

医療ガス配管では、シールテープをきちんと巻くほど施工不良になる箇所がある。
「ドライシール」という言葉は、建築設備の現場で二つの意味で使われます。一方は、コンクリートやALCに浸透させる水性シラン系吸水防止剤(DOWSIL™ Dry Seal Sなど)ですが、もう一方は管工事の世界での重要な概念——ドライシール管用テーパねじ(NPTF:National Pipe Taper Fuel)のことを指します。医療施設の建築工事に携わる人がまず知っておくべきは、後者の「ドライシールねじ」です。
NPTFとは、アメリカ標準規格ANSIに基づく管用テーパねじです。外見は一般的なNPT(アメリカ標準一般管用テーパねじ)と酷似していますが、決定的な違いがあります。それはねじ山の形状です。NPTFはねじ山の頂と谷が噛み合ったとき、専用の変形によって金属同士が密着し、シール剤なしで気密性を確保できる特殊構造になっています。
これが原則です。
つまり、NPTFのドライシールねじは「乾いた状態のまま(ドライのまま)締め込むだけで密封が完成する」設計です。シールテープや液体シール剤を使わなくても、ねじ山自体が変形・圧着して気密を得る仕組みになっています。一般的な配管工事で当たり前のようにシールテープを巻く習慣があると、むしろこの性能を台無しにしてしまう危険があります。
| 規格名 | 正式名称 | シール剤 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| NPT | アメリカ標準一般管用テーパねじ | 必要(シールテープ等) | 汎用配管全般 |
| NPTF(ドライシール) | アメリカ標準ドライシール管用テーパねじ | 不要(ねじ山で密封) | 高温・高圧・医療ガス等 |
なお、NPTとNPTFはねじ山形状が異なるため、工具(タップやダイス)の共用は禁止されています。外見が似ているだけに、現場での誤認が特に起きやすい点です。意外ですね。
医療施設の建築工事、とりわけ医療ガス設備工事では、このNPTFドライシールねじが要所で採用されます。酸素・笑気(亜酸化窒素)・窒素・二酸化炭素・治療用空気・吸引など、複数種類のガスが配管される場所でのねじ接続部に使われるケースがあり、配管継手の種類を誤ると深刻な漏洩事故につながります。
NPTとNPTFの違いについて(株式会社彌満和製作所):ねじ山形状の違いとシール剤の要否を解説
建築・管工事の現場経験が豊富な人ほど、「テーパねじにはシールテープ」という習慣が染み付いています。これは一般配管では正しい判断です。ただし、医療ガス配管の世界では事情が大きく変わります。
シールテープを巻くと損します。
NPTFドライシールねじにシールテープを巻いた場合、具体的に次のような問題が起きます。まず、ねじ山と谷の金属同士の直接接触・変形によって生じる気密性が妨げられます。テープの厚みや弾力が、ねじ山の精密な噛み合いを阻害してしまうからです。また、酸素配管においてはPTFEシールテープが細かく千切れて管内に混入するリスクがあり、医療ガスの清浄度に影響を及ぼします。
これは大きな問題です。
医療ガス設備の国内基準JIS T7101:2020(医療ガス設備)によれば、配管内の清浄性確保は設計・施工の根幹要件の一つです。銅管主体の医療ガス配管では、脱脂洗浄済みの材料を使用し、管内に「油、グリス、その他酸化物」が触れることを厳重に禁じています。シールテープの破片や繊維状の残滓が管内に入ること自体、この要件に抵触する可能性があります。
さらに酸素配管では高濃度酸素の雰囲気下で可燃物が存在すると、予期しない発火・爆発リスクがゼロではありません。医療ガス関連の重大インシデント事例では、経年劣化したホースの亀裂から酸素が大量漏洩し、入院患者の治療に支障をきたしたケースも報告されています(岡谷酸素株式会社・医療ガス関連重大インシデント情報より)。
つまり施工段階の小さな誤りが、患者の生命に直結する問題に発展します。
建築業者の立場から見ると、施工ミスによる漏洩事故が発覚した場合、工事の瑕疵担保責任や損害賠償リスクを負うことになります。医療施設という特性上、一般建築と比べて補修・再施工の社会的影響が格段に大きい点も忘れてはなりません。施工する配管がどのねじ規格を採用しているか、設計図書・仕様書を必ず確認することが最初のステップです。
シールテープに使用できない流体(朝田株式会社FAQ):都市ガス・LPGなど特定配管でのシールテープ禁止用途の解説
医療ガス設備の工事は、単なる管工事とは別次元の専門性を求められます。JIS T7101:2020の序文(0.5項)には、設計・施工・機械器具の設置・保守点検などを行う者は「国又は地方自治体の建設業の管工事業および/または機械器具設置工事業の許可を必要とするほか、正しい設備の施工・取扱方法並びに圧縮ガス、特に酸素および亜酸化窒素の性質によるハザードについて熟知している者の監督の下で作業を実施する必要がある」と明記されています。
管工事業許可だけでは不十分です。
実際の施工現場では、医療ガス設備工事の施工管理主任技術者として「3年以上の施工管理経験」が求められるケースが多く(京都市立病院・医療ガス工事設計書参照)、さらに一般財団法人医療機器センターが実施する「医療用ガス供給設備工事施工管理技術者」の認定を受けていることが求められる施工要件も多く見られます。
配管材料についても厳格な規定があります。医療ガス配管には主にJIS H3300 C1220T(りん脱酸銅継目無管)が使用され、製造工程で脱脂洗浄が施されたものに限定されます。配管の接合はりん銅ろうによるガス溶接が原則で、溶接時には管内の酸化防止として窒素ガスを2〜3L/min流しながら施工すること(不活性ガスブロー)が日本赤十字社医療センターなどの施工要領書でも標準化されています。
これが条件です。
ねじ接続が採用される箇所(銅管以外との接合や機器接続部など)では、使用するねじ規格と接続相手の規格が一致していることを確認し、NPTFドライシールねじが指定されている場合はシール剤なしで施工することを厳守します。万一NPTとNPTFを誤って組み合わせてしまうと、外見上は締まったように見えても気密性が確保されず、微細な漏洩が続くという最悪の状況になりかねません。
医療ガス設備工事の完了後は、JIS T7101が定める複数段階の試験・検査(隠蔽前試験、気密試験、配管内清浄度検査、ガス置換後の酸素濃度確認など)をすべてクリアしてからでないと使用開始できません。漏洩がわずか1箇所でも検出されれば、開院や病棟移転のスケジュールに直結する影響が出ます。
JIS T7101:2020「医療ガス設備」(kikakurui.com):医療ガス設備の設計・設置・試験の全要件を規定した国内規格の内容
医療施設の配管工事で特に注意が必要なのが、ガスの誤接続です。酸素・笑気・空気・吸引・炭酸ガス・窒素など複数のガスが同じ空間に配管される医療現場では、施工段階での誤接続が過去に実際の患者死亡事故にもつながっています。
誤接続は工事段階でも起きます。
この防止策として、JIS T7101では配管の識別色を厳密に規定しています。たとえば、酸素は「緑(マンセル値:10GY4/7)」、笑気は「青(2.5PB3.5/10)」、空気は「黄(7.5Y9/12)」、吸引は「黒(N1.5)」、炭酸ガスは「橙(5YR7/4)」、窒素は「灰(N7.5)」など、すべてのガスに異なる色が割り当てられています。
🎨 医療ガス配管の識別色一覧
| ガス種別 | 識別色 |
|---------|--------|
| 酸素(O₂) | 🟢 緑 |
| 笑気(N₂O) | 🔵 青 |
| 空気(AIR) | 🟡 黄 |
| 吸引(VAC) | ⚫ 黒 |
| 炭酸ガス(CO₂) | 🟠 橙 |
| 窒素(N₂) | 🩶 灰 |
| 麻酔ガス排除(AGS) | 💜 マゼンタ |
注意点があります。「酸素ボンベは緑色」という認識は現場に広く浸透していますが、高圧ガス保安法上では「緑色のボンベ=二酸化炭素(CO₂)」とも定められています。配管の識別色(JIS)とボンベ色(高圧ガス保安法)では色の意味が異なるため、医療施設工事に初めて携わる建築業者は特に注意が必要です。
これだけは例外です。
また、医療ガス配管では各ガスのアウトレット(配管端末器)にガス別特定(非互換性)機構が採用されており、異なるガスのホースは物理的に挿入できない構造になっています。このアウトレット器具の取り付け時も、ボックス内に表示されたガス名と配管を必ず照合し、取り付け後すぐにガス名表示を行うことが施工要領書でも義務づけられています。
配管の分岐部・壁貫通部の前後・配管ライン6m以内に1箇所以上の識別色表示を施す施工要件も見落とせないポイントです。建築仕上げ工事と医療ガス設備工事が競合するスケジュールになりやすい現場では、壁の仕上げ前に識別色表示の有無を必ず確認することが、手戻りを防ぐ実践的な対策になります。
臨床工学技士が解説する医療ガスと配管設備(AS-1 Lab Brains):酸素ボンベの色と配管識別色の違いなど、現場の混同しやすいポイントを解説
医療ガス設備工事が他の建築設備工事と大きく異なる点のひとつが、竣工検査の多段階性と厳格さです。一般的な給排水・空調設備では、圧力テストや水圧試験で合格すれば引き渡しに近づきますが、医療ガス設備では「使用前の試験」フェーズだけでも複数種類の検査が義務づけられています。
検査の段階が多いことは知っておくべきです。
JIS T7101:2020の第12章「試験、検査及び性能の証明」によれば、施工プロセスは大まかに次のように分けられます。まず「隠蔽前の試験・検査」として、壁や天井に配管を隠蔽する前の段階で気密性試験や外観検査を行います。その後「設備を使用する前の試験・検査」として、配管内の清浄度確認、正しいガスが正しいアウトレットから出ることの全数確認、ガス置換後の酸素濃度測定(酸素系統で95%以上、吸引・窒素・炭酸ガス系統では5%以下)などを実施します。
厳しいところですね。
この中でも「配管内クリーニング(管内ブロー)」は重要です。気密試験完了後、器具取り付け前に窒素ガスを1.0MPaで封入し、各アウトレットを順番に全開・全閉を2〜3回繰り返して管内の異物・ごみ・塵埃を除去します。この工程を省略すると、微細な金属粒子や溶接スパッタが配管内に残留し、患者に供給されるガスの清浄度が保証できなくなります。
竣工後トラブルとして現場でよく起きるのが、アウトレットの確認不足による系統の取り違えです。複数の工事業者が並行して作業する大規模病院の改修工事などでは、ボックス内の識別表示が仕上げ工事中に隠れたり消えたりするケースがあり、後から行った設備業者が誤って別のガス系統に接続してしまう例があります。医療ガスの誤接続は、2020年に厚生労働省が「診療の用に供するガス設備の誤接続防止対策の徹底について」という通知を発出するほど、業界全体が警戒している問題です。
建築業者が関わるポイントとして、壁・床・天井の仕上げ工事のタイミングと医療ガス配管工事の進行を意識的に調整することが重大事故の予防につながります。識別色塗装が完了していない箇所の隠蔽は行わない、というルールを現場監督レベルで徹底するだけで、竣工後の手直しや法的リスクを大幅に減らすことができます。
竣工図と工事ラベルの管理も忘れてはなりません。JIS T7101ではすべての試験・検査の記録と竣工図の保管が求められており、完成した設備の規格適合報告書を施主に提出することも義務となっています。この書類管理の不備は、開院後の定期点検や改修工事の際に別の業者が困る原因にもなります。
施工品質の根拠を記録として残すこと。これが医療ガス配管工事の仕上げです。
診療の用に供するガス設備の誤接続防止対策の徹底について(厚生労働省):医療施設でのガス誤接続防止に関する通知文書