した実験式を使用します。
参考)https://www.fujielectric.co.jp/about/column/detail/instruments_03.html
Step 4:圧力損失の計算
直管部の摩擦損失はダルシー・ワイスバッハの式で計算し、継手やバルブなどの形状損失は損失係数を用いて算出します。
圧力損失を最小限に抑えるための実務的な対策としては、以下が挙げられます:
特に注意すべきは、圧力損失は流速の2乗に比例するため、流速をわずかに下げるだけで大きな効果が得られる点です。例えば、配管径を一段階大きくすることで、流速が低下し、圧力損失を大幅に削減できます。
また、オリフィス流量計やベンチュリメーターなど、ベルヌーイの定理を応用した流量測定装置も実務で広く使用されています。これらの装置は、流路の絞りによって生じる圧力差から流量を算出する仕組みで、ベルヌーイの定理の直接的な応用例といえます。
参考)https://engineer-education.com/machine-design-39_flow-measurment/
実務では計算の効率化のため、配管圧損計算のExcelシートや専用ソフトウェアが活用されています。しかし、これらのツールを使用する際も、背後にあるベルヌーイの定理と圧力損失の原理を正しく理解しておくことが、適切な設計判断を下すために不可欠です。
圧力損失の実務計算ガイド - 流体技術コラム
摩擦損失の性質、ダルシー・ワイスバッハの式、管摩擦係数の導出式など、実務に直結する圧力損失計算の詳細が分かりやすく解説されています。