
栓溶接(せんようせつ)とは、重ね合わせた鋼板の上側に穴を設け、その穴を溶接金属で埋めることで両材料を一体化する溶接方法です。英語では「Plug Weld」や「Slot Weld」と呼ばれ、建築鉄骨や製造業の鋼板接合で広く使用されています。
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溶接継手の形状による分類では、開先溶接、すみ肉溶接と並ぶ主要な溶接方法の一つとして位置づけられています。栓溶接は、母材(溶接する鋼板)を重ねた状態で、穴部分に溶接金属を充填することで接合力を得る特徴があり、せん断力の伝達に優れた性質を持ちます。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0010020080
建築鉄骨工事では、デッキプレートと鉄骨梁を一体化させるために栓溶接が用いられます。この接合により、地震時の面内水平力を確実に伝達できるため、構造上非常に重要な役割を果たしています。
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栓溶接には複数の種類があり、施工方法によって「穴あけ栓溶接」と「焼抜き栓溶接」に大別されます。前者はあらかじめ穴を開けてから溶接を行うのに対し、後者は溶接アークで穴を焼きながら同時に溶接を行う点が異なります。
栓溶接の基本的な仕組みは、2枚以上の鋼板を重ね合わせた状態で、上側の鋼板に設けた穴を溶接金属で充填し、下側の鋼板まで溶け込ませることで強固な接合を実現します。溶接時には、アーク熱によって母材と溶接棒(またはワイヤ)が溶融し、冷却後に一体化した溶接部が形成されます。
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溶接部の断面形状は円形または楕円形となり、この部分がせん断力や引張力に対して抵抗します。栓溶接で形成されるビードはコンパクトで、溶接部が穴埋め部分に集中するため、外観を大きく損なわずに強固な接合を得られる利点があります。
建築現場で使用される栓溶接は、主に被覆アーク溶接法で施工されます。溶接棒には低水素系のものが使用され、直径4mmφの溶接棒が一般的です。溶接機の電流値を適切に設定し、溶接部が十分に溶け込むように管理することが重要です。
参考)https://ns-kenzai.co.jp/pdf/a2/tech/hyper_report.pdf
栓溶接の強度は、穴の直径、板厚、溶接金属の品質によって決まります。建築基準では、デッキプレートの板厚に応じた許容せん断耐力が規定されており、例えば板厚1.2mmの場合は長期4.9kN、短期7.35kN、板厚1.6mmの場合は長期7.35kN、短期11.0kNとなっています。
栓溶接と他の溶接方法との主な違いは、接合部の形状と応力の伝達メカニズムにあります。開先溶接(突合せ溶接)は、部材同士を突き合わせて開先部を完全に溶かし込む方法で、引張力や曲げ応力に対して高い強度を発揮します。
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すみ肉溶接は、T字形や重ね継手において部材の隅部を三角形状に溶接する方法で、主にせん断力のかかる部分に使用されます。梁のウェブ部などに広く適用され、開先加工が不要で施工が比較的容易という特徴があります。
栓溶接は重ね継手において穴部分で接合する点が特徴的で、局部的な補強や面内せん断力の伝達に適しています。すみ肉溶接と比較すると、栓溶接の許容応力量はすみ肉溶接の約0.13倍程度と低いため、強度が必要な箇所では使用を避けるべきとされています。
参考)失敗事例 href="https://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000053.html" target="_blank">https://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000053.htmlgt; 繰り返し荷重を受けてリブの栓溶接部に亀裂が発生…
スポット溶接は、薄板の重ね継手において電極で圧力をかけながら通電し、抵抗熱で接合する方法です。自動車ボディや家電製品など薄板の大量生産に適していますが、中厚板以上の接合には向きません。栓溶接は中厚板から厚板まで対応可能で、スポット溶接より幅広い板厚に使用できます。
栓溶接は施工方法によって主に「穴あけ栓溶接」と「焼抜き栓溶接」の2種類に分類されます。穴あけ栓溶接は、上側の鋼板にあらかじめ穴を開けておき、その穴を溶接金属で充填する方法です。事前に穴加工が必要なため施工工程が増えますが、穴径を正確にコントロールできる利点があります。
焼抜き栓溶接は、溶接アークの熱で上側の鋼板を局所的に焼き切りながら溶融プールを形成し、下側の鋼板まで溶け込ませて最終的に穴を埋めるようにビードを形成します。デッキプレートを「焼いて」「抜いて」「栓をする」という一連の作業を同時に行うため、溶接方法をよく表した用語といえます。
焼抜き栓溶接は、デッキプレートと鉄骨梁の接合に広く使用されており、被覆アーク溶接によって施工されます。溶接棒の熱でデッキプレートを溶かし、溶接棒自体も溶融することで、デッキプレート、母材、溶接金属が一体となります。仕上がり断面をみると、デッキプレートの上は溶接金属で栓をしたような形状になります。
スロット溶接は、細長い溝状の穴を設けて溶接する方法で、円形の穴を使う栓溶接とは形状が異なります。応力の伝達方向や接合部の配置に応じて、円形の栓溶接とスロット溶接を使い分けることで、効率的な接合が可能になります。
栓溶接が建築現場で重要視される理由は、デッキプレートと鉄骨梁を一体化させることで、地震時の面内水平力を確実に伝達できるためです。建築物の床は水平荷重を受けた際に、剛床としての役割を果たす必要があり、デッキプレートと梁の確実な接合が構造安全性の要となります。
面内せん断力の伝達は、建物全体の耐震性能に直結する重要な要素です。栓溶接による接合が不十分だと、地震時にデッキプレートと梁が一体として挙動せず、想定した耐力を発揮できない危険性があります。そのため、JASS6(建築工事標準仕様書)では、栓溶接の施工基準が詳細に規定されています。
建築鉄骨工事では、柱と梁の接合に多数の溶接作業が行われますが、栓溶接は床の剛性を確保する上で欠かせない技術です。特に高層建築物や大規模な鉄骨造建築では、栓溶接の品質管理が施工全体の品質を左右する重要なポイントとなっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjws/87/3/87_187/_pdf
現在では頭付きスタッドによる接合方法が主流となっていますが、栓溶接も依然として使用されています。頭付きスタッドは施工が簡単で耐力が大きいという利点がありますが、栓溶接は特定の条件下で有効な接合方法として位置づけられています。両者を適切に使い分けることで、経済性と安全性を両立した施工が可能になります。
栓溶接の品質管理では、従来の外観検査に加えて、超音波探傷法による非破壊検査が有効です。焼抜き栓溶接部の寸法測定には、超音波を用いることで溶け込み深さや内部欠陥の有無を確認でき、目視では判断できない溶接品質を定量的に評価できます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/4a19eecb285c0598ee7f8e1192593e72c9f8d943
デジタル記録による施工管理も重要な手法です。溶接箇所ごとに施工写真を撮影し、余盛径、溶接位置、梁フランジとのすき間を記録することで、後から検証可能なトレーサビリティを確保できます。施工報告書には、溶接技能者の資格証明書、溶接機の電流値記録、使用した溶接棒の種類と管理状態などを添付します。
溶接前の準備段階での品質管理も重要です。デッキプレートと梁フランジのすき間が2mm以下であることを確認し、すき間が大きい場合はハンマリングによって密着させます。溶接部の汚れや水分を除去し、乾燥した新しい溶接棒を使用することで、ブローホールなどの溶接欠陥を防止できます。
参考)溶接欠陥について - 溶接あれこれ集 - 溶接機・ロボット・…
施工後の検査では、余盛径が18mm以上であること、デッキプレートの焼切れがないこと、余盛不足がないことを確認します。不具合箇所が発見された場合は、適切な補修溶接を実施し、再度検査を行うことで品質を保証します。これらの独自の品質管理手法を組み合わせることで、高品質な栓溶接施工が実現できます。
栓溶接の基本的な施工手順は、まず溶接部の準備から始まります。デッキプレートと梁フランジの接触面を清掃し、汚れ、錆び、油分、水分を完全に除去します。これらの汚染物質が残っていると、ブローホールやスラグ巻き込みなどの溶接欠陥の原因となるため、入念な前処理が必要です。
次に、デッキプレートと梁フランジのすき間を確認します。すき間が2mm以下であることが規定されており、すき間が大きい場合はハンマリングによって密着させます。すき間が大きいと溶接金属が流れ落ちたり、十分な溶け込みが得られなかったりする危険性があります。
溶接機の設定も重要な準備作業です。低水素系被覆アーク溶接棒(直径4mmφ)を使用し、適切な電流値を設定します。電流値は板厚や溶接姿勢によって調整が必要で、不適切な電流では焼き抜きが不十分になったり、過度な入熱で変形が生じたりします。
実際の焼抜き栓溶接では、溶接棒のアーク熱でデッキプレートを局所的に焼き切りながら溶融プールを形成します。溶接棒を垂直に保ちながら、適切な速度で溶接を進めることで、デッキプレート、母材、溶接金属が一体化します。溶接終了後は、スラグを除去し、余盛径が18mm以上であることを確認します。
栓溶接の規格は、JASS6(建築工事標準仕様書)およびJIS規格によって詳細に定められています。焼抜き栓溶接の主要な規定として、鋼板厚さは1.6mm以下、デッキプレートと鉄骨のすき間は2mm以下、溶接部の直径は18mm以上、溶接部の縁端距離は20mm以下、溶接部のピッチは600mm以下とされています。
参考)JISZ3021:2016 溶接記号
溶接記号はJIS Z 3021で規定されており、栓溶接は基線上に特定の記号で表示されます。図面上では、矢(リーダ線)と水平な基線を組み合わせ、溶接の種類を示す基本記号や寸法を記入して表現します。栓溶接の記号は、円形や長方形の図形で示され、穴の直径や個数も併記されます。
参考)https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/howto/51453/
せん断耐力の基準値も重要な規格です。デッキプレートの板厚1.2mmの場合、長期許容せん断耐力は4.9kN、短期許容せん断耐力は7.35kNです。板厚1.6mmの場合は、長期7.35kN、短期11.0kNとなっています。地震時の面内せん断力を伝達するためには、短期時の耐力値が重要となります。
溶接技能者の資格も規定されており、JIS被覆アーク溶接の有資格者でなければ焼抜き栓溶接を施工できません。施工後には記録写真を添えた施工報告書の提出が義務付けられており、品質管理体制が厳格に運用されています。
栓溶接施工時の最も重要な注意点は、溶接条件の適切な選定です。母材の材質、板厚、溶接棒の直径、電流値、電圧の設定を的確に行わないと、焼き切りや溶け込み不良が発生します。特に板厚が大きい場合は、アーク時間や移動速度を適切に設定しないと、十分な溶け込みが得られません。
穴径のコントロールも重要な課題です。溶接アークによって自動的に穴を空ける焼抜き栓溶接では、予想外に大きな穴が空きすぎたり小さすぎたりすると、ビード形成や強度に悪影響を及ぼします。事前の溶接試験やトライアルビードで最適条件を把握することが推奨されます。
熱歪みと応力集中への対策も不可欠です。局部的に高温が加わるため、近傍の材料に熱応力が集中し変形が生じる恐れがあります。大型の構造物では、溶接順序を工夫したり、クランプなどを活用したりして、熱歪みを最小限に抑える必要があります。
溶接欠陥の防止対策として、溶け込み不良やスラグ巻き込みに注意が必要です。溶接姿勢やアクセス性が悪い場所では、アークが不安定になり欠陥が発生しやすくなります。適切な溶接姿勢を確保し、必要に応じて裏当て材を使用することで、溶け落ちを防止できます。
不具合箇所が発見された場合の補修方法も重要です。余盛径不足、焼切れ、ブローホールなどの欠陥が見つかった場合は、欠陥部を除去してから再溶接を行います。補修溶接後は再度検査を実施し、規定を満たしていることを確認する必要があります。
参考)https://nikkenren.com/kenchiku/sekou/steel_frame_Qamp;A/pdf/b-all_2022.pdf
栓溶接と頭付きスタッドは、どちらもデッキプレートと鉄骨梁を一体化させる接合方法ですが、それぞれ特徴があり適切な使い分けが重要です。頭付きスタッドは、鉄骨梁上にスタッドを溶接して固定する方法で、施工が簡単で耐力が大きいため、現在の主流となっています。
焼抜き栓溶接は、デッキプレートの溝ごとに施工するため、施工箇所が多くなる傾向があります。大梁では溝の谷部分に対して2カ所、小梁では1カ所、接合部では2カ所の溶接が必要です。一方、頭付きスタッドは配置の自由度が高く、効率的な施工が可能です。
耐力面での比較では、頭付きスタッドの方が優れています。栓溶接の短期許容せん断耐力は板厚1.6mmで11.0kNですが、頭付きスタッドはより大きな耐力を発揮します。そのため、高い耐力が要求される部位では頭付きスタッドが選択されることが多くなっています。
コスト面と施工性では、栓溶接にも利点があります。頭付きスタッドは専用の溶接機が必要ですが、栓溶接は一般的な被覆アーク溶接機で施工可能です。小規模な工事や特定の条件下では、栓溶接の方が経済的な場合もあります。
実際の現場では、建物の用途、規模、設計条件に応じて最適な接合方法を選択します。耐震性能が厳しく要求される部位では頭付きスタッドを採用し、一般的な部位では栓溶接を用いるなど、両者を組み合わせた合理的な設計が行われています。
栓溶接の検査方法は、外観検査と非破壊検査に大きく分類されます。外観検査では、溶接完了後にスラグを除去し、余盛径、溶接位置、デッキプレートの焼切れの有無、余盛不足などを目視で確認します。余盛径は18mm以上であることが規定されており、ノギスやスケールを使用して正確に測定します。
非破壊検査では、超音波探傷法が有効です。超音波を用いることで、溶接部の内部状態、溶け込み深さ、ブローホールやスラグ巻き込みなどの内部欠陥を検出できます。目視では判断できない品質を定量的に評価でき、構造安全性の確保に重要な役割を果たします。
施工記録の作成も品質保証の重要な要素です。各溶接箇所の施工写真、溶接技能者の資格証明書、使用した溶接棒の種類と管理状態、溶接機の電流値記録などを施工報告書にまとめます。これにより、後から施工状況を検証可能なトレーサビリティが確保されます。
品質管理チェックリストを活用した系統的な検査も推奨されます。溶接前の準備(溶接機の選定、電流値確認、溶接棒の種類と乾燥状態、溶接部の清掃など)、溶接中の管理(溶接位置、姿勢、運棒方法など)、溶接後の検査(余盛径、すき間、欠陥の有無など)を項目ごとにチェックすることで、見落としを防止できます。
不具合が発見された場合の対応手順も明確にしておく必要があります。余盛径不足や欠陥が見つかった場合は、欠陥部を適切に除去してから補修溶接を実施し、再度検査を行います。補修記録も施工報告書に含め、最終的な品質保証資料として保管します。