

シアナミド鉛錆止め塗料は、2014年にJIS K 5625が廃止されており、今も在庫品を使い続けると労災リスクや廃棄物処理コストが跳ね上がります。
シアナミド鉛(化学式:Pb₂NCN、一般名:鉛シアナミド)は、鉛系さび止め顔料の中でも最もアルカリ性が高い物質です。この「アルカリ性が高い」という特性が、防食性能の核心にあります。酸性雨(pH4〜5程度)などの腐食因子を中和する能力が他の鉛系顔料より優れており、金属表面を酸性環境から長期間守ることができます。
具体的な防食メカニズムは2段階で働きます。まず、シアナミド鉛がボイル油などの展色材(塗膜の主成分)と化学反応を起こし、「金属石けん」と呼ばれる緻密な防食皮膜を金属表面に形成します。この皮膜が、酸素・水・塩分などの腐食因子の侵入を物理的に遮断します。さらに微アルカリ環境を維持することで、鉄の不動態化(酸化されにくい安定状態)を促進します。
つまり「物理的バリア+化学的不動態化」の二重防御が特長です。
鉛丹(JIS K 5622)と比較したとき、シアナミド鉛さび止めペイントには明確な優位点がいくつかあります。まず塗料の比重が軽く、エアレス吹き付け塗装などの機械施工での作業性に優れています。また暴露36ヶ月の試験データ(通産省委託試験・工業材料及び製品の耐候性に関する調査研究)でも、シアナミド鉛は鉛丹を上回るさび発生評点を示しており、上塗り塗料との付着性でも最高評価を記録しています。付着性の悪さが鉛丹の致命的な弱点でした。それが問題ですね。
用途としては、橋梁・タンク・鉄塔・鉄骨・鉄管など屋外の大型鉄鋼製品・鉄鋼構造物への地肌塗り(下塗り)が主体です。建築工事の現場では、鉄骨や建築鋼材の1種・2種ケレン後の下塗り工程で広く使われてきた実績があります。隠ぺい力が高いことも選ばれた理由のひとつです。
錆止め塗料の種類・効果を詳しく解説(アステックペイント):シアナミド鉛を含む鉛系顔料の防食原理や各塗料の性能比較が確認できます。
建築・土木の現場で長年使われてきたシアナミド鉛さび止めペイントですが、JIS K 5625は2014年(平成26年)4月21日をもって廃止されました。これは鉛含有塗料の廃絶を目指す国際的な動きと、日本塗料工業会の自主的な宣言に基づくものです。
廃止に至った背景を整理すると、次のような経緯があります。
| JIS番号 | 名称 | 廃止年月日 | 移行先 |
|---|---|---|---|
| JIS K 5622 | 鉛丹さび止めペイント | 2010年5月20日 | JIS K 5674へ |
| JIS K 5624 | 塩基性クロム酸鉛さび止めペイント | 2010年5月20日 | JIS K 5674へ |
| JIS K 5625 | シアナミド鉛さび止めペイント | 2014年4月21日 | JIS K 5674へ |
| JIS K 5629 | 鉛酸カルシウムさび止めペイント | 2016年12月20日 | JPMS 28へ |
こうして2016年末に、JIS規格から鉛含有さび止め塗料がすべて姿を消しました。さらに国土交通省監修の「公共建築工事標準仕様書」からも鉛含有塗料の使用義務が取り除かれており、公共工事での使用は実質的に終了しています。
重要なのは、JIS廃止後も「在庫品の使用」そのものが直ちに違法となるわけではない点です。ただし、鉛中毒予防規則(厚生労働省)に基づき、鉛業務を行う際には作業主任者の選任・保護具の着用・健康診断の実施などが義務付けられています。鉛則が条件です。
首都高速道路の橋梁塗装塗り替え工事で、ケレン作業中に鉛含有粉じんを吸い込んだ作業員3人が鉛中毒を発症した事故が実際に起きています(2020年頃)。古い建物や橋梁の塗り替えでは、既存塗膜に鉛が含まれている可能性を事前に調査することが欠かせません。これは必須です。
日本塗料工業会「塗料中鉛の廃絶に関する現状と今後の方針」:JIS廃止の経緯と代替規格への移行スケジュールが確認できます。
建築業従事者にとって見落とされがちなリスクが、既存建物の改修・解体工事時における「旧塗膜の鉛含有問題」です。1990年代以前に建設された鉄骨造の建物や橋梁では、下塗りにシアナミド鉛さび止めペイントや鉛丹さび止めペイントが使われていることが多く、塗り替え時のケレン(旧塗膜の剥離・研磨)作業で鉛含有粉じんが飛散します。
意外ですね。
鉛含有塗膜を含む廃棄物は、鉛溶出量が0.3mg/L以上の場合、特別管理産業廃棄物として厳重な管理・処分が義務付けられています(廃棄物処理法)。一般の産業廃棄物処理と比べて処理費用はおよそ3〜5倍以上になるケースが珍しくなく、工事コストが大幅に膨らむ要因となります。たとえば一般の塗膜廃棄物が1トンあたり数万円の処分費でも、鉛含有塗膜として特別管理産業廃棄物に分類されると、10万円以上/トン規模の処理費が発生することもあります。
痛いですね。
鉛含有塗膜かどうかを確認するためには、施工前に専門機関による塗膜の有害物質分析(蛍光X線分析など)を実施することが有効です。分析費用は数万円程度ですが、事前に判明することで処理方法の選定や見積もりの精度が上がり、結果的にコスト管理がしやすくなります。
作業時の保護対策については、鉛則(鉛中毒予防規則)に基づき、以下の対応が求められます。
これらは「やったほうが良い」ではなく、法的義務であることを現場の管理者は正確に把握しておく必要があります。鉛則を守ることが前提です。
厚生労働省「鉛等有害物を含有する塗料の剥離やかき落とし作業における労働者の健康障害防止について」:法令上の具体的な防護義務と発注者への対応要請内容が確認できます。
シアナミド鉛さび止めペイントの廃止に伴い、現在の主流となっているのがJIS K 5674「鉛・クロムフリーさび止めペイント」です。この規格は2008年(平成20年)1月に制定された統合JISで、鉛丹・塩基性クロム酸鉛・シアナミド鉛などの鉛系・クロム系さび止めの代替として位置付けられています。
これは使えそうです。
JIS K 5674には1種と2種があり、主な違いは以下のとおりです。
| 種別 | 防錆顔料 | 特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| 1種 | リン酸塩系・モリブデン酸塩系など | 高防食性・厚膜形成が可能 | 橋梁・大型鉄鋼構造物 |
| 2種 | 同上(軽量タイプ) | 速乾性・作業性に優れる | 建築鉄骨・一般鋼材 |
代表的な製品として、日本ペイントの「水性ハイポンプライマー」「一液ハイポンファインデクロ」、関西ペイントの「ザウルスEX」「スーパーザウルス」、エスケー化研の「マイルドサビガード」などがあります。これらはいずれも「JIS K 5625品と同等以上の防錆力」を謳っており、公共工事仕様書にも対応しています。
製品を選ぶ際に確認すべき3点を挙げると、まず「JIS K 5674適合品」の表示があるかどうか、次に1液形か2液形かの確認(2液形はポットライフ・硬化剤管理が必要)、そして上塗り塗料との相性(水性上塗りには水性下塗りが原則)の確認です。上塗りとの相性が条件です。
また、変性エポキシ樹脂系の下塗りを選ぶと、付着性・防食性の両面でシアナミド鉛を超える性能を発揮するものもあります。たとえばハイポン20デクロ(日本ペイント)はイオン交換体を配合し、海塩粒子への対抗力も持つ製品です。
鉛系さび止めペイントの旧JIS規格詳細ページ:JIS K 5625の適用範囲・塗り方・参考情報が記載されており、旧塗膜の特定に役立ちます。
JIS廃止から10年以上が経過した2026年現在も、鉛含有塗膜が残存する既存建物・構造物は数多く存在します。これが現場サイドで見落とされがちな「隠れたリスク」です。
建設業者がとくに注意すべき場面として、次の3つが挙げられます。
「古い建物の塗り替えだから特に問題ない」という感覚で施工に入ることは非常に危険です。まず「旧塗膜の鉛含有調査」をゼロステップとして位置づけることが、現代の建築業従事者には求められています。
鉛含有塗膜の事前調査には、蛍光X線分析(XRF)による簡易現場測定と、専門機関での溶出試験(環境省告示13号試験)の2種類があります。現場での簡易測定なら数万円程度、溶出試験は1検体あたり数千円〜1万円程度が目安です。調査費は必須の経費です。
元請け事業者(ゼネコン・工務店)は、下請け業者が鉛含有塗膜の剥離作業を行う際も、適切な作業環境管理と保護措置を徹底させる義務を負います。下請けに任せっきりでは法令違反になるリスクがある点も、管理者として忘れてはなりません。
結論は「旧塗膜の調査が最初の一歩」です。
旧塗膜の鉛含有調査を専門的に対応している分析機関の活用や、大日本塗料・日本ペイントなどの主要塗料メーカーが提供している塗膜分析サービスを工事計画の初期段階に組み込むことで、工事トラブル・労災リスク・廃棄物処理コストの増大を未然に防ぐことができます。
大日本塗料「塗膜の有害物質分析(鉛・クロム・PCB・アスベスト)」:既存塗膜の鉛含有量分析サービスの詳細と基準値(鉛0.3mg/L)が確認できます。