

建築構造の世界において、部材同士をつなぐ「接合法」は、建物全体の挙動を決定づける最も基本的かつ重要な要素です 。構造計算を行う上で、接合部は大きく分けて「剛接合(Rigid Joint)」と「ピン接合(Pin Joint)」の2つにモデル化されますが、この定義を現場レベルで正しく理解しておくことは施工品質の向上に直結します。
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まず、剛接合とは、柱と梁などの部材があたかも一本の部材であるかのように完全に一体化して挙動する接合方式です。この方式の最大の特徴は、鉛直荷重や水平荷重に対して、接合部が回転変形を起こさず、「曲げモーメント(回転しようとする力)」を部材間で伝達できる点にあります 。鉄筋コンクリート造(RC造)は、コンクリートと鉄筋が一体となるため、原則としてこの剛接合となります。鉄骨造においては、H形鋼のフランジとウェブの両方を溶接や高力ボルトで強固に固定することで剛接合を実現します。剛接合を採用した構造形式は「ラーメン構造」と呼ばれ、筋交い(ブレース)や耐力壁がなくても地震力に抵抗できるため、大開口や自由な間取りが可能になるというメリットがあります 。
参考)https://life.oricon.co.jp/rank-house-maker/special/features/wooden-steel-frame-difference/
一方、ピン接合とは、部材同士が一点で留められているような状態で、回転に対して自由度を持つ接合方式です 。蝶番(ヒンジ)のような動きをイメージすると分かりやすいでしょう。ピン接合では、軸方向の力(引張・圧縮)とせん断力(ズレようとする力)は伝わりますが、曲げモーメントは伝わりません。つまり、地震などで建物が揺れた際、接合部は抵抗せずに回転します。そのため、ピン接合の架構では、変形を防ぐために必ず筋交いや耐力壁といった「耐震要素」を配置する必要があります。鉄骨造の小梁の接合などで、ウェブ部分のみをボルト留めするケースが代表的なピン接合です。
参考)実建物におけるピン接合と剛接合:構造設計における本音と建て前…
現場管理の視点で見ると、設計図書で「剛」とされている箇所が施工不良によって「ピン」に近い挙動をしてしまうことが最も恐ろしいリスクとなります。例えば、完全溶り込み溶接(フルペネ)が求められる箇所で溶込み不足が生じれば、想定していた曲げ耐力が発揮されず、大地震時に破断して建物が倒壊する恐れがあります。逆に、ピン接合として設計された部分がサビや過剰な締め付けで固着(ロック)してしまうと、想定外の応力が発生し、部材の座屈を招くこともあります。
以下の表は、実務における剛接合とピン接合の挙動の違いを整理したものです。
| 比較項目 | 剛接合 (Rigid) | ピン接合 (Pin) |
|---|---|---|
| 力の伝達 | 曲げモーメント・せん断力・軸力 | せん断力・軸力のみ(曲げは伝えない) |
| 回転変形 | 拘束される(角度が変わらない) | 自由(角度が変わる) |
| 主な用途 | ラーメン構造の柱梁接合部 | ブレース構造の仕口、小梁の接合 |
| 施工難易度 | 高い(溶接管理やボルト本数が多い) | 比較的低い(単純なボルト留めが多い) |
| 代表的な欠陥リスク | 溶接不良による脆性破壊 | ボルトの緩み、ピン穴の支圧破壊 |
参考リンク:実建物におけるピン接合と剛接合:構造設計における本音と建て前 - 構造設計の現場視点でのリアルな解説
日本の木造建築における接合法は、長い歴史の中で独自の進化を遂げてきました。大きく分けると、職人の手刻みによる「伝統工法(在来工法)」と、工業製品としての精度を重視した「金物工法(メタルジョイント工法)」の2つが存在します 。これらは単に施工方法が違うだけでなく、力の伝わり方や木材の欠損率において決定的な差があります。
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伝統的な在来工法では、「継手(つぎて)」や「仕口(しぐち)」と呼ばれる複雑な加工を木材端部に施し、木と木を組み合わせることで接合します。「腰掛け蟻継ぎ」や「鎌継ぎ」などが有名です。この方式の最大のメリットは、金物に頼らず木材の粘り強さ(めり込み性能)を生かせる点にありますが、現代の構造力学的な視点ではデメリットも浮き彫りになっています。
まず、接合部の加工のために木材を大きく削り取る必要があるため、柱や梁の断面欠損が大きくなり、本来の木材強度が低下してしまいます。特に、通し柱に複数の梁が取り付く部分では、断面の半分以上が欠損となり、構造的な弱点になりがちです。また、木材の乾燥収縮によって継手が緩むリスクがあり、施工品質が大工の腕に大きく依存するという課題もあります。
これに対し、近年主流になりつつあるのが**金物工法(テックワン、SE構法など)**です 。これは、木材の内部に鋼板やドリフトピンを挿入して接合する方式です。
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金物工法には以下の明確な技術的メリットがあります。
特に注目すべきは、「ホールダウン金物」などの耐震金物の役割です 。かつての木造住宅は、地震時に柱が土台から引き抜かれて倒壊するケースが多く見られました。現在では、柱頭・柱脚に金物を設置し、基礎と柱、あるいは柱と梁を緊結することが義務付けられています。しかし、ここで意外と知られていないのが「木痩せ」の問題です。木材は建築後数年かけて乾燥し収縮します。この際、ボルト接合が緩んでしまうことがあります。これを防ぐために、スプリング座金や、木材が痩せても追従して締め付け力を維持する特殊な「座金座」を使用することが推奨されています。
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鉄骨造(S造)の現場において、部材をつなぐ主な手段は「溶接」と「高力ボルト接合」の2つです 。これらは適材適所で使い分けられていますが、特に「摩擦接合」という概念を深く理解しているかどうかが、プロとしての分かれ目になります。
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溶接接合は、金属同士を溶かして原子レベルで一体化させるため、最も高い剛性を発揮します 。工場製作(ファブ)段階では、安定した環境でロボット溶接などが行われるため信頼性は高いですが、問題は現場溶接です。現場での溶接は、風や気温、姿勢の悪さなどの悪条件が重なりやすく、スラグ巻き込みやブローホールといった欠陥が生じやすいのです。
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そのため、重要構造部における現場溶接では、超音波探傷検査(UT)などの非破壊検査が必須となります。また、溶接熱による母材の変形(ひずみ)を予測し、逆ひずみを与えておくなどの高度な管理技術も求められます。
一方、現場施工の主流となっているのが高力ボルト摩擦接合です 。これは一般的なボルト締めとは原理が根本的に異なります。普通のボルトは、ボルトの軸が穴の壁にぶつかること(支圧)でズレを止めますが、高力ボルト摩擦接合は、ボルトに強烈な張力(プレロード)を与え、その力で鋼板同士を強く圧着させます。そして、鋼板同士の間に生まれる「摩擦力」だけで荷重を支えるのです。
参考)鉄骨工事の接合方法!柱や梁のボルト接合や溶接について
つまり、**「ボルトの軸そのものには、せん断力がかからない状態」**が正常な摩擦接合です。
参考リンク:鉄骨工事の接合方法!柱や梁のボルト接合や溶接について - 施工管理の視点での解説
ここからは、一般的な教科書にはあまり詳しく書かれていない、しかし近年の構造設計において非常に注目されている**「半剛接合(Semi-Rigid Joint)」**について解説します 。
参考)ピン接合と剛接合の違いとは?2つの構造と接合するときの納まり…
前述の通り、設計上は「剛」か「ピン」の二択でモデル化されることが多いですが、現実の物理現象としては、完全に回転しない剛接合も、摩擦ゼロで回転するピン接合も存在しません。すべての接合部は、その中間の「ある程度の剛性を持ちつつ、ある程度は回転する」という半剛接合の性質を持っています。
従来、この「中途半端な回転」は、設計の不確定要素として嫌われていました。しかし、最新の耐震設計のトレンドでは、この半剛性を積極的に利用して地震エネルギーを吸収させるという考え方が広まっています。
例えば、鉄骨造の露出柱脚です。露出柱脚は、ベースプレートをアンカーボルトで基礎に固定する方式ですが、これは完全な剛接合ではありません。地震で大きな力がかかると、ベースプレートが浮き上がり、わずかに回転します。このとき、アンカーボルトが伸びることで地震のエネルギーを吸収し(ヒステリシス減衰)、建物上部への揺れの伝達を抑える効果が生まれます。あえて「少し緩む(回転する)」余地を残すことで、柱や梁本体が塑性変形して壊れるのを防ぐのです。
また、木造の金物工法においても同様の議論があります。ガチガチに固めた接合部は強度は高いですが、限界を超えると一気に木材が割裂して崩壊する「脆性破壊」を起こすリスクがあります。対して、ドリフトピンなどが木材にめり込みながら変形する接合部は、粘り強く抵抗し、倒壊までの時間を稼ぐことができます。この「めり込み特性」こそが、木造固有の半剛接合的なダンパー機能として再評価されています。
現場監督としては、図面上で「剛接合」とされていても、実際にはどの程度の回転性能が見込まれているのか、あるいは「スリップ(滑り)」が許容されているのかを設計者とコミュニケーションをとることが、より高度な品質管理につながります。
参考リンク:ピン接合と剛接合の違いとは!? - 夢真による実務的な納まりと半剛接合の解説
最後に、建築業界で急速に普及が進んでいる**CLT(直交集成板)**における最新の接合法について触れます 。CLTは、板の繊維方向を直交させて積層接着した分厚いパネルで、木造でありながら鉄筋コンクリート並みの強度を持つ画期的な建材です。しかし、この「面」としての強さを活かすも殺すも、パネル同士をつなぐ接合法次第です。
参考)サミットCLT工法(軸組) – 技術と製品 &#…
CLTの接合における最大の課題は、木材の異方性と割裂リスクです。従来のボルト接合では、大きな力がかかるとボルト穴周辺から木が割れてしまうことがありました。そこで開発されたのが、以下のような最新技術です。
CLTは、中高層ビルを木造で建てるための切り札です。その鍵を握っているのは、もはや木材そのものではなく、進化し続ける「接合技術」にあると言っても過言ではありません。
参考リンク:CLTの活用促進に向けて - 林野庁によるCLT技術と接合のロードマップPDF