

建設現場や工場で使用される燃料、潤滑油、作動油などの品質管理において、「酸価」の測定は極めて重要です。酸価とは、試料1g中に含まれる遊離脂肪酸や酸性成分を中和するために必要な水酸化カリウム(KOH)のミリグラム数(mgKOH/g)を指します。この数値が高くなることは、油が酸化劣化しているか、酸性物質が混入していることを示唆しており、機械の故障や性能低下を未然に防ぐための重要な指標となります。
参考)https://www.jalos.jp/jalos/qa/articles/009-224.htm
酸価の測定方法は、日本産業規格(JIS)によって厳密に定められています。対象となる試料の種類によって適用される規格が異なるため、正しい規格を選定することが測定の第一歩です。主に以下の2つの規格が現場で頻出します。
測定の基本原理は、試料中の酸性成分をアルカリ性試薬(通常は水酸化カリウム溶液)で中和し、その消費量から酸価を算出するというものです。しかし、使用済みの油(廃油や劣化油)は黒く濁っていることが多く、色の変化を目視で確認する「指示薬滴定法」が困難な場合があります。そのため、電気的な変化を読み取る「電位差滴定法」が推奨されるケースが増えています。
参考)https://ahc-bact.co.jp/faq/1752-2/
以下では、特に建設業界や機械メンテナンスで重要となる JIS K 2501 を中心に、具体的な手順や計算方法、現場での管理ポイントについて深掘りしていきます。
最も基本的かつ広く行われているのが、指示薬を用いた中和滴定法です。この方法は特別な分析機器(電位差滴定装置など)がなくても、ビュレットと三角フラスコがあれば実施できるため、現場に近い簡易ラボでも採用されています。
中和滴定の原理
試料(油)を有機溶剤に溶かし、指示薬を加えた後、濃度が既知の水酸化カリウム(KOH)標準液を滴下していきます。試料中の酸性成分がKOHと反応して中和点に達すると、指示薬の色が変化します。この変色点を終点とし、滴下したKOHの量から酸価を求めます。
参考リンク:JIS K 0070 化学製品の酸価試験方法の概要
※化学製品向けの規格ですが、中和滴定の基礎原理は共通しており、指示薬の反応機構を理解するのに役立ちます。
溶剤と指示薬の選定
JIS K 2501では、試料を溶解させるための溶剤と、終点を判定する指示薬の組み合わせが重要です。
測定の手順(概要)
注意点
この方法は「色の変化を目視で確認する」ため、試料自体が黒く着色している場合(劣化したエンジンオイルやギヤオイルなど)は、終点の判定が極めて困難です。無理に測定しようとすると個人差が大きく出てしまい、正確な管理ができません。そのような場合は、次のセクションで解説する「電位差滴定法」を選択する必要があります。
参考)https://www.n-analytech.co.jp/archives/001/202209/009_%E7%9F%B3%E6%B2%B9%E8%A3%BD%E5%93%81%E3%81%AE%E9%85%B8%E4%BE%A1%E5%88%86%E6%9E%90%20JISK2501_final.pdf
建設機械から採取される使用済み作動油やエンジンオイルは、酸化や微粒子の混入により、黒色や濃い褐色になっていることが一般的です。このような試料に対しては、JIS K 2501で規定されている「電位差滴定法」が推奨されます。
電位差滴定法の原理
この方法は、指示薬による色の変化を見るのではなく、溶液に浸した電極間の「電位差(電圧)」の変化を読み取って終点を決定します。酸とアルカリが反応している間は電位が緩やかに変化しますが、中和点付近では電位が急激に変化(ジャンプ)します。この変曲点(インフレクションポイント)を終点として検出します。
参考)https://www.hiranuma.com/product/titr/app/pdf/L01_2210.pdf
参考リンク:平沼産業株式会社 潤滑油の酸価測定アプリケーション
※実際の滴定曲線や、電位差滴定装置を用いた具体的な測定データ、パラメータ設定の例が記載されており、実務導入の参考になります。
メリットと特徴
使用する電極
一般的には、ガラス電極と比較電極(または複合ガラス電極)を使用します。内部液には塩化カリウム溶液などが使われますが、非水溶媒(油と有機溶剤の混合液)中での測定となるため、電極の応答速度が水溶液よりも遅くなる傾向があります。そのため、滴定装置の設定では、滴下ごとの待ち時間を長めに設定したり、平衡待ち制御を行ったりする工夫が必要です。
測定時のポイント
もし滴定曲線に変曲点が明確に現れない場合(非常に酸価が低い、あるいは特殊な添加剤の影響など)は、JIS規格に基づき、予備試験で求めた「緩衝液の電位」を終点とみなす方法などがとられます。
測定によって得られた滴定量を、最終的な「酸価(mgKOH/g)」に変換するためには、JISで定められた計算式を使用する必要があります。この計算式は単なる掛け算割り算ですが、各項目の意味を正しく理解していないと、計算ミスや係数の取り違えによる重大な誤差につながります。
基本の計算式
JIS K 2501における酸価の計算式は以下の通りです。
A=M56.11×(V−V0)×F
各変数の意味は以下の通りです。
※具体的な計算例や、自動滴定装置でのパラメータ設定における計算式の設定方法が詳しく解説されています。
計算における注意点
建築・土木現場において、酸価の測定結果をどう活かすかは、機械の寿命を左右する重要な問題です。ここでは、単なる化学分析の枠を超え、建設機械のメンテナンスという視点から酸価の管理基準と劣化判断について解説します。
なぜ作動油の酸価が上がるのか?
建設機械の油圧システムで使用される作動油は、高圧・高温という過酷な環境にさらされています。使用に伴い、以下のプロセスで酸価が上昇します。
管理基準値の目安
一般的な鉱物油系作動油の管理基準として、以下のような目安が多くの建機メーカーやオイルメーカーで採用されています。
参考リンク:JCMAS P 045 建設機械用油圧作動油-酸化安定性試験方法
※日本建設機械施工協会による規格で、建設機械特有の高圧条件下での作動油の劣化判定や寿命評価について記述があります。
酸価上昇を放置するとどうなるか?
酸価の上昇は、油中に酸性物質が増えている証拠です。これを放置すると以下のようなトラブルが発生します。
現場での運用ポイント
酸価は急激に上昇するものではなく、ある時点から加速度的に上昇します(酸化の誘導期間が終わるため)。したがって、定期的なオイル分析(例えば500時間ごとや1年ごと)を行い、グラフにしてトレンドを監視することが重要です。単発の値だけでなく、「前回より急に上がっていないか?」を見ることが、突発的な故障を防ぐ鍵となります。
参考)https://www.jsme.or.jp/conference/joutai/doc/kaisai/20181012/10th_Kudo.pdf
正確な酸価測定を行うためには、JIS規格の手順だけでなく、試料(サンプル油)の取り扱いや下処理に独自のノウハウが必要です。特に建設現場から持ち込まれた試料は、実験室のきれいな試薬とは状態が異なります。
1. 水分と異物の除去(ろ過・遠心分離)
建設機械から抜いた廃油には、金属粉、砂塵、そして結露による水分が混入していることがよくあります。
2. 試料の加熱と均一化
粘度の高いギヤオイルや、低温で保管されていた作動油は、容器の中で添加剤や劣化生成物が分離していることがあります。
3. 電極の洗浄とコンディション維持(電位差法の場合)
電位差滴定を行う場合、最も重要なのはガラス電極の状態です。
参考リンク:昭和科学株式会社 酸価分析サービス概要
※専門の分析機関がどのような点に注意して測定を行っているか、また外部委託する場合のメリットなどが参考になります。
これらの下処理やメンテナンスはJIS規格の「備考」や「解説」に小さく書かれていることが多いですが、現場の測定実務ではメインの手順以上に結果を左右する要素となります。

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