

定温型ヒーターを重ね巻きで施工すると、数年後に建物が火事になることがあります。
ヒートトレース配管とは、電気や蒸気などの熱源を使って配管の温度を一定に保つ加熱システムのことです。配管の外側にヒーターケーブルやトレース管を「沿わせる(トレースする)」ことで、内部流体の凍結防止・流動促進・温度維持を実現します。
建築・プラント現場では、冬季に屋外露出配管や給水配管が凍結してしまうトラブルが頻発します。一度凍結すると管の破裂・水漏れにつながり、修繕費用は状況によっては数十万円規模になることもあります。ヒートトレースはそうしたリスクを未然に防ぐ重要な設備です。
電気式ヒートトレースの代表格である「自己制御型ヒーター」の仕組みは、グラファイト(導電性カーボン)と放射線架橋ポリマーの混合物を発熱体として使用する点にあります。配管が冷えているとき、架橋ポリマーが収縮してカーボン粒子の密度が高まり、電気抵抗が小さくなって発熱量が増加します。逆に温度が上がると、ポリマーが膨張して抵抗が増し、発熱量が自動的に減少します。つまり、サーモスタットなしでも配管温度に応じて出力を自動調整できる構造です。
これが基本です。
この自己制御機能によって、同一のヒーターを使っていても、配管の場所ごとに異なる出力を出せるという特徴があります。たとえばバルブ周辺など熱が逃げやすい箇所では多く発熱し、直管部では少なく発熱するように自然と振る舞います。結果として、過加熱によるトラブルが起きにくく、エネルギーも無駄になりません。
用途は凍結防止にとどまらず、化学プラントでの流動促進(粘度の高い液体を配管内で固まらせないため)、食品工場での保温管理、石油・ガス施設での低温流体管理など、幅広い産業で活用されています。
ヒートトレースが必要になる主な場面を整理すると。
凍結防止が目的なら問題ありません。ただしプロセス保温のように、より高精度な温度管理が求められる現場では、ヒーターの種類や制御方式の選定が重要になってきます。
参考:ニチアスエンジニアリングサービスによる電気加熱システムの設計・施工・メンテナンスに関する詳細な技術情報(設計フロー・コスト試算など)
ニチアス技術時報 2024 No.2「電気加熱(ヒータトレース)システムの紹介」
ヒートトレース配管には大きく「電気式」と「蒸気式(スチームトレース)」の2種類があります。さらに電気式の中にも、自己制御型・MI型(無機絶縁型)・定温型などの種類があり、用途と加熱温度によって使い分けが必要です。
電気式の主な種類を表で整理します。
| 種類 | 最高使用温度の目安 | 主な特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| 自己制御型ヒーター | 〜150℃程度 | 温度に応じて出力を自動調整、重ね巻きOK、並列回路で自由にカット可能 | 凍結防止・プロセス保温(低〜中温) |
| MI型ヒーター(無機絶縁型) | 〜500℃程度 | 金属シース構造で高温・高耐久性、堅牢な現場向き | 高温プロセス保温・石油・化学プラント |
| 定温型(並列抵抗型)ヒーター | 〜65℃程度 | 一定の出力を出し続ける、安価、重ね巻き不可 | 簡易な凍結防止 |
自己制御型が現在の主流です。
自己制御型ヒーターの大きな利点は、重ね巻きができる点にあります。バルブやフランジのような複雑な形状部位ではヒーターを重ねなければならない場面が生じますが、自己制御型であれば接触箇所の温度を検知して自動的に出力を下げるため、過熱による焼き切れや火災リスクが回避できます。一方、定温型や直列抵抗型のヒーターは重ね巻きをすると局所的に過熱するため、絶対に行ってはなりません。
蒸気トレース(スチームトレース)との比較も重要です。蒸気トレースはプラントに既設の余剰蒸気を活用できる場合には経済的に有利な面があります。しかし、蒸気供給配管・スチームトラップ・ドレン配管など広範なインフラが必要で、トラップのメンテナンスや蒸気漏れのリスクも伴います。テクノカシワの資料によれば、運転保守コストの面では「電気代は蒸気代に比べて約65%安い」という試算結果も出ています。ニチアスの技術資料では、125A×300mの苛性ソーダ配管を例にした場合、年間ランニングコストが蒸気加熱システムの189万円に対し、電気加熱システムでは29万円と約160万円の差が生じたとされています。
これは使えそうです。
ただし、電気加熱システムはイニシャルコストが高い点に注意が必要です。同じ試算では電気加熱システムが蒸気加熱に比べて264万円高くなったとされていますが、年間160万円のランニングコスト差があるため、2年程度で回収できる計算になります。既設のボイラ設備を持つプラントでは蒸気トレースが有利な場合もありますが、新設工事や増設の際は電気式を選ぶ流れが国内外でも主流になっています。
防爆対応が必要な現場での選定にも注意が必要です。石油・化学工場の一部エリアは、可燃性ガスが漏洩する恐れがある「危険場所」に分類され、国内の防爆型式認定(産業安全技術協会の型式検定)を取得したヒーターを使用することが義務付けられています。防爆対応品の自己制御型ヒーターはAC100V系・200V系・400V系に対応しており、国内1種・2種危険場所(海外規格のZone1・Zone2相当)でも使用可能です。「防爆エリアには電気ヒーターは使えない」という誤解が現場では根強いですが、適切な型式認定品を選定すれば問題なく使用できます。
参考:自己制御型ヒーターの仕組みと3つの特長、防爆対応の詳細
株式会社テクノカシワ「自己制御ヒータとは」
ヒートトレース配管の施工は、ヒーターを配管に沿わせて取り付けるだけに見えますが、手順と注意事項を守らないと重大なトラブルにつながります。施工手順を把握しておくことが現場管理の基本です。
基本的な施工の流れは以下の通りです。
施工上で特に重要なのは、ヒーターと保温材のセットで考える視点です。ヒートトレースシステムはヒーター単体で完結するものではなく、保温材との組み合わせで初めて正しく機能します。保温材が薄すぎると熱が外に逃げすぎてヒーターが常時フル稼働になり、電力コストが増大します。逆に保温材が適正であれば、ヒーターの出力は最小限に抑えられます。セットで設計するのが原則です。
配管の分岐箇所(T字継手)では、ヒーターもT字に分岐布設するためのTジョイントキットを使用します。この箇所は熱が逃げやすく施工が複雑になるため、現場での丁寧な対応が必要です。バルブ・フランジ・ポンプ周辺は表面積が大きく熱が逃げやすいので、ヒーターを長めに確保して折り返し施工するか、専用のバルブキットを使用するケースもあります。
電源ケーブル・制御ケーブルの設計にも注意が必要です。自己制御型ヒーターは並列回路構造のため、回路の長さが長くなるほど末端での電圧降下が生じ、出力が低下します。一回路あたりの最長使用長に制限があるため、回路分割の計画をあらかじめ設計段階で行うことが重要です。「現場でとりあえずつないだら動かない」という事態を防ぐためにも、設計段階での確認が条件です。
参考:施工誤りによる火災事例の詳細(高野町消防署の指導文書)
高野町消防署「凍結防止ヒーターの取扱いご注意」(PDF)
ヒートトレース配管は正しく施工すれば非常に安全な設備ですが、誤った施工が重大な火災事故につながった事例が国内で複数報告されています。これは現場に関わる全員が認識しておくべきことです。
高野町消防署の調査では、管轄地域内で「凍結防止ヒーターを誤った方法で取り付けたことで、数年後に火災が発生する事案が増えている」と明確に警告されています。気仙沼・本吉地域広域行政事務組合消防本部の火災事例報告でも、「水道管に設置していた水道凍結防止帯が経年劣化による絶縁耐力低下から発熱し、ウレタン製の保温材と、その上に巻き付けていたタオル等に着火し、物置10㎡以上が焼損した」という事案が記録されています。
痛いですね。
火災の原因となる主な施工ミスはいくつかあります。
自己制御型ヒーターは、重ね巻きをしても接触箇所の温度を感知して出力を下げる自己制御機能があるため、この問題を根本から回避できます。しかし定温型(直列抵抗型)のヒーターにはこの機能がありません。施工方法でまったく別のリスクプロフィールを持つ製品であることを理解して選定することが重要です。
また、ヒートトレース配管は「設置して終わり」ではありません。定期的な点検が必要です。特にウレタン系保温材は経年劣化で絶縁性能が落ちるため、漏電遮断器の動作確認は毎シーズン前に実施することが推奨されています。リスクがある場合は漏電遮断器(ELCB)を回路に組み込んでおくことで、万一の漏電時に自動遮断させる対策が有効です。
参考:NITEによる電気製品の事故情報(凍結防止ヒーター関連事故の詳細)
NITE(製品評価技術基盤機構)「事故情報特記ニュースNo.45」
近年、建築業・プラント業界では脱炭素化への対応が求められており、ヒートトレース配管の選定もエネルギー効率の観点から見直されています。電気式ヒートトレースは蒸気式に比べてCO2排出量を大幅に抑えられることが、数値としても実証されています。
ニチアスの試算によれば、125A×300mの配管を例にした場合、蒸気加熱システムの年間CO2排出量は88.8tCO2であったのに対し、電気加熱システムでは8.5tCO2と、約10分の1に削減できるという結果が出ています。東京都の平均的な一般家庭1世帯あたりの年間CO2排出量が約3.5tCO2程度とされることを考えると、この削減量は一般家庭23世帯分の排出削減に相当します。つまり省エネです。
省エネの観点からもう一つ重要なのが、保温材との組み合わせ設計です。電気式ヒートトレースのランニングコストは、保温材の性能と厚みに大きく左右されます。ヒーターが常に最大出力で動いているよりも、熱が外に逃げにくい環境を整えることで、ヒーターの稼働時間・消費電力を大幅に下げることができます。
たとえば、断熱性の高い「パイロジェルXTE(エアロゲル系断熱材)」のような高性能断熱材を採用した「増し保温工法」では、従来の断熱材と比べてエネルギーロスを大幅に抑制しながら、CUI(保温材下配管腐食)のリスクも低減できます。既設の保温材が劣化している現場では、ヒーターを新調する前に保温材の状態を確認することが先決です。
自己制御型ヒーターのもう一つのメリットが、設置後の保守コストの低さです。蒸気トレースではスチームトラップの定期点検・交換、ドレン配管のメンテナンスなどに継続的な費用と人員が必要ですが、電気式では制御盤の定期点検と保温外装の補修が主な作業になります。製品の寿命については、米国では10年保証製品が存在し、実際には10年以上使用しているユーザーも多いとされています。
特に注目すべきは、欧米の動向です。環境意識の高いヨーロッパでは「ヒートトレース=電気式」が業界の常識となっており、この10年間に竣工した大型プロジェクトの多くが電気ヒートトレースを採用しています。国内でも新設プラントや既設の蒸気系統更新の際に、電気式への切り替えが進んでいます。
省エネ計算やコスト試算を現場の状況に合わせて行いたい場合は、各ヒーターメーカーが提供する設計依頼書フォームや省エネ診断サービスを活用するのが効率的です。配管径・長さ・保持温度・外気温・保温材仕様などの情報をまとめておくと、スムーズに見積もりを進められます。
参考:電気加熱システムと蒸気加熱システムのランニングコスト・CO2排出量の比較データ(技術的詳細)
ニチアス技術時報 2024「電気加熱(ヒータトレース)システムの紹介」(PDF)

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