

「イエローゾーンなら建築制限はないから、何も確認しなくていい。」——その判断が、後で数百万円の損失につながることがあります。
土砂災害警戒区域(イエローゾーン)とは、土砂災害防止法に基づき都道府県知事が指定する区域のことです。急傾斜地の崩壊・土石流・地すべりが発生した際に、住民の生命や身体に危害が及ぶおそれがあると認められた土地の区域を指します。「警戒避難体制を特に整備すべき区域」というのが法律上の位置付けです。
その規模は、建築業従事者が想像するより遥かに大きいです。国土交通省の最新データ(令和7年12月末時点)によると、全国のイエローゾーン指定数は約70万区域以上に達し、さらに今後数年で約100万区域まで拡大する見通しも示されています。東京都23区内だけでも約600カ所の土砂災害危険箇所が把握されており、山間部だけの話ではありません。
指定の対象となる地形の基準は、以下のとおりです。
| 災害の種類 | 指定基準(主なもの) |
|---|---|
| 🌊 土石流 | 扇頂部から下流で勾配が2度以上の区域 |
| 🏔️ 急傾斜地崩壊(がけ崩れ) | 傾斜度30度以上かつ高さ5m以上の区域、その上端から水平距離10m以内、下端から高さの2倍(最大50m)以内 |
| 🌀 地すべり | 地すべり区域および下端から地塊の長さ相当(最大250m)の範囲内 |
「急傾斜地の上端から水平距離10m以内」というのは、はがきの横幅が約15cmですから、10mという距離はごく日常的な道路の幅員と変わらない距離感です。これが指定基準に入っているという事実は、都市近郊の傾斜地でも意外と容易に指定対象になることを意味します。
つまり70万という数は絵空事ではなく、身近な現場で遭遇する可能性が十分あるということです。
参考:国土交通省が公表する最新の全国指定状況データ(令和7年12月末時点)
「イエローゾーンに建築制限はない」という説明を、現場で耳にすることがあります。これは土砂災害防止法だけを見れば正確です。同法上、イエローゾーンには建物の種類・規模・構造に関する直接的な制限は設けられていません。
しかし、それだけで判断するのは危険です。
2022年4月1日に施行された改正都市計画法により、市街化調整区域内の「条例区域(法第34条第12号区域)」においては、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)が原則建築不可の「災害イエローゾーン」として扱われるようになりました。これは従来、市街化調整区域でも一定条件のもとで建築が認められてきたエリアに対する大きな規制強化です。
市街化調整区域で建築可能な土地だと思って進めていたプロジェクトが、この改正を見落としたことで許可が下りない——こうした事態が起きうる状況です。
なお、同改正における「災害レッドゾーン」と「災害イエローゾーン」の取扱いの違いも理解しておく必要があります。
| 区分 | 都市計画法上の取扱い(令和4年4月以降) |
|---|---|
| 🔴 災害レッドゾーン(土砂災害特別警戒区域など) | 市街化区域・調整区域を問わず開発行為が原則禁止 |
| 🟡 災害イエローゾーン(土砂災害警戒区域など) | 市街化調整区域の条例区域において建築行為が原則不可 |
「市街化区域にある土地ならイエローゾーンでも従来通り建築できる」という点は変わっていません。しかし、エリアの区分を確認せずに「イエローゾーンなら問題ない」と進めるのは大きなリスクです。着工前に都市計画上の区域区分とイエローゾーン指定の両方を確認するのが条件です。
参考:令和4年4月施行の改正都市計画法の内容詳細
イエローゾーンの内側に重なる形で存在するレッドゾーン(土砂災害特別警戒区域)は、建築業従事者にとって特に注意が必要な区域です。ここに居室を有する建築物を新築・増築・改築する場合、建築基準法に基づく建築確認申請が必要になり、厳しい構造規制に適合させなければなりません。
具体的な構造基準は建築基準法施行令(第80条の3)により、土砂災害の原因となる自然現象ごとに定められています。岡山県が公表している資料では、外壁の構造方法として次の条件が示されています。
- 🧱 外壁はRC造(鉄筋コンクリート造)とし、コンクリート強度は18N/mm²以上
- 📏 外壁の厚さは原則15cm以上
- 🚪 開口部は原則設けない
- 🔩 長さ1m当たりの縦筋断面積は、作用する力の大きさ等に応じて算定する
- 🏗️ 基礎と壁は一体の鉄筋コンクリート造とする
つまり、急傾斜地に面した側の外壁は木造や軽量鉄骨で作ることができず、RC造の耐力壁が必須になります。これが建築コストに直結する部分です。
RC造擁壁の設置には数百万円単位の費用がかかるケースが珍しくなく、高知県などの地方自治体ではレッドゾーン内の既存建築物の建替え費用の一部を補助する制度を設けているほどです(例:広島県では、RC造の塀設置費用500万円に対し、約77万円の補助が受けられる制度がある)。厳しいところですね。
さらに2026年以降、レッドゾーンに新築された住宅は住宅ローン減税の対象外となる制度変更が適用されています。クライアントに対して「建てられます」の一言だけで済ませると、後から「減税が使えない」「コストが跳ね上がった」というクレームに発展するリスクがあります。事前の丁寧な説明が必須です。
参考:広島県・海田町による構造規制の具体例(構造基準の図解あり)
海田町|土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)内における建築規制について
参考:建築基準法施行令第80条の3に基づく技術的基準の解説(新潟県)
新潟県|土砂災害特別警戒区域内における建築物の構造規制にご注意ください
建築業に携わる立場として、取引に関わる際に見落としてはならないのが、宅地建物取引業法(宅建業法)上の重要事項説明義務です。
宅地建物取引業者は、売買・賃貸の対象となる土地・建物が土砂災害警戒区域(イエローゾーン)または土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に指定されている場合、取引前に買主・借主に対してその旨を説明しなければなりません。これは宅建業法第35条第1項に明確に定められた義務です。
この義務に違反した場合の罰則は非常に重く、宅建業法違反として「2年以下の懲役または300万円以下の罰金(あるいは両者の併科)」が科される可能性があります。建築設計や施工を主業とする会社でも、土地の売買や仲介に関与する場合はこのリスクが直接生じます。
実務上よく問題になるのが、「敷地の過半がレッドゾーン外だから建築確認は不要」という誤った判断です。新潟県の行政資料には明確に「敷地の過半が土砂災害特別警戒区域外のため確認申請が不要であっても、新築等する住宅が土砂災害特別警戒区域内にあるときは、建築構造の規制を受ける」と記されています。確認申請の要否と構造規制の適用は、別の問題として判断しなければなりません。
建築業者としての実務フローとして、現場確認の段階で以下を確認するのが基本です。
「事前に確認していれば防げたミス」が、実務では非常に多いです。これは使えそうな知識ですね。
参考:国土交通省による土砂災害防止法の概要(重要事項説明義務の記載あり)
建築確認申請の前段階で、現場担当者が自分でできるリスク確認の手順を整理しておくことは、クライアントとのトラブル防止と自社の法的保全の両面で有効です。多くの会社では「確認申請を出してから気づく」ケースが散見されますが、それでは遅すぎます。
最も手軽に使えるツールが「国土交通省ハザードマップポータルサイト(重ねるハザードマップ)」です。住所を入力するだけで、土砂災害警戒区域・特別警戒区域の指定状況を地図上で視覚的に確認できます。無料で使えます。
現地調査の際には、地形の目視確認も組み合わせることが重要です。傾斜度30度以上・高さ5m以上の斜面があれば、イエローゾーン指定の可能性があります。「30度」とはどのくらいかというと、急な階段の傾斜に近い角度です。5mはビルの2階部分の高さに相当するので、現場でも比較的判別しやすいです。
また、既存建築物の建替えや増改築を検討するケースでは、着工前に都道府県や市区町村の窓口(砂防担当課・建築指導課など)に事前相談を行うことを強く勧めます。レッドゾーンでは構造計算の内容次第で、RC造以外の建材で安全性を担保できる代替措置が認められる場合もあるからです。窓口での確認が条件です。
なお、一点補足しておきたい独自の視点として「イエローゾーンは一度指定されたら解除されない」という思い込みがあります。これは半分正解で半分誤解です。正確には、イエローゾーンは地形要因に基づく指定のため、地形が変化しない限り解除されません。しかし、砂防施設や擁壁などの対策工事が完了した場合、レッドゾーン(特別警戒区域)については指定の解除が可能なケースがあります。国土交通省は2017年に「土砂災害警戒区域等の指定解除の要件等」を通知しており、対策工事の内容・規模によっては解除申請が可能です。意外ですね。
ただし、イエローゾーンそのものの解除には地形の改変が必要で、斜面の傾斜度を30度未満または高さ5m未満に変更しなければならず、現実的にはほぼ困難です。この違いを把握していないと、「対策工事が終わったから指定が外れるはず」という誤解を生じさせることになります。
参考:国土交通省が定めた土砂災害警戒区域等の指定解除の要件
国土交通省|土砂災害警戒区域等の指定解除の要件等を全国に発出(報道発表)
参考:国土交通省ハザードマップポータルサイト(無料・住所入力で即確認)
国土交通省|ハザードマップポータルサイト「重ねるハザードマップ」