

PCB含有の蛍光灯安定器を解体現場でそのまま廃棄すると、最大1,000万円の罰金になります。
ストックホルム条約は、2001年5月にスウェーデンのストックホルムで採択され、2004年5月に発効した国際条約です。正式名称は「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」で、英語ではPOPs条約(Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants)とも呼ばれます。日本は2002年8月に批准し、国内法(化審法など)と連動して物質規制を実施しています。
この条約が誕生した背景には、PCBやDDTなどの化学物質が「一国だけで取り組んでも汚染を防ぎきれない」という深刻な問題がありました。これらの物質は気流や海流に乗って国境を越えて移動し、製造したことすらないイヌイット族の血液からPCBが検出された事例も記録されています。地球規模での協調が不可欠だったのです。
POPs(残留性有機汚染物質)には、次の4つの特徴があります。
- 難分解性:自然環境では分解されにくく、土壌や水中に長期間残留する
- 長距離移動性:土壌・水・大気を介して国境を越えて広がる
- 生物蓄積性:食物連鎖を経て生物体内に濃縮され、食物連鎖の上位ほど濃度が高くなる
- 有毒性:人間や野生動物の健康に急性・慢性的な影響を与え、発がんリスクや内分泌かく乱も指摘される
つまり、POPsは「少量でも長期間にわたって影響を与え続ける物質」です。
建設業に直結するポイントは、過去に広く使われた建材や電気設備にPOPs対象物質が含まれているケースが多いことです。「昔の建物だから関係ない」は通りません。むしろ築年数が古い建物を扱う解体・改修工事では、POPs含有製品に出会う確率がぐっと高まります。
条約の規制対象物質は「附属書A(廃絶)」「附属書B(制限)」「附属書C(非意図的生成物の排出削減)」という3つの分類に分けて管理されています。2025年5月のCOP12(第12回締約国会議)では、クロルピリホス・中鎖塩素化パラフィン(MCCP)・長鎖ペルフルオロカルボン酸(LC-PFCA)の3物質が新たに廃絶リストに追加され、対象物質はすでに38物質に達しています。
環境省|ストックホルム条約(POPs)の概要・条約文・対象物質一覧
ストックホルム条約の規制は、物質ごとに取り扱いの厳しさが異なります。
まず「附属書A(廃絶)」は製造・使用・輸出入が原則禁止される最も厳しい区分です。2025年5月現在で38物質が該当し、その多くは建設現場でも見かける可能性のある物質です。代表例を挙げると次のとおりです。
| 物質名 | 主な用途 | 日本での規制開始 |
|---|---|---|
| PCB(ポリ塩化ビフェニル) | 変圧器・コンデンサ・安定器 | 1974年(化審法) |
| HBCDD(ヘキサブロモシクロドデカン) | 発泡ポリスチレン断熱材・難燃カーテン | 2014年5月 |
| 短鎖塩素化パラフィン(SCCP) | 難燃剤・金属加工油剤 | 2018年4月 |
| デクロランプラス | 難燃剤(電線・ケーブル等) | 2025年2月 |
| PFOA・PFOA関連物質 | フッ素コーティング・界面活性剤 | 2021年10月 |
次に「附属書B(制限)」は、特定用途に限り使用が認められる物質です。代表格はDDT(農薬)とPFOS(撥水剤・界面活性剤)です。PFOSは泡消火薬剤として建物に配備されているケースがあり、2020年3月時点で国内の残存量は約18トンと特定されています。廃止後は代替品への切り替えが求められます。
「附属書C(非意図的生成物)」に分類されるのは、製造・使用を意図していないのに作業中などに発生してしまう物質です。ダイオキシン類やPCBが含まれており、廃棄物焼却や金属精錬時の排出削減が義務付けられています。解体工事で出た廃材を現場で燃やす行為は、ダイオキシンの非意図的生成につながりうるため厳禁です。
対象物質は締約国会議(COP)が開催されるたびに追加されていきます。最初の発効時(2004年)には12物質だったものが、今では38物質にまで増えています。これは約20年間で3倍以上に膨らんだ計算です。今後もPFAS関連物質などの追加が議論されており、チェックの継続が欠かせません。
経済産業省|POPs条約の概要・対象物質・国内規制の反映状況
建設業従事者にとって最も身近なPOPs対象物質といえば、PCB(ポリ塩化ビフェニル)です。
PCBは絶縁性・耐熱性・難燃性に優れた化学物質として、1954年から1972年にかけて変圧器・コンデンサ・蛍光灯安定器などに広く使われました。この時期に建てられた建物の電気設備には、PCB含有機器が残っている可能性があります。ざっくり言えば、「昭和30年代〜昭和50年前後に建てられた建物の電気室や照明設備」は要注意です。
問題は、古い建物の解体・改修工事では、PCB含有機器に気づかないまま作業を進めてしまうリスクがある点です。蛍光灯安定器やコンデンサは、外観だけではPCBの有無を判断できません。銘板が消えていた場合は「高濃度PCB廃棄物として取り扱う」ことが原則とされています。
PCB廃棄物を誤って一般廃棄物として処分すると、廃棄物処理法上の違反となります。無許可業者への委託・譲渡は3年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(法人は別途)が科されます。これは軽い罰則ではありません。
処理には期限もあります。高濃度PCB廃棄物の処理期限はすでに終了しており、低濃度PCB廃棄物は2027年(令和9年)3月31日が処分期限です。期限を過ぎた場合、都道府県知事等から改善命令が発動され、それに従わなかった場合に上記の罰則が適用されます。
解体工事でPCB廃棄物が見つかった場合、処理責任は工事業者ではなく建物所有者にある点を覚えておいてください。工事業者が誤って持ち出した場合は特別管理産業廃棄物の不法処理となりうるため、現場でPCB含有機器を発見したら必ず建物所有者・発注者に引き渡す手続きを踏むことが原則です。
PCB含有調査や適正処理の手続きは、PCB廃棄物処理に精通した専門業者(JESCOなど)に相談するのが確実な方法です。
PCBほど知名度はないが、建設業者が特に注意すべきPOPs対象物質がもう2つあります。それが「HBCDD(ヘキサブロモシクロドデカン)」と「デクロランプラス」です。
HBCDDは断熱材の難燃剤として使われていた物質で、主にビーズ法発泡ポリスチレン(EPS)や押出法発泡ポリスチレン(XPS)に含有されていました。「スタイロフォーム」や「カネライトフォーム」といった名称の断熱材に含まれていたケースがあります。HBCDDは2013年にPOPs条約の附属書A(廃絶)に追加され、日本では2014年5月に化審法の第一種特定化学物質に指定されました。これ以降の製品は代替難燃剤に切り替わっていますが、2013年以前に施工された建物の断熱材には依然として含有の可能性があります。
解体・改修工事でEPS断熱材を取り除く際に、かつての製品かどうか確認せずに廃棄するとリスクがあります。EUでは2024年にHBCDDの含有制限値を100mg/kgから75mg/kgへ引き下げており、国際的な規制強化の流れは続いています。
デクロランプラス(DP)は電線・ケーブルや建材向け難燃剤として使われてきた有機塩素系化合物です。2023年のCOP11で附属書A(廃絶)に追加され、日本では2025年2月18日付で化審法の第一種特定化学物質に指定されました。発効後は締約国での製造・使用が原則禁止となっています。
難燃剤が規制される流れは、建設業にとってサプライチェーン全体の問題でもあります。下請けや資材業者が規制物質を含む製品を納入してくる可能性を排除できません。資材の調達時に「POPs対象物質を含まないこと」の確認を発注先に求めるプロセスが今後ますます重要になります。
これらの物質の含有確認には、JIS準拠の分析機関への試験依頼や、メーカー発行の製品含有化学物質管理資料(グリーン調達資料)の取り寄せが現実的な手段です。
POPs条約 対象物質リスト(2025年最新版)|物質名・CAS番号・化審法指定日一覧
近年、特にニュースで取り上げられることが増えているPFAS(有機フッ素化合物)も、ストックホルム条約の対象物質に含まれています。
PFASとは「Per- and Polyfluoroalkyl Substances」の略で、数千種類にのぼるフッ素化合物の総称です。このうちPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は附属書B(制限)、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)・PFHxS・LC-PFCAなどは附属書A(廃絶)に指定されています。「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」とも呼ばれ、自然環境での分解がほぼ起きないことで知られています。
建設業との直接的な接点としては、次のケースが挙げられます。
- 泡消火薬剤:PFOSを含む泡消火薬剤は、消火設備として建物内に配備されているケースがある。2020年3月時点で全国に約18トンが残存しており、速やかな代替品への切り替えが求められている
- フッ素系撥水剤・防汚コーティング:外壁材・屋根材・テント膜材などの表面処理に使われてきた経緯があり、廃材処理時にPFASが溶出するリスクがある
- 土壌・地下水汚染:建設工事で地盤を掘削する場合、過去にPFAS含有物質が使われた土地では土壌汚染調査が求められることがある
PFOAは2021年10月に化審法の第一種特定化学物質に指定され、製造・使用・輸出入が原則禁止となりました。また2025年1月にはPFOA関連物質も第一種特定化学物質として追加指定されています。規制の網は着実に広がっています。
PFAS関連の土壌汚染や水質汚染は、発覚すれば工事の中断・再調査・対策工事と多大なコストがかかります。工期の長い建設プロジェクトほど、事前のリスク把握が経営を守ることにつながります。工事前の地歴調査( Phase I ESA相当の確認)を徹底することが、現実的なリスク管理の一手です。
ユーロフィン|ストックホルム条約(POPs条約)におけるPFOS・PFOA規制内容の詳細解説
ここまで対象物質の概要を理解したうえで、建設業者として実務で取るべき行動をまとめます。難しく考えすぎる必要はありません。
① 工事前の建物調査・含有確認を徹底する
解体・改修工事を受注したら、まず施主(発注者)に建築年度・電気設備の更新歴・使用断熱材の確認を依頼します。1972年以前に設置された変圧器・コンデンサ・蛍光灯安定器はPCB含有の疑いがあります。目視では判断できない機器は専門業者に分析を委託してください。HBCDD含有断熱材については2013年以前施工のEPS・XPS断熱材が対象です。
② 廃棄物の分別・処理フローを明確にする
POPs対象物質を含む廃棄物は特別管理産業廃棄物として扱います。収集運搬・処分にはそれぞれ許可が必要です。社内マニュアルで「PCB廃棄物が出た場合の連絡フロー」を文書化しておくと、現場でも迷わず対応できます。
③ 建材・資材の仕入れ時に含有確認を行う
新築・リノベーション工事での資材調達時、納入業者に「RoHS指令・ストックホルム条約対象物質の非含有証明書(グリーン調達書類)」を提出してもらうことを推奨します。含有確認なしに施工し、後から発覚した場合の責任リスクは施工業者にも及びます。これは確認するのが基本です。
④ 最新の規制動向を年1回チェックする
ストックホルム条約のCOPは2〜3年おきに開催されており、そのたびに対象物質が追加される可能性があります。経済産業省・環境省のウェブサイト、または業界団体の情報配信を定期購読する形で最低年1回の確認を習慣にしてください。
⑤ 社内教育・協力会社への情報共有
現場の職長・作業員レベルで「PCBが含まれた安定器は一般廃棄物に出さない」「断熱材のメーカー確認は解体前に行う」という基礎知識が浸透していることが重要です。安全朝礼や協力会社向け説明会の議題に組み込む方法が有効です。
知識があれば対応できます。ストックホルム条約の対象物質は、決して「遠い話」ではありません。建設現場は過去の化学物質と直接向き合う最前線であり、適切な知識と手順がリスク回避の最大の武器になります。
環境省|ストックホルム条約・POPs国内実施計画・最新締約国会議の結果