

PEEKを建築・設備の材料候補として検討するとき、最初に見るべきは「温度で何が起きるか」です。PEEKは結晶性樹脂で、ガラス転移温度(Tg)と融点(Tm)を境に挙動が変わります。代表値として、Tgはおよそ143℃、融点は343℃が示されています(DSC測定)ので、温度域の見立てに使えます。根拠として、Victrexの物性ガイドと、Victrex系データをまとめたPEEK物性値詳細に同様の値が掲載されています。
ただし、建築現場で「融点343℃だから高温で強い」と単純化するのは危険です。実務で効くのは短期の耐熱ではなく、荷重がある状態でどこまで形状を維持できるかで、ここに熱変形温度(HDT)が入ってきます。たとえば非強化(450G)で1.8MPa条件のHDTが152℃程度として示され、繊維強化では大きく上がる例も示されています。設備機器の固定部・保持具・断熱支持など「荷重+温度」が同時にかかる場面では、HDTを設計側の第一条件に置くと判断ミスが減ります。
参考)https://hirosugi.co.jp/technical/material/PE.html
もう一つ、現場でありがちな誤読は「連続使用温度」の扱いです。PEEK 450Gの連続使用温度として、UL 746Bの区分(電気的、機械的衝撃なし、機械的衝撃あり)で260℃/240℃/180℃のように整理された値が示されています。これらは“用途区分と試験体系”に依存するため、建築設備の実環境(振動、クランプ応力、温水循環、薬品洗浄)にそのまま当てはめず、条件を揃えて評価するのが安全です。
参考)PEEKポリエーテルエーテルケトン樹脂(物性表2)|KDAの…
参考:Tg・融点・線膨張係数・連続使用温度(UL 746B)など、設計で必要な温度系の読み取りに使える物性値表
PEEK(ピーク)樹脂の物性値詳細
建築従事者の視点でPEEKの“強さ”を見るなら、引張強度・弾性率と同じくらい「時間依存(クリープ)」を重要視した方が合理的です。Victrexの物性ガイドでは、PEEK 450Gの引張強度がISO 527で「降伏で100MPaを超える」代表データとして整理され、非強化グレードが延性挙動を示すことも説明されています。つまり、瞬間的な強度は高いが、降伏・変形を伴う形で応力を逃がす材料像がベースになります。
一方で、建築設備の支持部材や保持具は「小さな変形が長期に効く」ため、クリープ特性の理解が外せません。Victrexのガイドは、一定応力下の引張クリープをISO 899で評価し、時間経過で歪みが増える様子を示しています。ここでの実務的な読みは、「室温だから大丈夫」ではなく、「温度が上がるとクリープが進みやすい」点で、Tg前後で材料の剛性が変化する説明とも整合します。
さらに、グレード差は建築用途では“性能と施工性のトレード”になりやすいです。物性表では炭素繊維強化(例:450CA30)で引張弾性率が大きく上がる一方、非強化と比べて破断様式が脆性寄りになる説明があります。振動・衝撃・施工時の偏荷重が入り得る部位では、強化グレードの「剛性アップ」だけを目当てにすると、欠け・割れ・ねじ部破損のリスク評価が抜け落ちます。
箇条書きで、建築・設備でよくある「読み替え」の例を整理します。
建築部材は、材料そのものより「取り合い」が壊れます。PEEKの物性表で、見落とされがちで効いてくるのが線膨張係数(CLTE)です。VictrexのガイドではCLTEをISO 11359で測定し、非強化グレードは“ほぼ等方的で異方性が少ない”一方、ガラス繊維・炭素繊維強化は異方性を持つと説明しています。つまり、同じPEEKでも、成形流動方向と垂直方向で伸び縮みが変わり得ます。
物性値詳細の表では、非強化450Gの線膨張係数が<Tgで4.7×10^-5/℃、>Tgで10.8×10^-5/℃など、Tgを境に増える様子が数値で確認できます。ここが建築設備で“地味に効く”理由は、熱水配管まわり・ボイラー室・ダクト近傍など、温度サイクルがある場所で、ねじ・Oリング・フランジ面圧・スライド支持の想定が崩れやすいからです。さらに金属フレームや躯体に対して樹脂部材が追従しきれないと、応力が局所に集まってクラックの起点になります。
意外と知られていないポイントとして、強化グレードでは「流動方向のCLTEが低いが、垂直方向は大きくなる」傾向が説明されています。これにより、例えば板材を“向き”を考えずに使うと、温度変化で片方向に反る、取付穴が楕円状に変形する、といった現象が起きやすくなります。図面で方向指定がないと、加工現場や組立現場で向きが揃わず、品質のばらつきとして表面化します。
箇条書きで、取り合いで効く典型例です。
PEEKは高性能樹脂として難燃性が語られることが多く、物性表でもUL94の等級が目立ちます。物性値詳細では、ナチュラル450GがUL94 V-0(1.5t)を達成している旨が示され、Victrexのガイドでも同様にUL94-V垂直燃焼試験の位置付けと、厚み条件に触れた説明があります。ここまでは“材料としての自己消火性”の評価です。
建築用途で一段深く見るなら、火災時の「煙」と「燃焼ガス」です。Victrexのガイドは、発煙性(煙濃度)が航空用途の基準で限界値より大幅に低いという説明や、NBSスモークチャンバー試験に基づく燃焼ガス毒性(表2)を掲載し、主要生成物がCO2とCOであること、CO排出が航空の毒性基準の限界値の5%未満といった整理を示しています。建築分野は航空と規格体系が異なるものの、材料の“燃え方の性格”を掴む資料としては有用です。
注意点として、UL94 V-0は「耐着火性」ではなく「自己消火性」を評価する試験であることが、Victrexガイドで明確に説明されています。したがって、電気設備の近接部材・ケーブル周り・内装近傍などで採用検討する際は、UL94だけでなく、建築側で求められる不燃・準不燃の扱い、部位ごとの告示・認定、施工条件(露出/隠ぺい、火源近接、換気)を別に詰める必要があります。ここを飛ばすと「材料はV-0だからOK」という誤解で手戻りが起きます。
参考:UL94の意味(自己消火性であり耐着火性ではない)や、発煙性・燃焼ガス毒性など“火災時のふるまい”を俯瞰できる資料
VICTREX PEEK 物性ガイド(PDF)
検索上位の「PEEK 物性表」は、引張・曲げ・比重・耐熱あたりで終わりがちですが、建築設備で意外に差が出るのが“透過”です。Victrexの物性ガイドでは、PEEKは液体・ガスバリア性に優れ、一般的な樹脂より透過・拡散・溶解が数桁低い傾向を示す、と説明されています。さらに、圧力が100倍でも透過率は10倍程度の増加に留まる例が述べられ、高圧環境での影響が相対的に小さいことが示唆されています。
建築分野の連想としては、薬品貯蔵室・実験施設・プラント系の建屋、あるいは臭気を嫌う区画(機械室の臭気管理)などで、“材料からの透過”が長期的に問題化するケースがあります。PEEKは石油ガス産業で配管チューブの高性能ライナーとして使われる例が紹介され、耐薬品性とガス透過性の低さが用途の背景にあることが読み取れます。一般の配管材(PVDFやPA系など)で臭気移行やガス透過が課題になる場合、PEEK系の考え方は、材料選定の比較軸として持っておく価値があります。
さらに「水・蒸気」についても、耐加水分解性として水・海水・蒸気への長期浸漬で浸食されにくい旨や、蒸気環境での引張強度保持の例がガイドに示されています。建築設備の殺菌工程・蒸気洗浄・温水循環など、樹脂部材の劣化要因が熱だけでなく水分と組み合わさる場面では、この“熱水・蒸気での安定性”が効いてきます。金属代替を狙うときも、腐食の代わりに「透過・吸湿・クリープ」の観点をセットで持つと、設計の抜けを減らせます。
箇条書きで、透過・蒸気の観点が刺さる場面例です。