
ブレース構造とは、鉄骨構造において柱と梁に加えて「筋かい」と呼ばれる斜め材を配置した構造形式です。英語の「brace」が語源となっており、日本語では「筋かい」と呼ばれています。この構造は、建物に作用する地震力や風圧などの水平力に対して効果的に抵抗する役割を担っています。
四角形に組まれた骨組みは、接合部の強度が不十分だと水平力を受けた際に平行四辺形状に変形してしまいます。ブレースを対角線状に配置することで、この変形を防ぎ、構造全体の安定性を高めることができるのです。
ブレースの主な役割は以下の通りです。
建築基準法においても、構造の安全性確保のため、一定の割合でブレースを設置することが義務付けられています。これは、ブレースが建築物の耐震性能において極めて重要な役割を果たしていることの証左といえるでしょう。
鉄骨構造の代表的な架構形式として、ブレース構造とラーメン構造があります。それぞれに特徴があり、建物の用途や設計条件に応じて使い分けられています。
【ブレース構造の特徴】
【ラーメン構造の特徴】
特に軽量鉄骨造では、完全溶込み溶接が必要なラーメン構造よりも、接合が容易なブレース構造が多く採用されています。また、耐力壁を配置できるプランでは、合理的なブレース構造が選ばれることが多いです。
H形鋼を柱に用いる場合、強軸方向(断面の強い方向)をラーメン構造、弱軸方向(断面の弱い方向)をブレース構造とすることが一般的です。これは、H形鋼の断面特性を活かした合理的な設計方法といえます。
ブレースには様々な形状・配置パターンがあり、それぞれ特性が異なります。代表的なブレースの形状と特徴を見ていきましょう。
ブレースの性能を決める重要な要素として、座屈の影響があります。一般的に鋼材は引張に強く圧縮に弱いため、圧縮力を受けるブレースは座屈を起こしやすくなります。このため、引張力のみを考慮して設計されることが多いのですが、圧縮力にも効果的に抵抗できるブレース構造も開発されています。
既存建物の耐震性能を向上させるための代表的な工法として、ブレース工法があります。この工法は、既設建物の柱と梁の間に斜めに交差させた補強材(ブレース)を追加することで、建物の耐震性能を高めるものです。
ブレース工法の主なメリットは以下の通りです。
一方で、以下のような点に注意が必要です。
耐震補強工事を行う際は、建物の使用状況や構造特性、求められる耐震性能などを総合的に考慮して、最適な工法を選択することが重要です。ブレース工法は、コストパフォーマンスに優れた工法として、多くの既存建物の耐震補強に採用されています。
建築技術の進歩に伴い、ブレース構造にも革新的な技術が導入されています。その一つが「折返しブレース」です。これは、断面の異なる3本の鋼材(芯材、中鋼管、外鋼管)を一筆書きの要領で折り返して接合した新しいタイプのブレースです。
折返しブレースの主な特徴は以下の通りです。
実際の部材長さが見かけの部材長さの約3倍となるため、軸降伏変位も約3倍に増大します。これにより、地震時のエネルギー吸収能力が向上します。
芯材(圧縮材)の座屈を、隣り合う中鋼管(引張材)が拘束するため、座屈しにくい構造となっています。これにより、圧縮力に対しても効果的に抵抗できます。
従来のブレース構造では、バランスよく配置する必要がありましたが、折返しブレースを用いることで、少量の配置や偏在配置が可能となります。これにより、純ラーメン構造とせざるを得なかった建物にもブレース構造を採用できるようになります。
実大実験の設計例では、5階建て鉄骨造において、純ラーメン構造と比較して使用鋼材量を約20%削減できることが確認されています。
このような最新技術の導入により、ブレース構造の適用範囲が広がり、より効率的で自由度の高い建築設計が可能となっています。日本ERI株式会社の構造性能評価も取得しており、信頼性の高い技術として注目されています。
折返しブレースの詳細と構造性能に関する情報はこちらで確認できます
ブレース構造は、建築基準法において重要な位置づけを持っています。建築基準法では、建物の安全性確保のため、一定の割合でブレースを設置することが義務付けられています。これは、ブレースが建物の耐震性能を確保する上で不可欠な要素であることを示しています。
設計基準における主なポイントは以下の通りです。
建物の規模、用途、地域の地震危険度などに応じて、必要なブレースの断面積や配置量が定められています。これにより、十分な耐震性能を確保します。
ブレースの性能を十分に発揮させるためには、接合部の設計が極めて重要です。ブレースと柱・梁との接合部は、ブレースの降伏耐力以上の強度を持つように設計する必要があります。
圧縮力を受けるブレースは座屈を起こしやすいため、座屈長さや細長比に関する制限が設けられています。また、座屈拘束ブレースなどの特殊なブレースを用いる場合は、その性能を適切に評価する必要があります。
建物全体としてバランスのとれた耐震性能を確保するため、ブレースは平面的にも立面的にもバランスよく配置することが求められます。偏在配置は、ねじれ振動などの問題を引き起こす可能性があります。
これらの設計基準を遵守することで、ブレース構造は高い耐震性能を発揮し、建物の安全性を確保することができます。なお、特殊な構造や新技術を採用する場合は、構造性能評価などの手続きを経て、その安全性を確認することが必要です。
H形鋼を柱に用いる鉄骨構造では、H形鋼の断面特性を活かした合理的な設計が行われます。特に重要なのが、強軸方向と弱軸方向の使い分けです。
H形鋼には、断面の形状から強軸方向(強い方向)と弱軸方向(弱い方向)があります。強軸方向とは「強軸まわりに曲げを受ける方向」を指し、H形鋼のウェブ(腹板)に平行な方向です。一方、弱軸方向はフランジ(翼板)に平行な方向となります。
この特性を活かし、一般的には以下のような設計が行われます。
強軸方向は曲げに強いため、柱と梁を剛接合したラーメン構造として設計します。
弱軸方向は曲げに弱いため、ブレースを配置して補強します。
この設計方法により、H形鋼の断面特性を最大限に活かしつつ、効率的な構造設計が可能となります。弱軸方向にブレースを配置することで、変形しやすい方向を効果的に補強し、建物全体の耐震性能を高めることができます。
H形鋼のブレース取付部のディテールも重要です。弱軸方向にブレースを取り付ける際は、接合部の設計に特に注意が必要です。適切な接合方法を採用することで、ブレースの性能を十分に発揮させることができます。
ブレース構造の性能を十分に発揮させるためには、適切な施工が不可欠です。ブレースの施工における主な手順と注意点について解説します。
施工の基本手順
施工における主な注意点
ブレースの性能は接合部の品質に大きく依存します。溶接施工の場合は、溶接技術者の技量や溶接条件の管理が重要です。高力ボルト接合の場合は、ボルトの締付け管理が必要です。
ブレースの取付位置や角度のずれは、構造性能に大きな影響を与えます。施工精度を確保するための測量や管理が重要です。
既存建物の耐震補強でブレースを追加する場合、既存部材との接合方法が課題となります。既存部材の状態調査や適切な接合方法の選定が必要です。
座屈拘束ブレースなど特殊なブレースを用いる場合は、製造者の仕様や施工マニュアルに従った施工が必要です。
建物全体の構造バランスを考慮した施工順序の計画が重要です。特に、仮設状態での安定性に注意が必要です。
施工後の検査・確認も重要です。溶接部の非破壊検査やボルトの締付け確認などを適切に実施することで、設計通りの性能を確保します。
これらの注意点を踏まえた適切な施工により、ブレース構造の性能を最大限に発揮させることができます。施工品質の確保は、建物の安全性に直結する重要な要素です。
ブレース構造は、その構造特性から経済性に優れた構造形式として知られています。ここでは、ブレース構造の経済性とコスト効率について分析します。
ブレース構造の経済的メリット
ラーメン構造と比較して、ブレース構造は少ない鋼材量で同等の耐震性能を確保できます。折返しブレースを用いた実大実験の例では、純ラーメン構造と比較して使用鋼材量を約20%削減できることが確認されています。
ラーメン構造では柱と梁の剛接合に完全溶込み溶接などの高度な施工技術が必要ですが、ブレース構造ではより簡易な接合方法が採用できる場合があります。これにより、施工コストの削減が可能です。
接合部の簡略化や施工の効率化により、工期短縮が期待できます。工期短縮は間接コストの削減にもつながります。
コスト比較の具体例
一般的な5階建て鉄骨造オフィスビルを例に、ブレース構造とラーメン構造のコスト比較を示します。
項目 | ブレース構造 | ラーメン構造 | 差異 |
---|---|---|---|
鋼材量 | 100% | 約120% | ブレース構造が有利 |
接合部工事 | 100% | 約130% | ブレース構造が有利 |
工期 | 100% | 約110% | ブレース構造が有利 |
総コスト | 100% | 約115% | ブレース構造が有利 |
ただし、以下のような場合はコスト優位性が変わる可能性があります。
ライフサイクルコストの視点
初期建設コストだけでなく、ライフサイクルコストの観点からも検討が必要です。耐震性能が高いブレース構造は、地震時の損傷が少なく、修復コストや事業継続性の面でメリットがあります。特に、座屈拘束ブレースなど、地震後も交換不要な高性能ブレースを用いることで、長期的なコスト効率が向上する可能性があります。
経済性を最大化するためには、建物の用途や要求性能に応じた最適なブレース構造の選定が重要です。コスト効率と性能のバランスを考慮した設計が求められます。
建築業界においても環境負荷の低減や持続可能性への配慮が重要視される中、ブレース構造はこれらの観点からも注目されています。ブレース構造の環境面での特徴と持続可能な建築への貢献について考察します。
材料使用量の最適化による環境負荷低減
ブレース構造は、少ない鋼材量で高い耐震性能を実現できるため、材料使用量の最適化に貢献します。前述の通り、ラーメン構造と比較して鋼材量を約20%削減できる例もあります。材料使用量の削減は、以下の環境面でのメリットをもたらします。
長寿命化による持続可能性向上
高い耐震性能を持つブレース構造は、地震時の損傷を抑制し、建物の長寿命化に貢献します。特に、座屈拘束ブレースなどの高性能ブレースを用いることで、大地震後も継続使用が可能となり、建替えや大規模修繕の頻度を減らすことができます。建物の長寿命化は、ライフサイクルでの環境負荷低減に大きく寄与します。
リノベーションと耐震補強への適用性
既存建物の耐震補強にブレース工法を適用することで、建替えを回避し、既存ストックの有効活用が可能となります。これは、解体・新築に比べて大幅な環境負荷低減につながります。ブレース補強は、比較的短工期で実施できるため、使用者への影響も最小限に抑えられます。
今後の展望:環境配慮型ブレース構造の開発
環境負荷をさらに低減するための新たなブレース構造の開発も進められています。
これらの技術開発により、ブレース構造はさらに環境負荷の少ない持続可能な建築の実現に貢献することが期待されています。
建築物のライフサイクル全体を通じた環境負荷を考慮した設計アプローチが求められる中、ブレース構造は材料効率と構造性能の両立という点で、持続可能な建築に大きく貢献する可能性を持っています。