

「HV(ビッカース硬さ)は厳密には単位がついており、その値は kgf/mm² に相当する。」
ビッカース硬さ(Vickers Hardness)は、1921年にイギリスのビッカース社のロバート・L・スミスとジョージ・E・サンドランドが考案した硬さ試験法に基づく指標です。記号は HV(Hardness Vickers の頭文字)で表し、後ろに試験力(kgf)を付記する場合があります。例えば「300HV1」は「1kgf の荷重で測定した結果 HV 300 を得た」という意味です。
では、HV の「単位」とは何でしょうか。多くの教科書や規格書には「硬さ値に単位は付かない」と書かれています。意外ですね。しかし正確には、ビッカース硬さは荷重(kgf)を圧痕の表面積(mm²)で割って求めるため、その次元は kgf/mm² になります。通常は慣例として単位を省略しているに過ぎず、「HV に単位はない」というのは厳密には便宜的な説明です。
計算式は下記のとおりです。
| 記号 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| F | 試験力(荷重) | kgf(または N) |
| d | 圧痕の対角線長さの平均 | mm |
| HV | ビッカース硬さ | (慣例的に無次元、実質 kgf/mm²) |
SI 単位系で扱う場合は「MPa」に換算して表記することもありますが、その場合は必ず「MPa」と明記されているはずです。「単位なし」の HV と「MPa 表記の HV」は数値が大きく異なるため、混同すると計算ミスにつながります。これが原則です。
なお、JIS Z 2244 ではビッカース硬さ試験の試験力範囲を 10gf(約 0.098N)から 100kgf(約 980N)まで規定しており、それ以外の荷重を用いるケースも存在します。圧子は対面角 136° の正四角錐ダイヤモンドで、試料に押し込んだあとにできる正方形の圧痕の対角線長さを光学顕微鏡で計測します。
参考:ビッカース硬さの定義・規格についての詳しい解説(Wikipedia)
ビッカース硬さ - Wikipedia
ビッカース硬さの計算は、シンプルな式で求められます。荷重 F(kgf)を圧痕の表面積 S(mm²)で除した値にほかなりません。
圧痕が小さいほど硬く、大きいほど軟らかい。この関係を覚えておけば現場でも直感的に理解できます。
試験前には「基準片」と呼ばれる硬さ値が既知のブロックを使い、試験機の健全性を確認する「日常検証」を行います。これが必須です。1 つの試験面につき通常 5 箇所の圧痕を異なる位置に打ち、平均値を硬さの代表値とします。圧痕と圧痕の中心間距離は、鋼・銅合金では対角線長さ d の 3 倍以上、軽金属では 6 倍以上あけることが JIS Z 2244 で定められています。
試験片の表面状態も重要です。酸化被膜(スケール)や潤滑剤、傷があると測定値が大きくずれます。また、試料の厚みは圧痕の対角線長さの 1.5 倍以上が必要とされており、薄板への適用では荷重を下げて対応するか、専用の計算式で最適荷重を求めます。
薄膜や表面硬化処理を施した部材では「マイクロビッカース」と呼ばれる低荷重(1kgf 以下)での測定が使われます。これは窒化処理や浸炭処理を受けた表面層を断面方向に細かく測るために建築金物・機械部品双方で広く活用されています。これは使えそうです。
参考:硬さ試験の種類・測定手順についての詳しい解説(株式会社TOKKIN)
硬さとは?金属材料の硬さ試験方法、測定時の注意事項など - TOKKIN
建築業の現場でよく使う鋼材の強度管理では、引張試験が本来の方法です。しかし引張試験は試験片を破断させる「破壊試験」であるため、完成品や既設の構造部材には直接使えません。そこで活用されるのが、ビッカース硬さから引張強さを推定する換算式です。
鉄鋼材料では、次の近似関係が成立することが確認されています。
例えば、建築構造用鋼 SS400 のビッカース硬さは実測で概ね HV120〜140 程度とされています。換算式に当てはめると、引張強さは約 384〜448 MPa となり、JIS G 3101 の規格値(引張強さ 400〜510 N/mm²)とほぼ一致します。つまり HV 値は鋼材強度の「目安チェック」として現場で十分に機能します。
一方、SN490(建築構造用圧延鋼材)は降伏点が 325 N/mm² 以上とされており、対応する HV 値はおよそ HV160〜180 前後です。こうした数値をミルシートと照合しながら現場で硬さ計測を行うことで、材料のすり替えや品質低下を検知できます。
換算はあくまで近似値であること、そして材料ごとに換算精度が異なることは覚えておく必要があります。鋳鉄や高合金鋼では誤差が大きくなる場合があるため、換算表はあくまで参考として扱い、高精度が求められる場合は引張試験との組み合わせが原則です。
| 鋼材 | HV の目安 | 引張強さ換算(≒3.2×HV) | JIS規格の引張強さ |
|---|---|---|---|
| SS400 | 120〜140 | 384〜448 MPa | 400〜510 N/mm² |
| SN490 | 160〜180 | 512〜576 MPa | 490〜610 N/mm² |
| 炭素鋼(焼入れ後) | 650〜700 | 2,080〜2,240 MPa(参考値) | — |
参考:硬さ換算表(鋼のビッカース硬さに対する近似値)(TOKKIN)
硬さ換算表(PDF)- TOKKIN
建築鉄骨の溶接部品質管理においても、ビッカース硬さは極めて重要な指標です。溶接では母材が急加熱・急冷されるため、溶接ビード周辺の「熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)」の硬さが局所的に上昇します。
この HAZ 硬さが HV350 を超えると、遅れ割れ(低温割れ)のリスクが著しく高まるとされています。遅れ割れとは溶接直後ではなく、数時間〜数日後に発生するひび割れのことで、外見から発見しにくく、大きな構造的損傷につながるおそれがあります。見た目に問題がなくても要注意です。
実際、日本製鉄の技術資料などでは、HAZ の最高硬さを HV350 以下に抑えることが建築構造用鋼材の溶接性判断の目安として広く使われています。JIS Z 2244 に基づくビッカース硬さ試験が、溶接施工後の品質検証の標準手法として指定されているのはこのためです。
550N/mm² 級や 780N/mm² 級の高強度鋼が普及した今日、HAZ 硬さ管理の重要性はさらに高まっています。高強度鋼は炭素当量(Ceq)が高く、急冷によるマルテンサイト変態が起きやすいためです。厳しいところですね。予熱温度の設定ミスが HV350 超えを招き、後工程での手戻りや、最悪の場合には溶接部の再施工・補修という大きなコスト損失につながりかねません。
建築鉄骨製作工場では、溶接後に JIS Z 2244 準拠のビッカース硬さ試験を実施し、HAZ 硬さが管理値以下に収まっているかを記録として残すことが品質保証上の要件となっています。現場施工でも超音波硬さ計などのポータブル機器を活用して、溶接後のオンサイト測定を行う事例が増えています。
参考:建築鉄骨向け炭酸ガスアーク溶接の溶接部硬さと品質管理についての技術解説(神戸製鋼)
神戸製鋼技報(建築鉄骨向け溶接材料・溶接部硬さ管理)PDF
建築・土木の現場では「ロックウェル硬さ(HRC)」や「ブリネル硬さ(HB)」という用語を耳にすることもあります。ビッカース硬さとどう使い分ければよいのでしょうか?
各試験の特徴を整理すると、次のようになります。
| 試験法 | 記号 | 圧子形状 | 主な用途 | 建築との関係 |
|---|---|---|---|---|
| ビッカース硬さ | HV | ダイヤモンド正四角錐(136°) | 薄板・溶接部・メッキ層など幅広く対応 | 溶接 HAZ 管理、鋼材品質確認に最適 |
| ロックウェル硬さ | HRC / HRB | ダイヤモンド円錐 or 鋼球 | 工具鋼・ボルト・金属部品の大量検査 | アンカーボルト等のJIS規格値に記載あり |
| ブリネル硬さ | HBW | 超硬合金球(φ10mm など) | 鋳物・厚い鋼材の組織評価 | 鋳造品の素材評価など |
| ショア硬さ | HS | ハンマ(反発測定) | 大型製品の非破壊・現場測定 | 大型H形鋼など現場持込み測定向け |
ビッカース硬さの最大の強みは「試験力の範囲が非常に広いこと」と「微小領域の測定が可能なこと」の2点です。JIS 規格では 10gf〜100kgf という幅広い試験力が規定されており、薄板から厚鋼板まで同一の尺度で比較できます。これが基本です。
一方、ロックウェル硬さは操作が簡単で短時間に測定できるため、大量製品の生産ラインには向いていますが、圧痕が大きくなりやすいため薄板や溶接ビード直近の測定には不向きです。建築構造用鋼材の溶接部評価には、局所測定が得意なビッカース硬さが適しているのが条件です。
硬さの換算には JIS の換算表や TOKKIN 社などが公開する換算表が利用できますが、換算はあくまで近似であり、異なる試験法の値を直接比較する際には ±10%程度の誤差が生じることを前提に判断してください。
参考:ビッカース硬さとロックウェル硬さの違い・用途の使い分けについての解説
ビッカース硬さとロックウェル硬さ - 株式会社カナック