

ファスナーの材質選定を後回しにすると、竣工後10年未満で腐食による補修費が数百万円に膨らむケースがあります。
PCカーテンウォールとは、工場であらかじめコンクリートを成形・養生し、現場へ搬入して取り付ける外壁パネルのことです。「PC」はプレキャストコンクリートの略で、製造から仕上げまでをすべて工場管理下で行う点が最大の特徴です。
ファスナーとは、このPCパネルを建物の躯体(主に鉄骨梁)へ固定するための取付金物を指します。ただし「固定するだけ」と思われがちですが、実際にはそれ以上の役割を担っています。具体的には、以下の3つの性能がファスナーに求められます。
- 強度性能:風荷重や地震荷重などの水平・鉛直外力に耐えること
- 追従性能:地震時に生じる層間変位(上下階のずれ)に追従し、パネルの破損・脱落を防ぐこと
- 耐久性能:長期にわたって錆の発生や断面欠損が生じないこと
つまり、ファスナーは「PCパネルをくっつける金物」ではなく、「建物の安全性と長寿命を左右する構造的要素」です。それが基本です。
特に追従性能は、日本が世界有数の地震国であることを踏まえると、設計段階から十分な検討が欠かせません。カーテンウォールの層間変位追従性能は業界標準として「1/300で損傷なし」「1/200で軽微な損傷・補修可能」「1/100で破損脱落なし」という3段階が設定されており、ファスナーの設計はこれらの水準を満たすことが前提となっています。
PCカーテンウォールのもう一つの利点は、無足場施工が可能なことです。クレーンでパネルを吊り上げ、ファスナーで躯体に取り付けるため、外部足場の設置コストを大幅に削減できます。高層ビルでは1フロアあたりの足場費用が無視できないため、この点のコスト優位性は非常に大きいと言えます。
参考:PCカーテンウォールの構法・ファスナー詳細について(高橋カーテンウォール工業)
https://t-cw.co.jp/feature/pc%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%B3%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
PCカーテンウォールに用いるファスナーは、その担う荷重の種類によって大きく3つに分類されます。この分類を正確に理解しておくことが、適切な設計・施工管理の前提です。
① 荷重受け(台座ピン)ファスナー
PC板の自重(鉛直力)と、風圧・地震による水平荷重(面外力・面内力)をすべて負担するファスナーです。壁パネル形式では上部または下部に配置し、腰壁形式では上部ファスナーとして配置します。一般的には、鉄骨梁の上フランジから取ったブラケットに載せる形で設置されます。台座ピンによってPC板の自重を支えるとともに、ルーズホール(長穴)を設けることで水平方向の施工誤差を吸収できる構造です。
② 振れ止めファスナー
パネルの水平荷重(面外力・面内力)を主に負担するファスナーです。鉛直力の支持は担わないため、荷重受けファスナーと組み合わせて配置します。層間変位に追従させるため、スライド機構を内蔵したものが一般的です。
③ 上吊り版々ジョイントファスナー
下階のPC板の上部に自重と水平荷重を負担する金物を埋め込み、その金物に上階のPC板の下部ファスナーのアンカーボルトを直接取り付ける形式です。基本的にパネル形式で採用され、PC板同士を縦方向に連結しながら水平荷重を伝達します。これは使えそうです。
これら3タイプの選定は、PC板の割付形式(壁形式・腰壁形式・柱通し形式など)と密接に関連しています。たとえば腰壁形式では各取付階の構造梁に固定するため、層間変位は開口部のサッシ側で吸収され、ファスナーへの変形追従要求が相対的に低くなります。一方、2層にまたがる壁(ポツ窓)形式では、ファスナー自体に層間変位追従機構が必要となります。
割付形式に対して不適切なファスナー種類を選ぶと、地震時にPC板が想定外の変形を起こしてシーリングの破断や目地の損傷を引き起こす原因になります。設計初期からファスナー種別と割付形式を連動して検討することが原則です。
現場でよく聞く「1次ファスナー」「2次ファスナー」という呼び方は、躯体に近い順に番号が付けられています。この2段階構造には、単純な固定以上の重要な意味があります。
1次ファスナーの役割
1次ファスナーは、躯体(鉄骨梁)側に事前に取り付ける金物です。多くのケースでは、鉄骨工場での製作段階に鉄骨梁へ溶接して取り付けられます。これにより、現場での溶接作業量を大幅に削減できるとともに、工場管理による溶接品質の安定化が図れます。実際に西松建設が報告した「青山富士ビル」のPCカーテンウォール施工事例では、1次ファスナーを鉄骨工場の製作段階で取り付け、現場溶接の精度向上と作業効率化を両立させた実績が記録されています。
2次ファスナーの役割
2次ファスナーはPC板側に組み込む金物で、1次ファスナーとの間の「誤差調整」を担います。どんなに精密な施工を行っても、鉄骨の建方誤差やコンクリート打設誤差は発生します。2次ファスナーには、出入り(面外方向)・左右(面内水平方向)・レベル(鉛直方向)の3方向の調整機構が備わっており、これらの誤差を現場で吸収できます。
2次ファスナーには大きく「1段式」と「2段式」の2種類があります。
| 種別 | 概要 | 特徴 |
|------|------|------|
| 1段式 | 上パネルの底部と下パネルの頭部をそれぞれ別のファスナーで取り付ける | 構造がシンプルで製作単価が低い |
| 2段式 | 1つのファスナーで上下パネルを兼用して取り付ける | レベル調整用ボルトをコンクリート内に打込まずに後処理できるが、モーメントが大きくなりファスナーが複雑・割高になる |
なお、1次ファスナーの位置チェックは施工前の重要工程です。躯体完成後に1次ファスナーの位置・レベルを計測し、許容誤差を超える場合は2次ファスナーの製作変更または調整金物の追加手配が必要になります。この事前確認を怠ると、PC板の取り付け時に修正が効かなくなるリスクがあります。厳しいところですね。
参考:1次・2次ファスナーの構造詳細(不二サッシ カーテンウォール参考資料)
https://www.fujisash.co.jp/hp/product/pdf/data/archiwall/%5B26%5Dreference.pdf
PCカーテンウォールを2層にまたがって取り付ける場合、地震時の層間変位をどのように吸収するかが設計の核心です。ファスナーの接合方式は、この追従方式と一体で決まります。
ロッキング方式
現在、最も広く採用されている方式です。PC板を「面内方向へ回転(ロッキング)」させることで層間変位を吸収します。具体的には、PC板の上部に自重を受ける固定ファスナーを設け、下部には上下左右フリーに動く可動ファスナーを配置します。地震時にパネルが菱形に変形した空間の中で回転するイメージです。高層鉄骨造のビルで特に多用されており、比較的大きな層間変位にも対応できる点が採用の多い理由です。
スウェイ方式
PCカーテンウォールが日本に登場した当初から採用されている方式です。PC板の上部または下部を躯体に固定し、反対側のファスナーのボルト穴を水平方向のルーズホール(長穴)にして、パネル全体を平行移動(スウェイ)させることで変位を吸収します。ホテルなど比較的階高の低い建物の横長パネルに適しており、ロッキング方式と比較して隣接パネル間の目地に生じるせん断変位が大きくなるため、目地シーリングの設計には十分な注意が必要です。
梁固定方式
腰壁形式(スパンドレル形式)のPC板のように、層間にまたがらないパネルに適用する方式です。PC板を各取付階の梁に直接固定するため、パネル自体には層間変位が生じません。ただし、この方式では層間変位がすべて開口部のサッシに集中する点に注意が必要です。サッシへの負担が増大するため、サッシ側の変位追従設計が重要になります。
方式選定のポイントを整理すると次のとおりです。
- 高層鉄骨造・縦長パネル → ロッキング方式
- 中低層・横長パネル・比較的小さな層間変位 → スウェイ方式
- 腰壁形式・層間にまたがらないパネル → 梁固定方式
結論は、建物の構造形式・階高・PC板の割付形式の3要素を組み合わせて選定するということです。
参考:プレコンシステム協会による層間変位吸収方式の解説
http://www.precon-system.info/whatpc/whatpc002.html
ファスナーの材質は、建物の長期耐久性を左右する重要な選定事項です。ここを軽視すると、数十年後の外壁改修コストに直結します。これが条件です。
公共建築工事標準仕様書(国土交通省)では、PCカーテンウォールのファスナー金物について、「ステンレス製または溶融亜鉛めっき処理を行った鋼製」とすることが定められています。材質の選定理由と特徴を以下に整理します。
溶融亜鉛めっき鋼製
コストを抑えながら十分な耐食性を確保できる材質で、一般的な環境では最も広く採用されています。溶融亜鉛めっきは鋼材全体に亜鉛皮膜を形成するため、切断面や溶接部まで犠牲防食効果が及ぶのが特長です。ただし、沿岸部や大気中の塩分濃度が高い環境では、めっき層が想定より早く消耗するリスクがあります。
ステンレス製
腐食環境が厳しい建物(沿岸立地・プールや温水施設に隣接するケースなど)では、ステンレス製ファスナーが選定されます。初期コストは溶融亜鉛めっき品より高くなりますが、長期的なメンテナンスコストを考慮すると、LCC(ライフサイクルコスト)面で優位になるケースが少なくありません。
注目すべき点は、ファスナー部分は建物完成後にコンクリートや吹付け断熱材で被覆されるケースが多く、腐食が進行しても目視による確認が難しいという点です。厚生労働省のPCB廃棄物関連の調査報告でも、「PCカーテンウォールのファスナー部分は鋼製ボックスで囲われ、ロックウールや吹付材を充填し、スラブ内に打ち込まれている納まりもある」とされており、竣工後の点検が事実上できない部位であることが指摘されています。意外ですね。
このことは、設計段階での材質選定が長期維持管理の観点から非常に重要であることを示しています。建物の想定供用期間(通常65年〜100年)に対して、ファスナー材質の耐久性が見合っているかを事前に確認する習慣が、後々の大規模補修リスクを大幅に低減させます。
また、異種金属の接触によるガルバニック腐食(電食)も見落とせないポイントです。たとえば、アルミ製のサッシや金物と鉄製ファスナーが直接接触する部位では、電位差による腐食が促進されます。接触部には絶縁ガスケットを挿入するか、材質を統一するかの対策が求められます。
PCカーテンウォールの設計において、ファスナーの配置計画と目地(ジョイント)の止水設計は切り離して考えられがちですが、実際にはこの2つは深く連動しています。この連動を正確に把握することが、高い水密性能と長期耐久性を同時に実現するうえで欠かせない視点です。
PCカーテンウォールの目地には大きく「フィルドジョイント構法」と「オープンジョイント構法」の2種類があります。フィルドジョイント構法は目地にシーリング材を充填して隙間を塞ぐ方式で、イニシャルコストは抑えられますが、シーリング材の定期的なメンテナンス(一般的に10〜15年ごとの打ち替え)が必要です。オープンジョイント構法は空気導入穴付きの成型ゴムで目地を塞ぎ、目地内部を外気と等圧に保つことで室内への雨水侵入を防ぐ方式で、メンテナンス頻度は大幅に低減できますが、初期費用は高くなります。
ここで重要になるのが、ファスナーの配置とパネルの挙動の関係です。ロッキング方式の場合、地震時にパネルが面内方向へ回転するため、縦方向の目地には「せん断方向の変位」が加わります。一方スウェイ方式では、水平目地に「大きなずれ(水平変位)」が集中します。この変位量の予測値がシーリング材の設計伸縮許容量を超えると、シーリングが切れて漏水の原因になります。つまり、ファスナーの追従方式によって目地に生じる変位の方向と大きさが異なるため、目地のシーリング設計はファスナー方式の決定後に行う必要があります。
また、オープンジョイント構法では目地内部を等圧空間として維持するための「タテ目地→ヨコ目地→水抜き穴」という排水経路の設計が重要ですが、この排水経路はファスナーの配置と干渉しないように計画しなければなりません。ファスナーのブラケットが目地背後の空間を遮断してしまうと、等圧ゾーンが機能しなくなり、漏水リスクが上昇します。
施工管理の観点からも、鉄骨製品検査における「ファスナー受けブラケットの形状・位置・作業性」「ファスナーと継手との干渉の有無」「ファスナー受けのためのポスト・耐風梁の必要性」は、日本建設業連合会の技術者向け検査着眼点でも明示されている重要チェック項目です。目地設計との整合性も含めて確認することが、施工トラブルの未然防止につながります。
参考:建築技術者のための鉄骨製品検査の着眼点(日本建設業連合会)
https://www.nikkenren.com/about/kansai/pdf/book/Viewpoints.pdf