

あなたが「目視で十分」と思っているコンクリートの火害、実はTGAで数mg の試料だけで受熱温度まで特定できます。
熱重量分析(Thermogravimetric Analysis:TGA)とは、試料を一定のプログラムに従って加熱・冷却・または一定温度で保持しながら、その質量変化を温度または時間の関数として連続的に記録する熱分析手法です。略称として「TG」または「TGA」が使われますが、両者は同義です。
原理はシンプルです。高精度の熱天秤(μg=1,000分の1mgの変化も検出できる)に試料を乗せ、電気炉の中で温度を上げていきます。試料が加熱されると、含まれていた水分の蒸発・有機成分の分解・酸化・還元などの化学反応によって質量が変化します。この変化をリアルタイムで記録することで、「どの温度で・どの程度・何が起きているか」が定量的にわかります。
装置の中核は「ゼロ位法天秤」です。天秤のビームが傾くと、光電変換素子がそれを感知し、フィードバックコイルに電流を流して天秤を水平に戻します。この制御電流の変化量が質量変化として記録される仕組みです。天秤の形式には吊り下げ式・上皿式・水平式の3種類があり、吊り下げ式は高感度測定に有利とされています。
得られる結果は「TG曲線」と呼ばれるグラフです。横軸が温度または時間、縦軸が質量変化率(%)で、試料の分解開始温度・分解終了温度・各段階での質量減少量が読み取れます。つまりTG曲線が材料の熱的「カルテ」になります。
| 構成部品 | 役割・特徴 |
|---|---|
| 熱天秤(バランスユニット) | μg単位の質量変化を検出。外部振動・温度変化に強い設計 |
| 電気炉(ファーネス) | 室温〜1,300℃まで均一加熱・急速昇温が可能 |
| ガス導入系 | 窒素・空気・酸素・ヘリウムなどの雰囲気ガスを自動制御 |
| 制御・解析ユニット | 温度プログラム管理とデータ収集・解析ソフトを統合 |
建築業に関わる方が最初に押さえておくべき点は、TGAが「目に見えない内部の化学変化」を温度・重量というシンプルな数値で可視化してくれる点です。これは問題ありません。建築材料の劣化・熱変性・含有成分の定量に直接応用できる強力な武器です。
参考:日本分析機器工業会(JAIMA)による熱重量測定装置の原理と応用解説
熱重量測定装置の原理と応用 | JAIMA 一般社団法人 日本分析機器工業会
TG曲線の読み方を正確に理解することが、熱重量分析の活用において最も重要なステップです。曲線は基本的に「平坦な部分」と「急激に傾く部分」の繰り返しで構成されます。平坦な部分は試料が熱的に安定している範囲であり、傾く部分は何らかの反応(分解・蒸発・酸化など)が進行していることを示します。
特に注目すべき3つの温度があります。
例として、セメント水和物を代表する水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)は、約400〜500℃で急激な質量減少を示します。これは建築業の方にとって非常に重要な数値です。この温度帯での分解反応は次のとおりです。
Ca(OH)₂ → CaO + H₂O↑
コンクリートが火災を受けた際、この反応が進行します。そのためTG分析の400〜500℃付近の質量減少の大小を読み取ることで、「このコンクリートは何度程度の火災を受けたか」を数値で推定できるのです。
また、多段階の質量変化が観察される場合は反応が複数回起きていることを意味します。たとえば純粋なシュウ酸カルシウム(CaC₂O₄・H₂O)では3段階の明確な質量減少が現れ、① 脱水(約200℃、-12.3%)、② CO放出(400〜550℃、-19.2%)、③ CO₂放出(600〜800℃、-30.1%)のように理論値と非常によく一致します。この定量精度の高さがTGAの最大の強みです。
DTG曲線(微分熱重量曲線)も並行して確認することが原則です。DTG曲線を使うと、TG曲線では見えにくい複数の重なった反応を個別のピークとして分離でき、より詳細な解析ができます。複雑な建築材料の組成分析ではDTG曲線が手がかりになることが多いです。
TGAの測定結果は、測定条件の設定によって大きく変わることが知られています。「同じ試料でも条件が違えば違う結果が出る」という点を建築業の方には特に理解しておいてほしいです。
まず加熱速度の影響です。一般的な測定では10℃/分が標準ですが、加熱速度を上げると分解が高温側にシフトし、複数の反応が重なって見えにくくなります(分解能の低下)。昇温速度が速すぎると試料内部の温度が均一にならず、試料温度がプログラム温度から外れる「自己冷却効果」も生じます。重要な分析では5℃/分以下の低速昇温が推奨されます。
次に試料量の影響です。試料量が多くなると、試料内部で発生したガスの拡散が困難になり、反応温度が高温側にズレます。一般的に使用される試料量は数mg〜10mg程度です。日本規格協会のJIS K0129(熱分析通則)でも、測定条件の再現性確保のために試料量・加熱速度・雰囲気ガスの種類・ガス流量・試料容器の形状と材質を統一することが定められています。
雰囲気ガスの選択も結果を左右します。
さらに忘れてはならないのが「ブランク補正」です。TGA測定中は加熱炉内で浮力変化と熱対流によりベースラインがドリフトします。試料に重量変化がなくても見かけ上の質量変化が記録されるため、空のるつぼで同条件のブランク測定を行い、補正することが必須です。これを怠ると誤判定につながります。最新の装置ではブランク補正機能が標準搭載されていますが、古い装置では手動補正が必要です。
試料容器(るつぼ)の材質も重要です。白金製が最も広く使われますが、試料や生成ガスと反応しないこと・触媒作用を起こさないこと・十分な熱伝導率を持つことが条件とされます。アルミニウム製るつぼは低温域(600℃以下)の測定に、石英製は酸化雰囲気の高温測定に向いています。
参考:広島大学大学院・古賀信吉氏による熱分析の基礎(TG/TG-DTA測定条件と注意事項の詳細解説)
熱分析の基礎1–TG, TG-DTA を中心に(広島大学)
建築業に携わる方が熱重量分析を知っておくべき最大の理由は、建築材料の品質評価・劣化診断・耐火性能確認に直結するからです。ここからが本題です。
コンクリート・セメント系材料への応用として最も重要なのが「火害診断」です。コンクリートが火災を受けると、セメント水和物が段階的に分解します。TG-DTA分析を行うと、各温度での質量減少パターンから受熱温度を高精度に推定できます。
実際に東京科学大学(旧東京理科大学)の研究では、火害を受けたコンクリートのTG-DTA分析結果をフェノールフタレイン溶液による中性化深さと組み合わせることで、火害の深度と受熱温度の分布を精密に評価できることが実証されています。
断熱材・防水材への応用も重要です。建築用の断熱材(グラスウール・ロックウール・ウレタンフォームなど)の熱安定性を比較するにも、TGAは有効です。たとえばウレタンフォームは窒素雰囲気では300〜400℃付近から分解が始まり、空気雰囲気では燃焼による急激な質量減少を示します。この分解開始温度が低ければ、火災時に早期に断熱性能を失うリスクがある材料と判断できます。
シーリング材や防水材についても同様で、有機系材料が含む揮発成分量や熱分解開始温度をTGAで把握することで、「この材料は何度まで使えるのか」という使用環境の限界温度を根拠をもって設定できます。これは材料選定の判断基準として活用できます。
また建材試験センターでは、防耐火材料試験の補完的手法としてTG/DTA(示差熱熱重量分析)を採用しており、成分確認・熱的挙動の把握に活用しています。建築基準法の防耐火規制への対応においても、材料の熱的データは裏付けとして有用です。
参考:建材試験センター(JTCCM)による防耐火材料試験とTG/DTA活用事例
建材試験情報 Vol.51 No.1-2(建材試験センター)
単独のTG測定では「どの温度で何%の質量が減ったか」はわかっても、「なぜ減ったか(吸熱なのか発熱なのか・どんなガスが出たのか)」まではわかりません。そこで活躍するのが同時熱分析装置です。これは使えそうです。
TG-DTA同時測定は、熱重量変化(TG)と示差熱分析(DTA)を同一試料で同時に取得する手法です。DTAは試料と不活性な参照物質(アルミナなど)の温度差を計測し、吸熱反応(融解・脱水・分解)や発熱反応(結晶化・酸化・燃焼)を検出します。TGとDTAを組み合わせると次のような複合情報が得られます。
TG-DTA-MS(質量分析計連結)は、さらに発生ガスの組成をリアルタイムで特定できます。TGAで質量が減少したとき、「水蒸気(m/z=18)が出たのか」「CO₂(m/z=44)が出たのか」「CO(m/z=28)が出たのか」を質量分析計で同時確認します。これにより「この温度で起きた反応の化学的正体」まで一度の測定で特定できます。
建築の現場で直接使うことは稀かもしれません。しかし建築研究機関・建材メーカー・検査機関との連携業務において、TG-DTA-MS分析のレポートを受け取った際に内容を正確に読める知識があると、材料選定や施工方針の判断の質が上がります。
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻においても、Rigaku製のTG-DTA8122が2023年に導入されており、建築材料の研究開発において熱重量分析が標準的ツールとして位置づけられています。
参考:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻の熱重量示差熱分析装置(TG-DTA)導入状況
熱重量示差熱分析装置 TG-DTA | 東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻
熱重量分析の知識は「研究者だけのもの」ではありません。建築業に関わる技術者・施工管理者・資材調達担当者が実際の業務で活かせる場面を具体的に整理しておきます。
コンクリート火害診断における活用では、まず採取するコアの位置と深さを正しく設定することが前提です。火害を受けたコンクリートをコアサンプリングし、深さ方向に5〜10mmずつスライスした試料をTGA分析すると、400〜500℃帯のCa(OH)₂分解ピークの有無によって「高温域に達した深さ」が数値で把握できます。この深さが大きいほど補修の規模が増すため、修繕費用の根拠資料としても使えます。
材料品質管理の視点では、竣工後のトラブル対応で有効です。シーリング材のひび割れ・断熱材の劣化・防水層のふくれなどは「目視での判断が難しい内部劣化」から始まることが多いです。このような場合に採取サンプルをTGA分析することで、材料の組成変化・揮発成分の消失・熱分解の進行度を客観的なデータとして示せます。施主や保険会社への説明資料として強い説得力を持ちます。
材料選定段階での活用も見逃せません。たとえば高耐熱性が求められる耐火被覆材の選定において、各製品のTGAデータを取り寄せ・または依頼して比較することで、分解開始温度・残存重量・燃焼挙動の違いを客観的に比較できます。カタログ値の「耐熱○℃」という表記だけでなく、実際の熱分解挙動データで評価することが、より精度の高い材料選定につながります。
日本分析化学会の解説によると、TG分析の試料量はできるだけ少なく(数mg程度)、加熱速度もできるだけ小さく設定することで、より精密で再現性の高いデータが得られることが強調されています。外部の分析機関にTGA分析を依뢰する際は、この点を伝えることで信頼度の高い結果を得やすくなります。
また、分析機関への依頼時に「どの雰囲気ガスを使うか」を事前に相談することも重要なポイントです。建築材料の場合、有機系材料の熱分解には窒素雰囲気・無機系成分の定量には空気雰囲気と使い分けることで、目的に合ったデータが得られます。雰囲気ガスの指定が曖昧なまま依頼すると、意図しない測定結果になるリスクがあります。雰囲気の確認が条件です。
参考:日本分析化学会による熱分析の基礎(TGA実施上の注意点と応用事例)
熱分析入門 | 日本分析化学会「ぶんせき」2017年12月号