

塗装を塗り替えるほど、橋梁の鋼材は早く傷む。
金属溶射とは、亜鉛やアルミニウムなどの金属材料をガスや電気の熱源で溶融し、圧縮空気によって微細な溶融粒子を鋼材表面に吹き付けて防食皮膜を形成する技術です。橋梁の鋼部材(主桁・支承・桁端部など)に対し、電気化学的に卑な電位を示す金属で覆うことで、鋼材の腐食を根本から防ぎます。
この「犠牲陽極」の原理が、塗装との最大の違いです。塗装は外部環境を物理的に遮断しますが、溶射皮膜は皮膜が一部傷ついても、亜鉛やアルミが先に酸化することで鉄本体を守り続けます。いわば「盾」ではなく「身代わり」です。
日本への溶射技術の導入は1919年(大正8年)に遡ります。橋梁への本格適用は1963年の皇居二重橋への亜鉛溶射が最初とされており、1972年には関門橋の補剛桁にも採用されました。歴史のある工法ですね。
使用する溶射材料には大きく3種類あります。
- 亜鉛(Zn)溶射:JIS H 8300に規定。大気環境での使用が主体で、犠牲防食効果が高い。
- アルミニウム(Al)溶射:JIS H 8301に規定。酸化皮膜が化学的に安定しており、海水・塩分環境での劣化が少ない。
- 亜鉛・アルミニウム合金溶射:JIS H 8305に規定。両金属の長所を兼ね備えた擬合金皮膜で、現在最も多用される。
つまり環境に応じた材料選定が基本です。
溶射方式は主に「ガスフレーム溶射(フレーム溶射)」と「アーク溶射(電気式溶射)」の2種類です。ガスフレーム溶射は設備が比較的安価ですが、アーク溶射は溶射速度が高く密着強度が優れており、現在の鋼橋現場ではアーク溶射が主流になっています。
参考:日本溶射工業会による防錆・防食溶射の基礎解説ページ。溶射の種類・原理・適用事例を詳しく確認できます。
金属溶射の施工は、一般的に「素地調整→(粗面化処理)→金属溶射→封孔処理→(上塗り塗装)」の順で進みます。どの工程も省けません。
素地調整は施工の中で最も重要な工程です。溶融された金属粒子が鋼材表面に機械的に投錨(アンカー)されることで密着するため、表面の錆・ミルスケール・旧塗膜を完全に除去し、かつ必要な表面粗さを確保しなければなりません。方法は主に2通りあります。1つはブラスト処理で清浄化と粗面化を同時に行う方法、もう1つは清浄化後に粗面形成材を塗付して粗面化する方法です。現場では専門業者が「1種ケレン相当」の素地調整を実施するのが基本です。
金属溶射施工では、皮膜厚さの確保が最重要の品質管理項目です。ブラスト法の場合は溶射皮膜厚が100μm以上、粗面形成材を使用した場合は測定値で130μm以上を確保することが求められます。なお、1ロット(約30㎡)あたり25点以上の膜厚測定を実施し、封孔処理前に検査するのが標準的な管理手順です。
これは重要なポイントです。施工品質が高い溶射を行うには「熟練工」による作業が前提であり、鋼構造物常温溶射研究会が認定する「常温溶射管理技士」の有資格者による施工管理が求められます。2級施工管理技士(土木・建築)以上の資格と2年以上の工事管理経験が受験要件となる専門資格です。
封孔処理は、溶射直後の必須工程です。溶射皮膜の内部には1〜15%程度の気孔が存在しており、処理をしないまま放置すると水分や塩分が気孔内に侵入して皮膜が早期に損傷します。封孔処理剤(シリコン樹脂系・エポキシ樹脂系・アクリルシリコン樹脂系など)を皮膜内に含浸させることで、防食性能と皮膜寿命を大幅に向上させます。封孔処理は原則として金属溶射完了後24時間以内に実施することが条件です。
溶射後に上塗り塗装(フッ素樹脂塗装など)を施す場合は、封孔処理表面に異物が付着する前に速やかに塗装することが必要です。
一方で、見落とされがちな制約があります。溶射粒子は直線的に飛行し「回折」しないため、スカラップの内側コバ部やボルトの陰になる箇所、鋼床版のUリブ内側などへは物理的に施工できません。こうした溶射困難箇所は、重防食塗装(超圧膜型エポキシ樹脂など)との組み合わせで対応するのが現在の標準仕様です。
参考:国土交通省 中国地整が公開する鴨島大橋の亜鉛・アルミ溶射採用事例レポート。防食仕様の選定プロセス・施工上の課題が実務レベルで詳述されています。
国土交通省 – 亜鉛・アルミ溶射による鋼橋防食について(鴨島大橋事例)
金属溶射の初期費用は重防食塗装(フッ素樹脂系など)よりも高くなります。これは多くの担当者が感じる「溶射は高価」という印象と一致しますね。しかし、100年間のライフサイクルコスト(LCC)で見ると、話は大きく変わります。
日本橋梁建設協会「鋼橋のライフサイクルコスト」によれば、代表的な各防食仕様の塗り替え頻度と耐久性は次のとおりです。
| 防食仕様 | 一般環境 | やや厳しい環境 | 厳しい環境 |
|---|---|---|---|
| 一般塗装(B-1) | 約20年 | 約15年 | 約10年 |
| 重防食塗装(C-4フッ素) | 約60年 | 約45年 | 約30年 |
| 亜鉛・アルミ溶射 | 約100年 | 約70年 | 約60年 |
| 亜鉛・アルミ溶射+フッ素塗装 | 100年以上 | 100年以上 | 約90年 |
例えば、厳しい腐食環境(海岸近くや凍結防止剤の散布が多い地域)ではC-4塗装の耐久年数は約30年です。つまり100年間で最低3回の全面塗り替えが発生します。各回の塗り替えは「1種ケレン(ブラスト処理)+塗装」という大規模な工事になり、交通規制のコストや足場費用も加算されます。痛いですね。
一方、亜鉛・アルミニウム溶射+フッ素塗装の組み合わせであれば、厳しい環境でも90年程度の耐久年数が見込めます。つまり100年間での塗り替えはゼロまたは最小限に抑えられます。
ある試算では、フタル酸塗装系は4年ごとの塗り替えが必要で100年間のLCCが最も高くなります。ウレタン系は供用40年後と80年後の2回塗り替えが必要で中程度のコスト、そして常温金属溶射は供用90年後に1回の塗り替えで済む試算です。LCCで溶射が有利というのが基本です。
ただし、溶射の経済的優位性は環境条件によって変わる点に注意が必要です。塩害の影響が少ない内陸部や、架け替えが容易な小橋などでは、割引率を考慮すると一般重防食塗装との差が縮まるケースもあります。選定の際は対象橋梁の腐食環境区分(一般・やや厳しい・厳しい)を正確に評価したうえで、LCCを試算することが原則です。
参考:日綱道路整備株式会社が公開する常温金属溶射のLCC比較グラフと技術的特徴の解説。数値による比較が視覚的に確認できます。
日綱道路整備株式会社 – 常温金属溶射の技術的特徴とLCC比較
鋼橋の中で最も早く、最も激しく腐食する部位はどこかご存知でしょうか。正解は桁端部と支承部です。この2か所は橋梁全体の防食設計において特別な注意が必要な「腐食弱点部」として位置づけられています。
桁端部・支承部は橋台の内部に収まる構造上、次の複数の悪条件が重なります。
- 狭あいな空間で風通しが悪く、常に湿潤状態になりやすい
- 路面排水や伸縮装置の漏水が直接かかりやすい
- 冬季に凍結防止剤(塩化ナトリウム等)が散布される地域では塩分を含んだ水が滞留する
- 一般部の桁に比べて点検・補修がしにくい
この条件のもとでは、塗装による通常の重防食処理だけでは数年単位で塗膜が劣化し、鋼材の断面欠損が進行します。断面欠損が著しくなると、部材交換や橋梁の架け替えという最悪の事態につながるため、早期の重防食処理が不可欠です。
この課題に対し、現在は亜鉛・アルミニウム擬合金を用いた金属溶射(防錆防食溶射)が支承補修工法として広く普及しています。溶融亜鉛めっきの同等以上の耐久性を現場施工で実現できる点が採用の主な理由です。施工機が小型・軽量のため、狭あいな支承まわりでも機動性を発揮できます。これは使えそうです。
一方で、支承部のような厳しい狭隘部では従来の溶射機では施工が困難な箇所があります。この課題に対し、現在研究・実装が進んでいる新技術がCold Spray(コールドスプレー)工法です。亜鉛アルミナ混合粉体を低温・低圧で固相状態のまま超音速で吹き付ける工法で、残さびの上からでも強固な防食皮膜が形成できる可能性があり、国土交通省や沖縄県などの研究機関でも実橋への試験施工が進んでいます。
参考:国土交通省 沖縄総合事務局が公開する実橋鋼桁端部へのCold Spray工法適用の研究報告。従来溶射が困難だった部位への適用可能性が論文形式で解説されています。
国土交通省沖縄総合事務局 – 実橋鋼桁端部へのCold Spray工法適用検討
金属溶射を橋梁に適用する際、最初の設計判断は「どの溶射材料を選ぶか」です。材料を誤ると、想定した耐久性が得られないだけでなく、LCCが塗装より悪化するリスクもあります。材料選定が条件です。
主な溶射材料の特性と適用環境の違いを以下に整理します。
| 溶射材料 | 主な特性 | 推奨される環境 |
|---|---|---|
| 亜鉛(Zn)溶射 | 犠牲陽極作用が強い。溶解速度は比較的速い | 一般大気(内陸部・都市部) |
| アルミニウム(Al)溶射 | 酸化皮膜が安定。塩分環境での溶解が遅い | 海岸近傍・飛来塩分が多い地域 |
| 亜鉛・アルミ合金溶射(擬合金) | 両者の長所を組み合わせ。最もバランスが良い | やや厳しい〜厳しい環境全般 |
| アルミ・マグネシウム合金溶射 | 海上橋・海中構造物向けの最高耐食仕様 | 離島・海上橋など極めて厳しい環境 |
塩水噴霧試験(3,000時間)の結果では、アルミニウム溶射(80μm以上)・亜鉛溶射・亜鉛アルミ合金溶射のいずれも赤錆の発生がなかった一方、比較対象の無機ジンクリッチペイント(40〜75μm)と溶融亜鉛めっき(500g/㎡)はいずれも2,000時間で発錆しています。これは意外なデータです。
封孔処理の有無によっても防食寿命は大きく異なります。シリコン樹脂やエポキシ樹脂による封孔処理を施した場合は、無封孔のものと比較して皮膜内への水・塩分の侵入が抑制され、さらに長期の防食性能が得られます。
環境区分の判断には、架橋地点の飛来塩分量の計測・評価が欠かせません。特に海岸近傍では、同じ地域でも距離・地形・風向きによって塩分量が大きく異なります。島根県の鴨島大橋の事例では、設計当初にニッケル系高耐候性鋼材を選定していたにもかかわらず、施工直前の実測で飛来塩分量が想定の数倍(年間平均1.32mdd)に達し、急遽亜鉛・アルミ溶射+フッ素塗装へ設計変更を行っています。この事例が示すように、1〜2か月分の観測データだけで判断することの危険性はゼロではありません。
また、溶射の仕様選定において見落とされやすい視点があります。上塗り塗装との組み合わせです。亜鉛・アルミ擬合金溶射面は表面に適度な粗度があり、塗装との付着性が高い特性を持ちます。このため、フッ素樹脂塗装などの上塗りを組み合わせることで、環境遮断と犠牲陽極の2つの防食機能を同時に持たせ、耐久年数を大幅に延伸させることができます。
参考:日本橋梁・鋼構造物塗装技術協会「Structure Painting Vol.41」。鋼橋への金属溶射工法の全工程・品質管理・溶射材料の選定基準が詳細に解説された権威ある技術資料です。
日本橋梁・鋼構造物塗装技術協会 – 鋼橋における金属溶射(Structure Painting Vol.41)
金属溶射の計画で往々にして見落とされるのが、「施工後の初期欠陥対応」と「現場連結部の品質確保」という2つの現実的な課題です。これは独自視点の話です。
まず初期欠陥について。工場溶射を採用している場合、施工後の運搬・架設作業で溶射皮膜にキズや剥離が生じるケースがあります。ところが塗装と異なり、現場での溶射補修の手順・基準については長い間、明確な統一基準が存在しませんでした。前述の鴨島大橋の施工でも、「溶融亜鉛めっきの基準などを参考に独自に基準を定めなければならなかった」という記述が残っています。現場判断に委ねられる部分が多い点は、施工管理担当者が事前に認識しておく必要があります。
次に、現場連結部(ボルト連結部・現場溶接部)の施工品質の確保も見逃せません。連結板や連結部まわりは現場の施工条件が良くない場合が多く、良好な溶射品質を確保することが困難になりやすい部位です。そのため、工場で事前に溶射施工しておくことが推奨されています。また、ボルト連結部の摩擦接合面に溶射を適用する場合は、所定のすべり係数(μ=0.4以上)が確保できることを供試体による性能試験で事前確認することが不可欠です。
ウレタン仕様の初期費用には「初期欠陥の補修費10%」が標準的に見込まれていることをご存知でしょうか。溶射についても、同様の視点で施工後のタッチアップ・補修コストを初期費用に含めて評価することが、実態に即したLCC試算につながります。
また、橋梁の塗り替え補修に金属溶射を適用する場合は「1種ケレン(ブラスト処理)」が前提になります。一般的な2〜3種ケレン(電動工具)では必要な素地調整グレードを満たせないためです。ブラスト作業は周辺への飛散影響が大きく、特に現場溶接部での実施では「思いのほか影響が大きかった」との報告もあります。供用中の橋梁での施工では、近隣環境への対策・作業区画の設置コストも事前に見込んでおくことが重要です。
金属溶射を担当する場合は「常温溶射管理技士」の資格確認を確認する、という1アクションだけでも施工品質の担保に直結します。鋼構造物常温溶射研究会が認定するこの資格は、受験要件として2級施工管理技士以上の資格と2年以上の金属溶射工事管理経験を求める、実務に根ざした専門資格です。資格保有者の存在が施工品質の最低ラインを確保します。
参考:鋼構造物常温溶射研究会の「常温溶射管理技士」資格概要と受験案内ページ。施工管理者として確認すべき要件が明記されています。