

現場でアスベストや土壌汚染を見落とすと、除去費用が数百万円超になることがあります。
エネルギー分散型X線分析(EDX、またはEDS・EDXRFとも表記される)は、試料にX線や電子線を照射したとき発生する「特性X線」を利用した分析手法です。まず、その根本にある物理現象から理解しておきましょう。
物質にX線や電子線を当てると、物質を構成する原子の内殻(K殻やL殻)にある電子がはじき飛ばされます。この内殻に「空孔」が生まれると、より外側の軌道(外殻)にいる電子が空孔を埋めるために遷移してきます。このとき、内殻と外殻のエネルギー差が「特性X線」として外部に放出されます。つまり原理です。
この特性X線が持つエネルギーの値は、元素ごとに厳密に決まっています。たとえば鉛(Pb)なら特定のエネルギー位置にピーク、鉄(Fe)なら別のエネルギー位置にピークが現れます。計測結果のスペクトルは横軸がエネルギー(単位:keV)、縦軸が強度(単位:cps=1秒あたりの検出カウント数)で表示され、ピーク位置から元素の種類(定性分析)、ピークの高さから含有量(定量分析)を判定します。これが基本です。
また、発生する特性X線の名称についても押さえておきたいポイントがあります。K殻の空孔にL殻の電子が遷移する際に放出されるX線を「Kα線」、M殻からの遷移を「Kβ線」と呼びます。同様に、L殻を起点とした遷移由来のX線をLα線・Lβ線と呼びます。
| 特性X線の種類 | 電子の遷移元(外殻) | 空孔の生じた内殻 |
|---|---|---|
| Kα線 | L殻 | K殻 |
| Kβ線 | M殻 | K殻 |
| Lα線 | M殻 | L殻 |
| Lβ線 | N殻 | L殻 |
この複数のピークを「KLMマーカー」として照合することで、ピーク位置が近接する元素どうしを誤同定するリスクを減らせます。たとえば砒素(As)の Kα線(10.532 keV)と鉛(Pb)の Lα線(10.56 keV)は非常に近いため、Kβ線(11.277 keV)の有無で確認するのが定性分析の鉄則です。
参考:日本分析機器工業会によるエネルギー分散型蛍光X線分析装置の原理・応用解説(JAIMA)
https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/xray/eds/
EDXの「エネルギー分散型」たる所以は、その検出器の仕組みにあります。重要なところです。
旧来から使われているSi(Li)型半導体検出器は、シリコン(Si)単結晶にリチウム(Li)を拡散させたp-i-n構造のダイオードです。特性X線が検出素子に入射すると、X線1光子のエネルギーに比例した数の電子-正孔対が生成されます。この電荷パルスの波高(高さ)を電気的に測定することで、入射X線のエネルギーが精密に求まります。液体窒素で常時冷却する必要があり、かつ真空中に保持する必要があるため、装置はやや大型になります。
一方、近年急速に普及しているのがSDD(シリコンドリフトディテクター)です。Si(Li)型の静電容量問題を解決した設計で、高い入射X線強度でも計数率の飽和が起きにくく、従来機比で検出感度が最大6倍向上した機種もあります(島津製作所EDX-7200 vs 旧型EDX-720のデータより)。さらに、ペルチェ素子による電子冷却だけで運用できるため、液体窒素が不要です。これは使えそうです。
SDDとSi(Li)型のエネルギー分解能を比較すると、MnのKα線(5.9 keV)を基準にしてSi(Li)型が130~140 eVであるのに対し、SDDは128~135 eV程度とやや向上しています。分解能の単位「eV」はなじみにくいかもしれませんが、「数値が小さいほどエネルギーの近い2つのピークを分離できる」と理解すれば十分です。つまり分解能が高いほど誤同定リスクが下がるということですね。
もう1点、EDXの検出対象として注意したいのが軽元素の扱いです。原子番号の小さな元素(ベリリウム:Be〜ホウ素:B付近)は発生する特性X線のエネルギーが非常に低く、装置の検出器窓や大気に吸収されやすいため、定量精度が下がります。炭素(C)や窒素(N)、酸素(O)も相対的に分析精度が低い元素として知られています。軽元素が主要な関心対象の場合は、真空または不活性ガス(ヘリウムなど)置換の雰囲気が条件です。
参考:シリコンドリフト検出器の原理・性能比較(JEOL 用語集)
https://www.jeol.co.jp/words/semterms/20121024.042859.html
蛍光X線分析装置には、EDX(エネルギー分散型)とWDX(波長分散型)の2種類があります。建築業に関わる検査や診断でどちらを選ぶべきか、これを理解しておくと発注・依頼時に迷わずにすみます。
WDX(波長分散型)は、試料から発生した蛍光X線を分光結晶とゴニオメーターで分光し、目的のX線だけを選択的に計数します。分解能が非常に高く精度に優れますが、装置が大型化しやすく、測定は基本的に1元素ずつ逐次的に行います。精度重視の生産管理・公定法分析向きです。
EDX(エネルギー分散型)は、発生した全エネルギーの蛍光X線を半導体検出器で一度に受け取り、電気的にエネルギースペクトルを分離します。装置が小型・シンプルで、多元素を同時測定できるのが最大の特徴です。装置構造が簡単で小型であるという特長は、現場持ち込みのハンドヘルド型(可搬型)実現に直結します。
建築現場での活用シーンを整理すると次のようになります。
| 比較項目 | EDX(エネルギー分散型) | WDX(波長分散型) |
|---|---|---|
| 測定速度 | 速い(多元素同時) | 遅い(逐次測定) |
| エネルギー分解能 | 130〜140 eV程度 | 5〜20 eV程度(高精度) |
| 装置サイズ | 小型・可搬型あり | 大型(据え置き) |
| 向いている用途 | 現場スクリーニング・異物分析 | 高精度定量・公定法分析 |
| コスト | 比較的低い | 高い |
建築解体前のアスベスト含有確認や土壌汚染スクリーニング、コンクリート表面の塩分調査など、「まず含まれているかどうかを素早く判断したい」場面ではEDXが向いています。一方、「含有量を法定の基準値と厳密に照合する」場合はWDXや湿式化学分析(ICP-AES等)で精密定量を行うのが原則です。現場での一次判断はEDX、公定法による確認はWDX・湿式というすみ分けが基本です。
参考:波長分散型蛍光X線分析装置の原理と応用(日本分析機器工業会)
https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/xray/wds/
建築業従事者にとってEDXが最も身近に関わるのが、アスベスト(石綿)含有建材の分析です。厳しいところですね。
2006年の労働安全衛生法改正・2022年の大気汚染防止法改正を経て、一定規模以上の解体工事では解体前にアスベスト事前調査が義務化されています。その調査手法の一つとして、EDX(SEM-EDX:走査電子顕微鏡+エネルギー分散型X線分析)が公定法マニュアルに明記されています。
環境省「アスベストモニタリングマニュアル(第4.2版)」では、解体現場等で捕集したサンプルを1〜2時間以内にアスベストの有無を判定できる可搬型SEM+EDXの条件が規定されています。EDXによる成分分析を加速電圧15〜25 kVで実施し、Na以上の元素を検出できることが必須とされています。
また、近年ではハンドヘルド型(携帯型)の蛍光X線分析装置を解体前の建材に直接当てて、アスベスト含有可能性をスクリーニングする研究も進んでいます。国立研究開発法人環境再生保全機構の助成研究では、建材表面のEDXスペクトルから得られた元素強度比をもとにアスベストの種類と有無を識別する手法が開発されました。
アスベストの種類は主に6種類あり、代表的な白石綿(クリソタイル)はMg・Si・O、青石綿(クロシドライト)はNa・Fe・Mg・Si・Oを含むことから、EDXによる元素組成の確認が種別判定に直結します。つまり元素比率が判別の鍵です。
ただし、EDXはアスベストの形態(繊維状か否か)を直接判断する手法ではないため、あくまでもSEMによる形状確認との組み合わせが必須です。また、JIS A1481(偏光顕微鏡法・X線回折法)も公定法として規定されており、最終的な法的判定にはJIS準拠分析が求められます。分析機関へ依頼する際、この点は確認しておく必要があります。
参考:日立ハイテク アスベスト分析とEDXの活用について
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/knowledge/microscopes/sem-tem-stem/miniscopes/asbestos-analysis.html
建築の解体・新築工事を行う際、もう一つ重要な分析場面が土壌汚染対策法への対応です。これは見落とせません。
2003年施行の土壌汚染対策法では、工場跡地などの特定有害物質として鉛・砒素・カドミウム・水銀・六価クロムなど29種類が指定されており、対象地の調査が義務づけられています。このうち重金属類(鉛・砒素など)の迅速スクリーニングに蛍光X線分析(EDX)が実績を積み重ねてきました。
国土交通省北海道開発局の技術報告によれば、蛍光X線分析を用いた現場迅速分析は約10分で結果が得られ、検出限界は法定の含有量基準値の1/10程度まで対応できます。JIS K 0430では土砂類中の全ヒ素・全鉛の定量下限値をそれぞれ30 mg/kgと規定しており、EDXによるスクリーニング分析でこの精度に対応している機種も市場に登場しています。
ただし、現場でEDXスクリーニングを行う際は、試料の粒度や水分の影響を考慮する必要があります。土壌分析において土壌の粒度による偏析や水分による影響で測定値がブレやすいことが指摘されており、乾燥・粉砕といった前処理を施した上で測定する方法が推奨されています。非破壊・前処理不要という特徴は本質的に正しいですが、精度の高いデータを得るためには現場条件の管理が条件です。
土壌汚染が確認された場合は、原子吸光分析(AAS)や誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)などの公定法による確認分析が義務付けられます。EDXのスクリーニングで「汚染なし」と判定されれば詳細分析を省けるため、工事スケジュール短縮と分析コスト削減の両面で大きなメリットがあります。
| 対象物質(主な例) | 土壌含有量基準値 | EDX検出の目安 |
|---|---|---|
| 鉛(Pb) | 150 mg/kg以下 | 数ppm〜(装置による) |
| 砒素(As) | 150 mg/kg以下 | JIS K0430規定 定量下限30 mg/kg |
| カドミウム(Cd) | 45 mg/kg以下 | スクリーニング対応機種あり |
参考:島津製作所 汚染土壌中の有害元素分析アプリケーションノート(JIS K 0470対応)
https://www.an.shimadzu.co.jp/sites/an.shimadzu.co.jp/files/pim/pim_document_file/an_jp/applications/application_note/24464/an_01-00774-jp.pdf
ここからは、通常の解説記事ではあまり触れられない実践的な視点をお伝えします。これは使えそうです。
EDX分析には「検出深さ」という固有の制約があります。試料に電子線やX線を照射しても、内部から出てくる特性X線は試料に再吸収されるため、実際に検出できるのは表面から数百nm〜数μm(マイクロメートル)程度の深さまでの情報です。これはA4用紙1枚の厚さ(約100μm)の1/10〜1/100程度の深さに相当します。非常に浅い層の情報ということですね。
建築材料の分析でこれが問題になるのは、たとえばコンクリート表面に塗装や皮膜が存在するケースです。蛍光X線分析(EDXRF)の場合、透過力の強い一次X線が試料の比較的深い部分まで届くため、塗装層越しに内部元素を検出できる場合がありますが、SEM-EDXの場合は電子線の到達深さが浅く、表面皮膜の成分が支配的になりやすい点に注意が必要です。
一方でこの特性を逆手に取った活用法があります。マッピング(面分析)です。試料台を2次元的に動かしながら測定点を走査することで、材料の「どこにどの元素があるか」を色の濃淡で視覚化した「元素マッピング像」を生成できます。たとえば、建築設備の銅管ろう付け部においてZn(亜鉛)が優先的に腐食している様子や、コンクリート断面でCa・Si・Alの分布が偏析している状態を直接「絵」として確認できます。
マッピング分析が建築診断において特に有用なのは、劣化の「起点」を特定する場面です。コンクリートの中性化調査でSEM-EDXを用いると、水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)が炭酸カルシウム(CaCO₃)に変化している境界ラインを元素分布として可視化でき、中性化フロントの位置を正確に把握できます。目視では絶対にわからない情報です。
参考:神戸工業試験場 EDX・エネルギー分散型X線分析の詳細解説
https://www.kmtl.co.jp/service/analysis/edx