

減災とは、災害が発生することを前提に、その被害を最小限に抑えるための事前対策を指します。1995年の阪神淡路大震災の経験から生まれた概念で、「災害は必ず起こるもの」という現実的な認識のもと、人的・物的被害をできる限り減らすことを目的としています。日本は地震の発生回数が世界の2割を占める災害大国であり、災害そのものを完全に防ぐことはほぼ不可能です。そのため、災害発生後の対応や被害軽減策に重点を置く減災の考え方が、より合理的で現実的なアプローチとして注目されています。
参考)https://toyama.toieba.media/posts/a00026
防災は、地震や水害といった自然災害を未然に防ぐ、または災害による被害を防ぐための備えを意味します。災害による被害をできるだけ「ゼロ」に近づけることを目標に、あらかじめ想定した被害に対してさまざまな取り組みを行います。防災の基本的な考え方は、災害の被害を可能な限りゼロに近づけることであり、災害が発生する前に予防策や対策を講じることが中心となります。災害対策基本法第2条2項によると、防災には「被災からの復旧まで」を定義するとされており、災害発生前から復旧までの一連のプロセスを包括しています。
参考)https://www.alsok.co.jp/person/recommend/1050/
減災と防災の最も大きな違いは、「災害の発生を前提としているかどうか」という点にあります。防災は「災害は発生させてはいけない」という考えのもと、被害をゼロにすることを目指します。一方、減災は「災害は必ず発生する」という前提に立ち、発生した際の被害を最小限に抑えることに焦点を当てています。津波対策を例に取ると、防災では想定される津波の高さを超える堤防を築くことで津波から街を守ることを考えますが、減災では堤防が役に立たない場面も想定し、津波避難ビルを数多く建設することで多くの命を救うことを考えます。
参考)https://yestage.jp/blog/2021-1208/
阪神淡路大震災や東日本大震災の経験から、被害想定を超越した大災害が発生した場合、防災による備えが機能しなくなる、または十分でないという問題に直面しました。これらの大災害以降、これまでの防災意識や取り組みの問題点を補うため、より合理的で現実的な減災が重要視されるようになったのです。緊急津波速報や津波時の避難ルートの確認、ハザードマップの作成など、ソフトによる対策はすべて減災目的であると考えられています。
参考)https://heliport.jp/bosai_heliport/bousai_02/
減災が注目されるようになった背景には、近年の自然災害の激甚化と頻発化があります。特に阪神淡路大震災では6,434名、東日本大震災では2万人以上の死者・行方不明者が発生し、防災による備えだけでは被害を完全に防ぐことができないという現実が明らかになりました。また、自然災害を完全に予測することは、現代の科学技術では困難を極めます。そのため、災害の発生を前提として、いかに被害を軽減するかという減災の考え方が、より実践的なアプローチとして重視されるようになりました。
参考)https://www.daiwalifenext.co.jp/hoken/news/156.html
不動産業界においても、建物の耐震化や防災設備の充実だけでなく、ハザードマップを活用した立地選定や、災害時の事業継続計画(BCP)の策定など、減災の視点が求められています。東京都の推計によると、旧耐震基準で建てられたすべての建物が新耐震基準を満たした場合、揺れによる全壊棟数および死者数は現況より約6割減少するとされています。このように、減災対策は具体的な被害軽減効果が数値で示されており、不動産従事者として取り組むべき重要な課題となっています。
参考)https://www.homes.co.jp/cont/press/opinion/opinion_00420/
建物の耐震性能は、減災において最も重要な要素の一つです。住宅の耐震化率を向上させることで、地震による建物被害や人的被害を大幅に軽減できることがわかっています。日本の建築基準法における耐震基準は、1981年6月1日を境に大きく変わりました。この改正前を「旧耐震基準」、改正後を「新耐震基準」と呼び、新耐震基準では震度6強から7レベルの地震でも倒壊しないように設計されています。
参考)https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h17/bousai2005/html/honmon/hm100300.htm
さらに、耐震等級という指標があり、等級1は建築基準法の基準を満たす最低限の強度、等級2は等級1の1.25倍の強度で長期優良住宅の認定基準、等級3は等級1の1.5倍の強度となっています。耐震等級3の建物は、阪神淡路大震災クラスの地震が起こっても、軽い補修でまた住めるくらいの強度を持っており、減災の観点から非常に有効です。不動産従事者としては、物件の耐震性能を正確に把握し、顧客に適切な情報提供を行うことが求められます。
参考)https://www.daiwahouse.co.jp/stock/column/purchase/vol13/
不動産取引において、減災に関連する情報開示は、顧客の安全を守るために極めて重要です。特にハザードマップ上の災害リスク情報は、物件選定における重要な判断材料となります。2020年の宅地建物取引業法の改正により、重要事項説明において水害ハザードマップの説明が義務化されるなど、災害リスクに関する情報開示の重要性が法的にも認められています。
参考)https://it-trend.jp/safety_check_system/article/115-0023
不動産従事者は、物件が立地する地域のハザードマップを確認し、洪水、土砂災害、津波、液状化などのリスクを把握する必要があります。例えば、静岡県の介護施設運営会社では、ハザードマップで津波の浸水想定地区を確認した結果、一部の事業所を浸水想定地区外に移転させ、利用者の安全確保と施設の信頼性向上を実現しました。鹿島建設では、社員が簡易に災害リスクを確認できるオンラインハザードマップを構築し、新たな現場事務所の開設時における災害危険度の確認に活用しています。このように、ハザードマップは単なる参考資料ではなく、減災のための実践的なツールとして積極的に活用されています。
参考)https://www.rescuenow.co.jp/blog/column_20220715
減災において、「自助」「共助」「公助」の三要素が効果的に組み合わされることが重要です。自助とは、自分自身や家族の身を自分で守ることを指し、食料や飲料水の備蓄、家具の固定、避難経路の確認などが含まれます。共助とは、地域や身近にいる人同士が助け合うことで、自主防災活動への参加、地域の防災訓練、高齢者や障害者の支援などが該当します。公助とは、行政や消防、警察、自衛隊など国による救助・援助を指し、災害に強い都市基盤の強化、情報伝達機能の充実、避難所機能の充実などが含まれます。
参考)https://www.city.tsukuba.lg.jp/soshikikarasagasu/shichokoshitsukikikanrika/gyomuannai/1/3/1000598.html
1995年の阪神・淡路大震災では、一番多くの人命を救助したのは地域の住民による共助でした。しかし、公助の手が届くまでには時間がかかるため、災害時はほんの少しの遅れが命取りとなります。そのため、自助・共助の意識を持つことで、スピーディな動きにつながり、減災効果が高まります。不動産従事者は、入居者や顧客に対して自助の重要性を啓発するとともに、地域コミュニティの形成を支援することで、共助の基盤づくりに貢献できます。
参考)https://rena-bg.s-re.jp/blog/117
減災のための具体的な取り組みとして、内閣府は7つの備えを挙げています。一つ目は自助と共助の意識を持つこと、二つ目は地域の避難場所や危険区域を確認すること、三つ目は地震に強い家にするための対策、四つ目は家具の固定や配置変更で安全空間を作ること、五つ目は備蓄品や常備品を日頃から準備しておくこと、六つ目は家族間での防災会議、七つ目は地域とのつながりを大切にすることです。
特に家具の固定については、新潟県中越沖地震で40.7%、宮城県北部地震で49.4%が家具類の転倒や落下による負傷者であったことから、その重要性がわかります。背の高い家具や重い家具は倒壊による危険が大きく、二次被害につながりやすいため、壁や床にアンカーボルトやL型金具で固定する、天井に突っ張り棒で固定する、倒壊防止のマットを敷くなどの対策が有効です。不動産従事者は、これらの減災対策を入居者に提案し、安全な住環境の整備をサポートすることが求められます。
建物の減災化に関しては、近年の自然災害の頻発を受けて、建築基準法の改正を通じてさまざまな取り組みが行われています。2013年の改正では、大規模地震時の建物の倒壊防止や非構造部材の脱落防止対策の強化が盛り込まれました。2019年の改正では、南海トラフ地震などの巨大地震を想定した建物の耐震性能の向上が求められるようになりました。2021年の改正では、津波対策として、津波浸水想定区域内での建物の構造安全性の確保が義務付けられました。
参考)https://kansa.bvjc.com/column/2024/241118.html
これらの法改正を踏まえ、建物の減災化に向けて、建物の耐震性能の向上、非構造部材の落下防止対策、津波浸水区域における浸水対策、建物設備の浸水対策、避難経路の確保などの取り組みが重要となっています。不動産従事者は、これらの法改正内容を理解し、物件の評価や提案に反映させることで、顧客の安全確保に貢献できます。制震技術や免震技術の導入も、減災のための有効な手段となっています。
参考)https://www.tokiwa-system.com/column/column-365/
減災対策は、物件の安全性を高めるだけでなく、不動産価値の維持・向上にも寄与します。耐震性能の高い建物や、災害リスクの低い立地の物件は、入居者や購入者からの信頼が高く、空室リスクの低減や賃料・売買価格の維持につながります。特に、高齢者施設や病院などの要配慮者施設においては、災害時の安全確保が事業継続の前提となるため、減災対策の有無が施設の信頼性に直結します。
また、企業のBCP(事業継続計画)において、オフィスや事業所の立地選定は重要な要素となっており、ハザードマップ上のリスクが低い物件が選ばれる傾向があります。不動産従事者は、減災対策を物件の付加価値として積極的にアピールすることで、競合物件との差別化を図ることができます。防災設備の充実、避難訓練の実施、地域防災組織との連携など、ソフト面での減災対策も、入居者満足度の向上につながります。
地域防災計画は、各自治体が災害対策基本法に基づいて策定する、地域の防災・減災の総合的な計画です。この計画には、避難所の指定、防災拠点の整備、備蓄品の配備など、公助による取り組みが定められています。不動産従事者は、物件が立地する地域の防災計画を理解し、避難所や防災拠点との位置関係、災害時の避難経路などを把握することが重要です。
一部の自治体では、マンションなどの建物を津波避難ビルや一時避難場所として指定する取り組みが進んでいます。建物所有者や管理者がこのような公的な役割を担うことで、地域の減災に貢献するとともに、物件の社会的価値を高めることができます。また、地域の防災訓練や防災イベントに参加することで、入居者の防災意識を高めるとともに、地域コミュニティの形成を促進することができます。不動産従事者は、単なる物件の提供者ではなく、地域の減災を支えるパートナーとしての役割を果たすことが期待されています。
災害時には交通機関がストップしたり、物資の供給が滞ったりする場合があるため、非常食や飲料水、防寒具、懐中電灯などの必要な物資を備蓄することが重要です。内閣府は最低限3日間程度を目安に、家族構成や住宅地域に合わせて必要なものを準備することを推奨しています。一人1日3リットルの飲料水を7日分、保存食を7日分備蓄することが望ましいとされています。
備蓄品は、保存食、飲料水、衛生用品、医薬品、貴重品、ライトと電池、情報収集ツール、季節用品、便利グッズなど多岐にわたります。これらの備蓄品・防災グッズはまとめて一ヵ所に置いておくこと、水や食料、懐中電灯などの最低限必要な荷物を1つのリュックにまとめておくことが重要です。また、「ローリングストック」という、多めに備えているものを日常の中で消費し、消費した分を補充していく方法を取り入れることで、常に最小限備えるべき品目・量を保ちながら、消費期限切れを防ぐことができます。不動産管理者は、共用部分に防災備蓄倉庫を設置するなど、入居者の減災対策を支援する取り組みが求められます。
減災対策の実効性を高めるためには、定期的な防災訓練と継続的な減災教育が不可欠です。富山市では2022年10月に「富山市総合防災訓練」を実施し、約40の関係機関と地域住民合わせて700名が参加しました。訓練では、倒壊建物救助訓練、水道管の破損修理、ヘリコプターによる孤立者救助など、実践的な内容が盛り込まれています。
防災訓練に参加することで、災害時の避難手順やルートを確認できるだけでなく、地域住民との顔の見える関係を構築することができます。不動産管理者は、入居者向けの防災訓練を定期的に開催し、避難経路の確認、消火器の使い方、AEDの使用方法などを学ぶ機会を提供することが望ましいです。また、家族で防災・減災について話し合う「防災会議」を推奨し、災害発生時の家族の安否確認方法、非常時の集合場所、それぞれの学校や職場の避難場所などを事前に共有しておくことが重要です。
近年、減災技術は大きく進歩しており、不動産業界でも先進的な取り組みが導入され始めています。制震技術は建物の揺れを軽減する技術で、免震技術は建物に揺れを伝えないようにする技術を指します。これらの技術は、新築時だけでなく、既存建物のリノベーションにも適用可能であり、耐震性能の向上に大きく貢献します。
鹿島建設では、オンラインハザードマップを構築し、国や自治体が公開する各種災害ハザードの地図情報に、同社拠点の位置情報を重ねて表示することで、社員が簡易に災害リスクを確認できるシステムを導入しています。このようなデジタル技術の活用は、減災対策の効率化と精度向上に寄与します。また、IoT技術を活用した建物の構造ヘルスモニタリングシステムや、AIによる地震被害予測システムなど、最新技術の導入により、より効果的な減災対策が可能になっています。不動産従事者は、これらの技術動向を把握し、物件の価値向上に活かすことが求められます。
ALSOKの防災・減災対策ガイド - 防災と減災の違いや7つの対策ポイントについて詳しく解説
内閣府防災白書 - 住宅・建築物の耐震化の重要性と地震防災戦略について
LIFULL HOME'S PRESS - 都市とマンションの防災・減災対策と被害軽減効果について