発煙硫酸の化学式と濃硫酸の違いや危険物の性質とは

発煙硫酸の化学式と濃硫酸の違いや危険物の性質とは

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発煙硫酸の化学式

発煙硫酸の基礎知識
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化学式と別名

H₂SO₄・xSO₃(オレウムとも呼ばれる)

⚠️
危険性

水と激しく反応し、有毒な白煙を生じる

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建設現場でのリスク

解体時の配管内残留や漏洩事故への対応

発煙硫酸の化学式における三酸化硫黄と濃度の関係

 

建設現場、特に化学プラントのメンテナンスや解体工事において、中身の正体がわからない液体に遭遇することは少なくありません。その中でも特に警戒が必要なのが「発煙硫酸」です。まずはその正体を知るために、化学的な構造から紐解いていきましょう。
発煙硫酸の化学式は、一般的に $H_2SO_4 \cdot xSO_3$ と表記されます。これは、私たちがよく知っている「濃硫酸($H_2SO_4$)」に、さらに「三酸化硫黄($SO_3$)」を過剰に吸収させた混合物であることを示しています。この $x$ は三酸化硫黄のモル比を表しており、この値によって性質が変化します。


  • オレウム(Oleum):工業的にはこの別名で呼ばれることが多く、海外製のプラント図面などでは「Oleum」と記載されていることがあります。

  • ピロ硫酸(二硫酸):硫酸と三酸化硫黄が1:1(等モル)で混ざり合った状態のものは、化学式 $H_2S_2O_7$ で表され、ピロ硫酸と呼ばれます。これは無色の結晶として存在する場合があります。

なぜ「発煙」するのかというと、この過剰に含まれている三酸化硫黄($SO_3$)が揮発しやすい性質を持っているからです。空気に触れた瞬間、空気中の水分と反応して微細な硫酸のミストを生成します。これが白煙のように見えるため、発煙硫酸と名付けられました。
建築従事者として知っておくべきは、「濃度」によって物理的な形状が変わるという点です。例えば、三酸化硫黄の含有量が特定の割合(約45%など)になると、常温でも固体化(凍結)しやすくなります。「液体だと思っていた配管の中身が、実は固まった発煙硫酸だった」というケースは、配管撤去作業における重大なリスク要因となります。
発煙硫酸 - Wikipedia
ウィキペディアでは、発煙硫酸の基本的な化学平衡や反応式について詳細に解説されています。特にピロ硫酸との関係性についての記述が参考になります。

発煙硫酸と濃硫酸の物理的性質の違いと見分け方

現場でタンクや配管に残存している液体が、濃硫酸なのか発煙硫酸なのかを見分けることは、その後の処理手順を決定する上で極めて重要です。両者は似て非なる危険物であり、特に水に対する反応性が段違いです。
最も顕著な違いは、その名の通り「煙が出るかどうか」ですが、密閉された配管内やタンク内では視覚的に確認できません。ここで重要になるのが粘度と色、そして臭いです。


  • 粘度:濃硫酸は独特の「とろみ」がある粘調な液体ですが、発煙硫酸も同様に粘り気があります。しかし、三酸化硫黄の濃度が高くなると、粘度は変化し、場合によってはドロドロの油状になります。

  • :純粋なものは無色透明ですが、工業用として長期間使用されていたものは、配管内の鉄分や有機物を溶かし込んでおり、黒褐色や濁った茶色に変色していることがほとんどです。見た目だけで「廃油」と判断するのは致命的なミスにつながります。

  • 反応性:濃硫酸も水と反応して発熱しますが、発煙硫酸の反応性はさらに凶暴です。空気中の湿気だけで激しく反応するため、容器の蓋を開けた瞬間に「シュー」という音と共に刺激臭のある白煙が立ち昇ります。

以下の表に、現場判断に役立つ主な違いをまとめました。

特徴 濃硫酸 ($H_2SO_4 > 90%$) 発煙硫酸 ($H_2SO_4 \cdot xSO_3$)
外観 無色〜褐色の粘調液体 無色〜褐色の液体(高濃度は固体化も)
空気中 吸湿するが煙は出ない 激しく白煙を上げる
臭気 常温では無臭に近い 強烈な刺激臭($SO_2$臭)
水との反応 激しく発熱する 爆発的に反応し、酸の霧を撒き散らす
凍結点 98%で約3℃ 濃度により大きく変動(例:45%で35℃)


特に注意が必要なのは、発煙硫酸が「吸湿性」だけでなく「脱水作用」も極めて強力だという点です。有機物に触れると水素と酸素を水の形で奪い取り、炭化させます。つまり、作業着や皮膚に付着すると、瞬時に火傷を負い、組織が黒く炭化して壊死します。
職場のあんぜんサイト:化学物質:発煙硫酸
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds_label/lab8014-95-7.html

厚生労働省によるSDS(安全データシート)情報です。人体への有害性や、皮膚腐食性区分1Aに該当する危険性が明記されています。

発煙硫酸の危険物分類と建築現場での法的規制

建設現場で化学物質を取り扱う際、必ず確認しなければならないのが法的規制です。発煙硫酸は非常に危険な物質ですが、法的な分類は少し複雑で、誤解されやすいポイントがあります。
まず、消防法における「危険物」の扱いについてです。
一般的に、酸化性の液体は消防法第6類に分類されますが、実は純粋な硫酸や発煙硫酸自体は、消防法上の「危険物(第1類~第6類)」には直接指定されていません。これが多くの現場監督が陥る罠です。
しかし、「危険物ではないから安全」などということは決してありません。発煙硫酸は消防法において「消防活動阻害物質(第9条の3)」として指定されています。これは、火災時に消防隊員が活動するのを著しく妨げる恐れがある物質という意味です。貯蔵量が200kg以上になる場合、所轄の消防署への届出が必要になります。解体工事でタンクを一時的に保管する場合など、この届出漏れが多く発生しています。
さらに、以下の法令による厳しい規制があります。


  1. 毒物及び劇物取締法
    発煙硫酸は「劇物」に指定されています。解体現場で抜き取り作業を行う際は、毒劇物取扱責任者の配置や、盗難・紛失防止のための施錠管理が義務付けられています。「ただの廃液」として放置することは法律違反です。

  2. 労働安全衛生法
    特定化学物質」の第3類物質などに該当する場合があり、作業環境測定や特殊健康診断が必要になるケースがあります。また、SDS(安全データシート)の交付と、作業員への周知徹底が義務化されています。

  3. 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)
    発煙硫酸は「特別管理産業廃棄物(腐食性廃酸)」に該当します。通常の産廃として処理することはできず、中和処理などの特別な資格と設備を持つ業者に委託しなければなりません。マニフェスト(産業廃棄物管理票)の発行も必須です。

建設現場、特に化学工場の跡地利用や解体においては、残存する発煙硫酸が土壌汚染対策法の対象物質(鉛やヒ素など)を含んでいる可能性もあります。単なる酸としてのリスクだけでなく、複合的な汚染リスクを考慮に入れた計画が必要です。
秋田県の精錬所における発煙硫酸流出事故(第3報) - 総務省消防庁
参考)https://www.fdma.go.jp/disaster/info/assets/post189.pdf

実際に発生した大規模な発煙硫酸漏洩事故の報告書です。タンクフランジからの漏洩がいかに広範囲に被害を及ぼすか、実例として参考になります。

発煙硫酸の工業的製法である接触法のメカニズム

なぜこのような危険な液体が作られているのでしょうか。その背景を知ることは、プラントの構造を理解し、安全な解体手順を策定する助けになります。発煙硫酸は、主に「接触法」というプロセスで製造されます。
接触法は、硫黄を燃やして二酸化硫黄($SO_2$)を作り、それをさらに酸化させて三酸化硫黄($SO_3$)にする工程が核心です。この時、触媒として「五酸化バナジウム($V_2O_5$)」が使用されます。
ここからが重要なポイントです。生成された三酸化硫黄ガスを回収する際、水に直接溶かすことはしません。なぜなら、水と三酸化硫黄が反応すると凄まじい反応熱が発生し、水が沸騰して硫酸の霧となり、回収困難になるからです。
そのため、濃硫酸に三酸化硫黄を吸収させるという方法をとります。これこそが発煙硫酸の製造プロセスそのものです。


  1. 原料の硫黄を燃焼させる ($S + O_2 \rightarrow SO_2$)。

  2. 触媒を使ってさらに酸化させる ($2SO_2 + O_2 \rightarrow 2SO_3$)。

  3. できたガスを濃硫酸のシャワーに通して吸収させる ($H_2SO_4 + SO_3 \rightarrow H_2S_2O_7$)。

この工程を経て作られた発煙硫酸は、その後、希硫酸や水で希釈されて、市販の濃硫酸(98%硫酸)として出荷されます。
つまり、硫酸製造プラントの解体工事を行う場合、最終製品のタンクだけでなく、製造ラインの中間にある「吸収塔」やその周辺配管には、極めて高濃度の発煙硫酸が残留している可能性が高いということです。
また、触媒として使われるバナジウムも有害物質です。接触法の設備解体では、酸による化学熱傷のリスクに加え、触媒粉塵の吸入による健康被害(重金属中毒)のリスクも同時に管理する必要があります。配管を切断する際は、酸が抜けていても、内部に付着した触媒スラッジが乾燥して飛散する可能性があるため、防塵マスクの選定も重要になります。
硫酸工業の安全 - J-Stage
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/5/1/5_3/_pdf/-char/ja

硫酸製造の歴史と接触法の安全管理に関する専門的な論文です。腐食対策や設備の材質選定についての知見が得られます。

発煙硫酸の配管閉塞リスクと緊急時の中和処理

建設・解体現場で最も恐ろしいのは、予期せぬトラブルです。発煙硫酸に関して、意外と知られていないリスクが「凍結による配管閉塞」です。
先述の通り、発煙硫酸は濃度によって融点が大きく変化します。例えば、三酸化硫黄濃度が45%付近の発煙硫酸は、融点が約35℃にもなります。つまり、真夏以外の季節では、配管の中でカチカチに凍っている可能性があるのです。
解体作業中に「液抜きができない」「バルブが動かない」といったトラブルが発生した際、無理にハンマーで叩いたり、バーナーで急激に加熱したりするのは自殺行為です。
凍結した発煙硫酸が加熱によって急激に膨張し、配管が破裂して熱い酸と有毒ガスを周囲に撒き散らす事故が発生しています。閉塞が疑われる場合は、ぬるま湯や蒸気で外部からゆっくりと温め、融解させる慎重さが求められます。
万が一、発煙硫酸が漏洩してしまった場合の緊急対応も、一般的な液体とは異なります。


  • 注水厳禁
    絶対に水をかけてはいけません。少量の水では瞬時に沸騰・爆発し、酸を周囲に飛散させ、被害を拡大させます。

  • 中和処理
    流出した酸を止めるには、乾燥した砂や土で土手を作り、拡散を防ぎます。その上で、消石灰(水酸化カルシウム)やソーダ灰(炭酸ナトリウム)を粉末のまま散布して中和します。この際も中和熱が発生するため、一度に大量に撒かず、様子を見ながら少しずつ行う必要があります。

  • ガス対策
    白煙(硫酸ミストや亜硫酸ガス)が発生するため、風下にいる作業員を直ちに退避させてください。救助や処理を行う作業員は、必ず耐酸性の化学防護服と、酸性ガス用の吸収缶がついた全面形防毒マスク、あるいは空気呼吸器を装着しなければなりません。

特に解体現場では、重機で誤って配管を破損させるリスクが常にあります。事前に「どこに発煙硫酸ラインがあったか」を図面で確認し、残存リスクがある配管には「切断禁止」「火気厳禁」の表示を徹底することが、作業員の命を守る最後の砦となります。
また、皮膚に付着した場合は、大量の水で洗い流すことが基本ですが、発煙硫酸の場合は水との反応熱が凄まじいため、可能であれば乾いた布で素早く拭き取ってから、流水で冷やすという手順が推奨される場合もあります(※状況によるため、事前に産業医や安全担当者とプロトコルを決めておくことが重要です)。
廃棄物の有害特性に応じた排出方法 - 環境省
参考)https://www.env.go.jp/content/900534407.pdf

環境省による資料で、濃硫酸・発煙硫酸の廃棄時における「注水禁」の表示義務や、酸化性物質としての取り扱いについて詳述されています。

 

 


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